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第十三話 戦いの先触れ  ☆


 病院での戦いから既に一月半の時間が経過していた。

 その間に、圭介は自身の体を隅から隅まで調べられ、あの力の源がなんなのか調査されていた。本部から派遣されてきたという研究員の赤羽根あかばね 玲子れいこが協力していたが、未だにきっかけすらつかめていない。どうやら核心部分が巧妙にブラックボックス化されているらしく、その解析に手間取っている状態だ。要するにまだ判明していない。

 あの戦いの爪痕は深く、板倉アサギは救出されてからずっと寝たきりで、未だに目覚める兆しがない。能力のオーバーフローが引き起こした異常だとされているが、詳しいことは分からなかった。圭介が聞いた話だと、彼女の能力は特殊らしく、脳に多大な負荷がかかるのだという。超能力がどういう原理で行使されているのかしらないが、とにかく彼女の場合そういうことらしい。アサギがいなければ片平教室のメンバーは、こうして学園に帰還できなかっただろう。そう八木は言っていた。

 咲良は銃で撃たれたことがトラウマとなったのか、あの日以降能力が使えなくなってしまった。使おうとすると、体が震え始めて汗が吹き出し、過呼吸を引き起こしてしまう。メンタルケアへは今でも通っており、以前よりは落ち着いてきている。ただ、能力が使えるようになるかはまだ分からなかった。

 八木と森は、年下たちをああいう目に合わせたのは自分たちが不甲斐ないせいだと責め、日々苛烈な訓練を行っている。その信念は凄まじく、初めて出会った時のにこやかな二人ではなかった。


 今の片平教室には誰も居ない。居るのは圭介ただ一人だけだった。教師である片平も忙しいのか滅多に顔を見せない。それに圭介自身もあまりここに来ることはなかった。一日の大半を調査に費やされていからだ。今はその少ない休憩時間に、教室を訪れていたというわけだ。

 圭介の重さを支えられる、特別製の椅子に腰掛けて今までのことを思い返していた。



(この教室。思い出も、思い入れもなにもないのに、誰も居ないというのはなんだか寂しいもんだな)



 ここに来てからまだ半年も立っていない。だけど、教卓に立つ咲良も、隅で本を読んでいたアサギもいない。居るべき場所にいないという寂しさがあった。



(俺はこのままでいいのだろうか。本当に爺さんと椿さんを助けられるのか。俺はここにいれば二人を助けられると思って留まっているんだ。それなのに……)



 結局あの作戦は罠にかかった形である。おまけに自分の中にある正体不明の力。このせいで学園から離れようと思っても、地雷のようなものを付けて出奔することも出来ずにいる。そもそもここから出たとしても、隠れているやつらの情報をキャッチ出来るかというと、否定せざるを得なかった。



(今や俺自身が奴らより危険な存在だと思われている。八木さんや森さんが俺を見る目には警戒があるし。そんなの、俺が一番怖いよ。爺さんはなぜあんなものを俺に付けたんだ。俺の意志に反して動くプログラムをなぜ入れた。なぜ俺に黙っていた。考えるだけでもなにかとてつもなく恐ろしい……もしかしたら、今こうして考えていることも、爺さんがプログラムした何かに引きずられているんじゃないかって不安でたまらない)



 答えが知りたかった。何よりも圭介は解答を求めていた。自分に本当は何が起こったのかを知りたかった。

 偶然と思っていた事故はホワイトが故意に起こしたものであったし、自分の身体には得体のしれない何かが使われているし、そしてそれが勝手に機能する。どこからが偶然で、どこからが故意なのか。圭介は否定しているが、心の奥底では宗次郎と椿も疑っている。彼らが自分の身体を作ったのだ。知らないはずがない。



(極めつけはあの『顔』だ。仮面の男の素顔。それが疑惑を加速させている。あの顔は、俺の顔だった――)



 仮面の男にトドメを指す瞬間、相手が顔を晒したことで強制的にシステムはダウンした。そのおかげで眠っていた圭介の意識は覚醒し、仮面の男を取り逃したのだった。その原因というのが奴の顔にあったのだ。



(今でも頭が混乱してくる。俺の顔を持つ、誰か知らない人間。網膜やシワの一つ、肌の質感からなにまでそっくりだった。自分の顔だったんだ、それくらいわかる……。今俺の本来の顔を知っているのは、自分を除いて爺ちゃんと椿さんしかいない。そして、顔を見たら突然システムはダウンして、正常に戻った。どういうことなんだよ)



 圭介の顔は本来のものではなかった。もっとも、現在は戦いの時の発熱で尽く燃えて消滅してしまっている。服で覆っているところ以外は機械がむき出しの状態だ。いかにもメカメカしい顔つきをしており、ツインアイが不気味に輝いている。あんまりなので、包帯で顔をグルグル巻きにしてもらっている。

 元々の顔は、既に死者として処理されている人間のものを、そのまま使うのはマズイとのことで、祖父宗次郎の勧めで別の顔となったのだ。それなのに、元の顔を持つ人間が存在する。

 圭介はそれ以上そのことについて考えたくなかった。考えれば考えるほど良くない方向へ思考が行ってしまう。ただでさえ気分が沈む環境に置かれて居るのだから、せめて自分だけは気丈でありたかった。

 教室でぼんやりと座っていると、珍しく教室の戸が開かれた。入ってきたのは咲良だった。

 咲良はとぼとぼと歩いて、窓際の方の席へ座る。落ち込んでいるのが見るだけで分かった。

 圭介はなんと声をかけていいか少し考えてから、無難な話題を振ってみた。



「ケアの方はもういいのか?」


「あ、うん。ずっといるわけにもいかないし」


「そっか。能力は戻りそうなのか?」


「わかんない。以前にもこういうケースがあったらしいんだけど、いつの間にか治ってたんだって。超能力は精神の力だから心に負った傷が深いと、一時的に喪失する場合もあるって言ってた」



 それ以降会話が続かず、離れて座る二人には、距離と同じ分だけ壁があるかのようだった。

 咲良はあれからずっとこの調子だ。落ち込んだままというか、あった時のような強気さは鳴りを潜めている。この教室のメンバーがどれだけの経験を積んでいるかわからないが、あれだけのことを受けては当然の結果といえる。むしろこの程度で済んでいるのは、やはり豊富な戦闘経験があるからだろうか。

 ただ圭介は、そんな落ち込んだ様子の咲良を見ていることに耐えられない思いでいる。どうにかいつもの調子に戻って欲しいが、自分にできることは何もない。アサギも目覚めない今、励まそうにも躊躇いがある。ただ見守ることしか出来ない。

 時間だけが過ぎ去っていく。

 大分たった頃、圭介は立ち上がった。



「そういえばこれからアサギさんの見舞いに行くけど、行くか?」


 

 沈黙に耐え切れなくなったのか、唐突に咲良を誘ってみた。

 圭介はアサギの見舞いに行くことを日課としている。特に何をするわけでもないが、なんとなく足が向かってしまうのだ。病室であったことはないが、とうやら森も通っているらしく、花瓶の花が毎日違うものに変わっている。八木とは一度鉢合わせしたことがあったが、森とは一度もなかった。



「アサギの……?」


「やることがないから毎日行ってるんだ。咲良は……」


「……自分のことでいっぱいで行ってなかった。――私も、ついていっていいかな」


「もちろん」



 病室、となっているが、どちらかと言うと学校の保健室に近い。設備としては申し分ないのだが、小規模なため狭いのだ。四室あり、それぞれ二人部屋となっている。今はアサギだけが使っているので、一号室の一番ベッドを利用している。

 二人だけとはいえ、大柄な圭介が入ると途端に窮屈に感じてしまう。若干細まりながら、邪魔にならないように気を使う。

 アサギはなおも眠り続けていた。静かな寝息をたて、その品の良さは育ちの良さを分からせた。そんな少女が、あのような戦いに身を置き、そして今昏睡状態におちいっている。圭介はアサギの過去を知らなかったが、そこにある何かを思うとなぜだか心が苦しくなってくる。本来ならば、ここにいる誰もが戦いなどしなくても良かったはずなのにと。

 咲良はアサギを直視できないのか、傍らの椅子に腰掛けながらも自分の膝ばかり見ている。



「咲良は説明の時、いなかったよな。能力の使いすぎで負担がかかりすぎたらしいんだ。能力のオーバーフローって言ってたよ。ただハッキリとして理由はわかってないらしいけど」



 咲良の反応はない。



「ずっと眠ったまんまだ。あの日からずっと。体にも脳にも異常はないのに、ずっと眠ってる」


「わたし……」


「ん」


「自分のことしか、考えてなかった。今まで見舞いにも来ないで、酷い友達だよね……」



 咲良はアサギの顔を見つめている。安らかに眠るアサギを見る目には、暗い色はもはやなかった。それは彼女の持ち前の力強さの復活を意味する。

 瞳に宿った活力は、たちまち全身にいきわたり、落ち込んだ陰気は霧散していく。五十嵐咲良は立ち上がった。



「ごめんね、アサギ。わたし、もっとちゃんとするよ。起きた時に笑われないようにさ」



 咲良の良さは思い切りの良い所にある。落ち込んで自分のことしか考えられてなかったことを、彼女は恥じたのだ。今なお昏睡から目覚めずにいるアサギがいるのに、どうして自分がくよくよしていられるかと思ったのだ。立ち止まっていたって何も変わらないと。

 咲良はアサギの頭を人なですると、きびきびとした足取りで病室を後にした。

 その颯爽とした後ろ姿を見送って、さて自分もと退出しようとする。その時。



「せん……せ。呼ん、で――」


「えっ……」



 か細く、かすれていて非常に聞き取りづらい声だった。今まさに退出しようとして、戸に手をかけたままの格好で動きが止まる。

 圭介の聴力がなければ、戸とベッドの距離でその声は聞こえていなかったかもしれない。それほどまでに弱々しいものだった。

 声はなおも続く。



「かた……ひ……よんで――」


「あ、う、え!? せ、先生をっ」


「敵が、来る。敵がくるよ……」


「――!」



 先触れは告げられた。

 


 時を同じくして、学園上空西の空に、極大の力場が発生していることが観測された。それは前触れ無く現れ、出現してから十四時間、今なお沈黙していた。

 緊張が学園を包む。この場所は情報的に外界と隔絶されており、科学的、超自然科学的に防衛されている。それが今日までこの学園を平和な楽園として成り立たせていたのだ。が、それも今日で崩れてしまった。

 異常事態の到来に緊急警戒態勢が発令される。

 それと同時に、堂島圭介は拘束された。




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