第十二話 雨が全てを終わらせる ◎
<ユーザー『堂島圭介』の生命維持に重大な障害>
<装甲六十八パーセント破損。人体フレーム中破>
<電磁神経パルス損傷。筋繊維発電系停止>
<生命維持規定に則り、脳連結解除>
<全権限を補助脳へ移行。擬似人格形成>
<量子演算機『ヤシロ』起動。未来予知開始>
<無尽発電炉『ジンライ』全開>
<増殖装甲『ヒヒイロカネ』修復開始>
<武装統括システム『フツノミタマ』起動>
<――再起動開始>
堂島圭介が敗北し、板倉アサギが凶弾に倒れる。この事は少なからず三人に動揺を与えた。動揺は三人の呼吸を乱し、呼吸の乱れはそれまで万全であった陣形に綻びを生じさせる。
仮面の男はその隙を見逃さなかった。一発の弾丸がその綻びに食い込み、全てを破綻させていく。
森に迫る弾丸を防いだ咲良は、その直後に二体の鬼人に捕まり、地面に引き倒されてしまう。捉えられた咲良を守ろうとした森と八木は、自分たちの防御が間に合わず、痛恨の一撃を受け同じように押さえ付けられてしまった。。
フンッ、と鼻を鳴らして仮面の男が咲良の首を踏みつけた。咲良から苦しげな声が漏れる。
「どうやらここまでのようだな。なんだ、案外あっけなかったな。聞いてた話じゃもっと歯ごたえがありそうだったのに。残念」
鬼人たちは急に攻撃をやめ、八木と森の関節をねじり上げ、取り押さえていく。見事な動きで、先程までの野獣のような様子はない。
「さて、とりあえず……なにか言いたいことは? 一言だけ許可するぜ。おら、そこのオッパイ女。お前やりあう前に言ってたよな、俺らを切るって」
咲良の喉を踏む足に力を込める。声にならない悲鳴を上げてもがこうとするが、何体もの鬼人に押さえ付けられており、それすらも出来ない。
森の瞳が燃え上がる。絶対に屈しない意志の力を宿らせて。森は男を見続ける。
「ほぉら、切ってみろよ。鬼人すらも切れない無意味で無力なクソ女が。……お前は何も言わないのか、痩せ男。さっきまでのニヤけ面ァどうした。余裕がなくなって『地』が出てるぞ?」
八木も満面に怒気をみなぎらせていた。顔に出来たアザで左目は潰れていたが、残った目で男を睨みつける。怒りが漏れ出すように八木の身体は帯電していた。
仮面の男はしばらく返事を待つように黙った。十秒、二十秒と時は過ぎる。二人からの言葉はなかった。
「せっかく、せっかくシャバに出てこれたと思ったらこれだ。見ろよお前ら。あそこで死にかかってる女の姿をよ。お前らが諦めたらあいつはそのままおっ死んじまうんだぜ? いいのかよ、そこで寝転がったままでよぉ!」
男が挑発する度にミシミシと何かが聞こえてくる。それは骨の軋む音であり、八木と森がまだ諦めていない証であった。例え能力が通じなくとも、だ。
「はぁ……もういいや。お前らはそこで見てろ。まずこの女を殺す。次はお前らだ」
腰のホルスターから銃を引き抜き、咲良の眉間へと照準を合わせた。流石の咲良も恐怖で瞳が震える。
「や、やめろ……やめろッ!」
森が叫ぶ。しかし、同時に顔面を力一杯に殴られてぐったりとうなだれる。口を切ったのか、赤い血が口元から滴ってきた。
鬼人は無理やり森の顔を上げさせ、瞳をこじ開ける。これから仮面の男が行うことを強制的に見せつけるのだ。
「この女の能力がいかに堅牢でも、同じ場所に何度も食らえばいつかは砕けるよな。あー、それは楽しいかもしれんな。じゃあまず一発」
引き金が引かれ、発砲音が響き渡る。ガンッ! という音が次いで聞こえてきた。衝撃で咲良の頭が跳ね返り、地面に叩きつけられた音だ。
そして二発、三発と打ち込んでいく。その度に頭がボールのように跳ね、地面と衝突していく。既に額は割られ、血が流れ落ちてきていた。意識は無いのか白目を向いている。
「くひっ、いひひ、こいつ面白いなぁ。バスケみたいだ。バスケってこういう遊びなんだろ? ひひっ。見たことないけどさぁ」
不気味に笑いながらも引き金は引かれていく。頭が叩きつけられている地面にも、赤いものが見え始めてきた。
この光景は森も八木も心が千切れそうだった。アサギも咲良も妹のように可愛がってきた。それが今、無力な自分たちの目の前で弄ばれ、死に絶えようとしている。森は憤激のあまり、力任せに戒めを解こうともがく。関節が乾いた音を立てて外れてもお構いなしだ。八木は残った力のありったけを練り上げ、仮面の男を射るための力を溜めていく。
誰もが目の前の光景に狂い、悶え、目が離せなかった。
しかし、突如としてこの暴虐に幕が降ろされる。
仮面の男の手が突然何かに貫かれ、肘が爆裂して地面へ落ちた。ただ光が走ったようにしか見えず、誰にも何が起こったか理解できなかった。
次いで耳をつんざくような轟音が起こり、咲良の周りにいた鬼人たちが文字通り粉砕されていく。その衝撃は凄まじく、余波で咲良は跳ね飛ばされていった。
「な、なにが……俺の、手は、どこへ行った!!」
なおも轟音は続く。その度に鬼人たちは破壊され、その肉片を撒き散らしていった。
男は攻撃が行われている方向を見た。そこは大気が揺らめき、赤熱した何かが立っていた。不可視の砲撃はそこから行われているのだ。
腕を破壊され、錯乱した男が敵を確認すると一直線に跳びかかっていく。身体が薄い青色の膜で包まれていき、攻撃を通さない。恐らくこの膜は防御機構だろう。攻撃を食らってもその突進を遮ることはない。
仮面の男の手が発光する。空気を焦がす程の熱が瞬時に発生し、そしてそれは刃を形作った。ビームブレードだ。
「任務なんてもう知るかァッ! 死ねェッ!!」
神速で繰り出される攻撃は敢え無く空振りで終わった。必殺の熱刃は、後から繰り出された拳によってかき消されてしまったのだ。赤熱した拳が振り下ろされる。まっすぐと胴へ伸びる拳は青光の膜と衝突すると、爆発と共に仮面の男を吹き飛ばした。
熱波を引き連れ、大気の揺らめきから現れたのは堂島圭介だった。全身を灼熱させ、赤銅色へと変化させている。彼の周囲は熱のせいで揺らいでおり、その熱量の高さを物語っていた。
[敵性体を確認。異常改造された亜人<デミ>と認識。これより殲滅を行う。超熱融解砲発射形態へ移行。胸部装甲展開。ジンライ直結、擬似砲身形成]
だが、圭介から発せられた声は彼のものではなかった。より機械的で無機質なものだった。
アナウンスの直後に、圭介の胸部装甲が開かれ、そのまま空気が凝縮されたかのように、空間がねじ曲げられていく。それは見えることは無かったが、確かな存在感を持ってその場に顕現する。
不可視の砲身。そして今、その奥から白熱した力が灯るのが見えた。
かろうじて防御していた仮面の男が、慌てて鬼人たちに指示を飛ばす。あのサイボーグを殺せと。だが既に遅かった。
[次元乖離結界を展開。全味方の保護完了。――超熱融解砲発射]
発射の瞬間、全ての物体は消し飛び、蒸発してく。その力は地下にあって天井を突き破り、上階の全てを粉砕していった。極大の炎熱は物体を次々と爆発させていき、その勢いは全てを破壊し尽くすまで止まることはなかった。
爆発が収まると、周囲の全てはあまりの熱量のために物体を融解させていた。ドロドロと溶け出し、そこから火が狐火のようにチロチロと燃え上がっている。そこはまるで地獄のような光景だった。
上空では巻き上げられた土砂が大きな積乱雲を作り出し、熱と摩擦によって絶えず放電していた。病院は敷地ごと完全に消滅し、余波で近くにあった山をえぐっている。幸い近くに民家がなく直接の被害は無かったが、それでも衝撃が窓を割っていた。
爆発に巻き込まれたはずの八木、森、咲良、アサギの四名は、淡く光る膜に包まれ、炎の災禍から逃れていた。その上傷が瞬時に癒され、アサギの傷ですらも塞がれていく。
炎の中心に圭介が立つ。直前に見た破壊された装甲は全てが元通りに戻っており、今は皮膚が全て燃え尽きて、機械の部分がむき出しになっていた。
[エネルギーダウン。通常戦闘モード。敵性体殲滅を続行]
圭介はある場所へ向かう。そこはこの惨劇において、唯一炎から逃れた場所だった。すなわち仮面の男の所だ。
発射の直前に防御機構を全開にして耐え抜いていたのだが、それでも衝撃までは防げず、スーツのあちこちが破損していた。仮面も半分が砕け散り、中の素顔が露わになっている。
「お前……なんなんだよ……聞いて、ねぇぞ……」
息も絶え絶えに問うが、圭介は答えない。赤熱する拳を振り上げ手刀を作り、その息の根を止めようとした。
「お、俺を殺すのか……俺を殺すのか! 堂島圭介! 見ろ、俺の顔を見ろッ!」
それは懇願であったが、命令にも似ていた。男は残った左手で仮面を剥ぎ取り、その素顔の全てが現れる。
その顔は――
圭介の動きが僅かに跳ねて止まる。身体の熱は徐々に収まっていき、元の鈍色へと戻っていった。白い煙が立ち昇る。
「そうさ、お前は俺を殺せない。どんなことがあってもな! ハハハ!」
熱波に顔を焼かれながらも、男は圭介から目をそらさなかった。
そして後ろへ飛び退ると、一目散に暗闇へと消えていく。後に狂ったような笑い声を残しながら。
遠くから片平の声が聞こえてくる。だが、誰もその声には答えなかった。
意識のあるものはこの光景に息を呑み、意識のないものはただ光の膜に包まれている。
やがて、全てを押し流そうとするほどの雨が降る。雨は大気を冷やし、火を鎮め、忌まわしい何かを洗い流していく。
一つの戦いが終わった。しかし、まだこれは始まりに過ぎない。前哨戦でしかない。
大いなる超人大戦が、これより幕を開ける。
進化の時代が始まるのだ。




