幕間 なぜとどうして
大きなテレビモニターには旧シラカバ精神病院を、上空から撮影したものが映されていた。火山の噴火跡のような、熱で歪んだ地形。山をくり抜くクレーターが出来上がっていた。だが、直後の大雨でクレーターに水がたまり、極めて小さい湖にも見えた。
この映像は爆発から四時間後のものである。撮影は警察が行ったものだ。
片平は大聖堂と呼ばれる大きな会議室にいた。そこは学園、ひいては超能力者のために重大な議題を話し合う場であり、学園の頭脳と呼べる場所だった。
会議室は必要最低限の明かりしかなく、やや薄暗い。壇上に立って、今回の事を報告する立場にある片平は、この場から漂う重圧が苦手だった。
「では確かなのかね? やつらが改造人間を実現させ、実戦投入してきたというのは」
十賢人と呼ばれる役員の中で、一際太い丸顔の男が質問する。信じがたいという表情をしており、壇上に立つ片平を疑わしげな視線で撫でている。
「これは件の少年が記録していた映像です。人の数倍もの大きさに、驚異的な身体能力と耐久力。なにより八木と森の攻撃を耐え切る防御能力。報告の通りです」
映像が変わると、森の切断能力を防ぎ、八木の稲妻すら意に介さない角つきの改造人間が映し出された。
この映像にどよめきが起こった。片平教室はこの学園において、最も高い戦闘能力を有する教室である。学園の切り札と言っていい。任務成功率九十パーセントを超える、エキスパート中のエキスパートだ。当然十賢人も片平教室の優秀さを理解していた。
だからこそ信じられない光景でもある。必殺の撃滅班の牙が通用しない敵の出現。しかも既に量産されているのだ。幸い犠牲を払って消滅させたものの、後どれくらい残存しているのかも分からない。極めて危険な状況だった。
「片平くん。なにか対策はないのかね」
別の役員が声を上げた。細く枯れ木のような老人で、ハゲた頭とは裏腹に、あごひげが細長く豊かだ。彼の名は河瀬 剛三といい、この十賢人の筆頭を務めている。その様子から魔法使いとアダ名され、また当人もそのアダ名で呼ばれることを好んでいる。
「現在のところは。しかし、この防御力を上回ることができれば対処も可能です。我が教室の森は、無力化された状態の首を、全力で四度切りつければ落とせる、と証言しています。それに、他の者の話によりますと、あの爆発の直前に堂島圭介が行った攻撃は、改造人間たちを打ち砕いた、とも証言しています。とても単純な話になりますが、今回のような多数対多数ではなく、なるべく多数対一の構図でもって当たるしかないと提言します」
「問題は改造人間はどれほど量産されているのか、という点ですな」
白髪白ひげの役員、勅使河原が立ち上がって発言する。視線が勅使河原に集まっていった。
「直前に片平教室の者たちが調査して持ち帰った情報。それによってこの地へ訪れたのじゃが、実際は罠であった。片平教室のメンバーを罠にかけ、一網打尽のつもりだったようじゃが、それにしてはちょいと戦力が過剰だったように思えてならない」
「どういうことかな、勅使河原」
「私はこれすらもブラフであると思っているのじゃ、河瀬。まあ希望的観測も入っているのじゃが。あのタイミングであの数を投入する意味。考えられるのは二つある。一つは完全に量産体制が確立され、そのうちの少数を投入した。もう一つは我々への揺さぶりの可能性じゃ」
勅使河原が片平の隣へ移動していく。片平の隣に立つと、片平からマイクを受け取った。
スピーカー越しから勅使河原のよく通る声が聞こえてくる。
「我が学園きっての能力者である森くんと八木くん。この二人の能力を防ぎ耐え切る性能の高さ。私はそう簡単に量産出来るとは思えないのじゃ」
「ふぅむ、面白い。続けてくれ」
「ありがとう。となるとどういうことか。私が推測するに、奴らはまだ完全に量産への目処が立っていないと見るべきではないのか、と。その為の時間稼ぎの示威行為である、というのが私の推測じゃ」
「我々に次の手の二の足を踏ませるのが目的、と? しかし、それでもあの能力をたかがその為だけに捨てられるものなのか」
「保険と見るのが妥当と思われる。あの場で本気で倒しにかかって来たのも事実であり、万が一敗北しても精神的なダメージは与えることが出来る。そういう目論見じゃと私は思うのじゃ。強さと数に惑わされ、本当の裏にあるものをひた隠す。今までの奴らの常套手段ですぞ」
河瀬は押し黙ってしまった。容易に判断を下すことが出来ない。それほどまでに改造人間の高い能力が厄介だった。
「つまり、勅使河原よ。お前さんは七支聖奠の追撃の手を休める必要はない、と、言いたいのだな?」
「まさしく」
「待たれよ!」
年の頃五十は過ぎたとみられる初老の男が声を上げた。十賢人の中では最年少である、警察署長 板倉 晋也だ。
普段は寡黙であるこの男が、この会議の場で声を上げるのは初めてのことであった。
「いかが致した、板倉」
「私は超能力者を保護するという立場にある身であります。そのような不確定な推測で、彼らを危険に晒すというのは賛成しかねます」
「しかしじゃ、板倉くん。奴らの狙いが今このような状況にあるとしたら、今回以上の被害が増えるかもしれんのじゃぞ」
「それは推測に過ぎません。それに看過するつもりはありませんよ。堂島圭介の事です。あのような力があるとは報告にありませんでしたよ」
「それは……私も片平先生も知らなかったのじゃ。まさか堂島博士があのような……」
「知らなかったじゃ済まされません。我々と学園の取り決めを幾つも破っている上に、学園の生徒をあと一歩で死なせていたのかもしれないんですよ!」
興奮してきたのかいつの間にか板倉は立ち上がり、机を拳で叩いた。
「作戦のことについてはこの際認めましょう。しかし、彼のことについては見逃すことは出来ません。これだけの被害を出しているのです、相応の処罰が必要になります」
「処罰……」
勅使河原の額に汗が湧き出す。次に発せられる言葉が容易に想像できたからである。
「本来ならば撃滅、あるいは追放という形をとるのが規則です。しかし私もそこまで無情ではありません。今後の作戦へ参加させないこと、学園から出さないこと、そして五年の監獄送りを要求します」
「しかし!」
片平が慌てた様子で反論する。
「彼はその時意識がない状態でした。堂島博士が密かに搭載していた防衛機構が自動的に働いたからであり、あの破壊は彼の意志ではありません。他はともかく、監獄送りは重すぎるのではないでしょうか!」
「最初に言った通り、私は超能力者を守る立場にあります。もし、また万が一彼があのような暴走状態に陥った時、誰も止めることが出来ません。それどころか、多くのものを巻き込み、この学園すら消滅させてしまう危険性があります。それとも、あなたが止めますか?」
片平はそれ以上何も言えなかった。確かに板倉が言うとおり、あの壮絶とも言える力を止めることは、現在の学園には誰も居ないだろう。
沈黙が訪れる。一分以上誰も言葉を発しなかった。
「まずは事実関係の把握のほうが先決なのでは?」
声を発したのは眼光鋭い小柄な老婆だった。河瀬に匹敵する発言力を有する十賢人の一人で、名は加賀 佐知子と言う。会議においてブレーキ役を務めることが多く、穏やかな人柄である。
その加賀が、心配のあまり暴走しかかっている板倉を止めに入ったのだ。そのことにハッとしながらも、それでも彼は引かなかった。
「それでは遅すぎます。いつ爆発するかもしれないものを、いつまでも懐に入れておくことは出来ません」
「それこそ性急過ぎるというもの。彼が来てから約ひと月。その間無事だったことを踏まえて考えるのが普通では」
「危険すぎます!」
「板倉の言いたいことも、その立場をまっとうする気持ちも分かる。しかし、事はそう単純ではない。堂島宗次郎博士が何をもって、孫の体にあのようなものを仕込んだか。それを我々は知らねばならない」
加賀は言い聞かせるように語る。板倉自身も、彼女の言い分の筋が通っている事は分かる。それでもあの映像が目に焼き付いて離れなかった。
板倉の体が震える。
「あの場には……あの場には、私の娘が居るのです……! あの光景を見せつけられれば、彼の危険さが分かるでしょう! 私は学園を守る以上に、娘を守りたいのです……」
絞りだすような声には震えが混じっていた。それには親としての感情しかなく、抑えようがない焦りがあった。
勅使河原が片平にそっと耳打ちする。
「確か板倉アサギくんは」
「はい。署長のご息女です。しかし彼女自身の強い希望があって、私の教室に」
「つらい立場よの……」
優しい視線を板倉に送る加賀だが、出てきた言葉は断固とした力が篭っていた。
「この場にいる誰しもがそう思っている。だからこそ急いてはダメなのだ」
加賀はそこでそこで言葉を切った。一呼吸の後に、
「ここで皆に提案したい。堂島圭介への罰則として、その身体の調査、研究を提案したい。技術者は私の方から派遣して、学園の者たちと協力させよう。如何か」
「ふむ。宗次郎博士の意図か。確かに知るべきであるかもしれないのう。なにせ彼は超能力をいち早く研究していたからな。何か糸口が見つかるかもしれん。この提案に意見のあるものは?」
河瀬が全員の顔を見渡す。板倉はなにか言いたそうにしていたが、どうやら堪えているようだ。
意見がないことを確認すると、
「では、採決をとろう。堂島圭介の処置について、賛成のものは挙手を」
河瀬が全員を見回す。半数以上の挙手を得られた。
板倉も全面的賛成ではないと一言付け加えて、賛成に手を挙げていた。
「ふぅむ。とりあえず答えは出たようじゃな。この件については加賀に任せるとする。次に七支聖奠に関してじゃが……。現状ではなんとも材料に乏しい状況ゆえ、慎重を要するものと判断し、現状維持とする。まずは今回の作戦に参加した者たちの心身のケアと、堂島圭介の技術調査を優先事項へと加えよう。では緊急会議はこれにて閉会とする。今後も密に情報のやり取りを続けるように」
河瀬が会議を締め、退出しようと腰を上げる。それにならって次々と役員たちが立ち上がった。
全員が退席すると、後に残ったのは片平と勅使河原だけだった。
「先生、アサギくんでも圭介くんの力は止められないのじゃろうか」
肩を落としてうなだれている片平に、勅使河原は労るような声音で聞いてきた。
その問に、静かな口調で返す。
「まだ彼女の能力はそこまで成熟していません。圭介くん程のエネルギーを持つ物質を無効化するには……現段階ではどれだけ時間を稼いでも、恐らくは」
「そうか……」
勅使河原はため息を一つ吐き出した。二人しかいないこのがらん堂の空間に、老人のため息が小さく木霊した。
「アカシックレコード・ユーザーであるアサギくん。そして博士の超技術を移植された圭介くん。子どもたちばかりがいつも運命に翻弄されていく。私はそれを見るのが耐えられんよ……」
「私もです、学園長。だからこそ私はここにいるんです。彼らを守り、導くために」
「そうか……。そう言ってもらえると心強いわい。圭介くんの事は私に任せておくのじゃ。無茶なことはさせないように尽力しよう。まあ、加賀もそこまではせんじゃろうが」
「すみません。助かります」
「じゃから君も、あまり気を落とすな」
勅使河原は二度ほど片平の肩を叩くと、ゆっくりとした足取りで会議室を出て行った。
片平は一人残され、一人自問する。
なぜとどうして。いくら答えを探しても、彼の問に答えは出なかった。




