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 幕間 怪奇! 廃病院の噂!



 所変わって氷室市上津町。学園のある神那かみな町からだいぶ離れたその町にある、有名な廃病院に二人の男と一人の女が訪れていた。

 男のうち片方は壮年であり、手に紙が挟まったボードを持っている。何かの調査だろうか。



「リストはここで最後か?」


「間違いないっす。ここじゃなければ『例の場所』でほぼ確定っすね」



 壮年の男の問に、長身痩躯の若い男が答えた。青い作業服を着ているが、その上からでも鍛えられているのが分かった。耳にはピアスをしている。



「はぁ。これでようやく学園に戻れる。いい加減ちゃんとした休みが欲しいね」



 愚痴をこぼすしたのは女だった。肩口でバッサリ切った髪を金に染めており、豊満な身体を青い作業服に包むというなんともちぐはぐな格好をしている。それでも厚い服の上からでもスタイルの良さがわかった。



「そういう話は気が緩むから後でな。健太、お前はここで待て。ゆすらは俺と来い」


「了解っす」


「了解、片平先生」



 壮年の男は片平省吾、若い男は八木健太、女は森ゆすらと言った。

 三人はこの一ヶ月、七支聖奠の痕跡を追ってきた。七支聖奠の隠れ拠点として活動していたと思われる場所をリストアップし、しらみつぶしに調査してきた。そしてここが最後の場所だという。

 この廃病院は今から三年前まで開業されていたのだが、患者の集団自殺が問題となりあえなく廃業となったのだった。この町では比較的大きな病院だったのだが、その事件以前にも不自然な医療ミスや、医者の脱税などが起こっており問題が絶えなかった。周囲の人間の印象は悪く、この病院は長く持たないだろうとよく言われていたそうだ。

 そういう怪しい経緯もリスト入りの理由だが、学園が調査に乗り出したのにはある『噂』が大きな理由だった。

 夕方の薄暗い廃病院の廊下を、二筋の明かりだけが廊下を照らしだす。まだ三年しか経っていないのだが、中は荒らされ放題落書きされ放題の惨憺たるありさまだった。



「ここは逸話が絶えないからか、若者たちの格好の肝試しスポットになっているとか」



 壁に書かれた落書きを見てゆすらがつぶやいた。



「神かくしの病院。死者が歩く病院。曰く、生きたまま解剖実験を行っている。曰く、地下に秘密の部屋があり人体実験を行っている。数え上げたらここだけでホラー要素を網羅できるな」


「そんなところに居る自分が一番怖い」


「そうか? 平気に見えるぞ」


「表情に出ないだけだよ」



 廊下に二人分の足音が悲しく響く。

 病院というのは多かれ少なかれ死者とは切れない関係にある。特に大きくなるに連れて死者というのは増えていくのだ。しかし、この病院はその死者の数というのが異常に多かったのだ。町では大きい方ではあるが、それでも国立病院と比べたらまだまだ小規模といえる。なのに死者は年間三十人を超えているのだ。それも、独り身の死亡率が極めて高い。ちょっとした怪我や病気でも入院させられ、入ったら最後、出てくるものは僅かだった。という話も残っているほどだ。



「噂をたどるなら、やっぱり地下だよね。斬った方がいい?」


「そうだな。こういうのは早いほうがいい。場所を指定するから待っててくれ」


「さすが先生。話がわかるわ」



 片平は一階廊下の突き当たりにある手術室に入り、手術台を蹴飛ばして転がし、その床を指さした。



「ここを斬ってくれ。あまり大きくはするなよ」


「わかってるって」



 左手首に右手をそっと添えて、装飾の赤いガラス球を押し込んだ。それから部屋の中央に手をかざす。作業着の袖はまくり上げられており、白い手が顕になっている。



「そーれっと」



 気の抜けた掛け声と共に手首をクンッと上に曲げると、それに呼応したように鋭い音を立てて床が円形に斬り刻まれた。

 斬られた床にポッカリと丸い穴が出来上がる。瓦礫が立てる轟音が穴から反響して聞こえてきた。



「深度は?」


「だいたい十メートルで斬ったよ。地下駐車場はここにはないし」


「なら当たりだな。行くぞ」


「ラジャ」



 二人は思い切り良く穴の中に見を投じた。恐れるわけでもなく、躊躇うわけでもなく、当たり前のように先の見えない穴の中へ降りていった。

 落下はすぐに止まった。片平が先に着地すると、後から降りてくるゆすらのライトの明かりを頼りに、彼女の身体を受け止めた。

 ゆすらを地面に立たせると、周囲に目を凝らした。上の手術室と同じくらいの部屋で、部屋の中はがらんどうだ。だが、なにか生臭い。



「うへぇ、なにこの臭い……くっさぁ~」


「腐敗臭か? それに混じって鉄さびの臭いも混じってるな。これは当たりかも知れんな」


「あんまり嬉しくない」


「そう言うな。この一ヶ月が無駄に終わらなかっただけ良かっただろう」


「休みはたっぷり頂戴ね、先生」


「確約はできんがな」



 部屋はドアもなく、直に廊下と繋がっていた。その先から何かの匂いが漂って来ているのだ。廊下の天井には蛍光灯がついているが、スイッチは見当たらなかった。結局この真っ暗の廊下を照らすのは、二人が持つライトだけらしい。



「八木さんの方が良かったんじゃ。あの人光るし」


「あいつは加減が出来ないから、いざという時困る。ゆすらの方が制御も小回りも利くからな」



 廊下を慎重に進んでいくと、T字路に差し掛かった。臭いは右から続いているが、風の流れは左側にあった。

 二人は立ち止まってどちらに行くべきか思案する。



「さて。どちらに進むべきか。この腐敗臭を追うか、空気の流れの元を追うか。どっちが目的に近いかな」


「断然左。風の流れは出入口がある証拠」


「それも重要だが、七支聖奠が残した痕跡を追うことが第一だ。こんな地下があるんだから、恐らくなんらかの繋がりはあったはずだ。そう考えると我々が行くべき道は右だ」


「臭いの嫌なんだけど。どうしても行かなきゃダメ?」


「ダメだ。さっさと行って終わらせれば、それだけこの臭いから開放されるのも早くなるぞ。ほら、行くぞ」


「はぁ……早くもどって休みたい……」



 グズるゆすらを無理やり連れて、右から漂う臭いを追っていく事に決めた。

 右の通路を進むに連れて臭いも強烈になっていった。ライトで浮かび上がる廊下には、赤黒い染みが点々としており不気味さに拍車をかける。空気が淀んで息苦しい。

 この臭いと真っ暗で閉塞感のある廊下。通常の人ならば襲い来る闇の恐怖に屈しただろう。しかし、そんなことは知らないとばかりに、二人は平然と足を進めていった。

 T字路からだいたい二十メートルほど進むと、廊下いっぱいに広がる扉に突き当たった。



「うわぁ……酷い匂い。先生、本当にこの先にいくの? やめない? なんか見たくないんだけど。そろそろ呼吸も辛いし」


「大丈夫だ死にはしない。開けるぞ」


「ちょっまっ! まだ心の準備が!」



 扉を勢い開け放った。その瞬間にあの臭いが一気に空気を侵食した。ゆすらはむせ返り、新鮮な空気を求めて喘いだ。

 扉の中は凄惨なものだった。黒く腐敗したものが散乱されており、その中に白いものがわずかに見えている。恐らく生き物の死骸だろう。



「この場所から察するに、これは人間の死体だ。恐らくここが噂の『秘密の人体実験』が行われていた場所だろう。部屋の隅に排水口が見えるから、この部屋は失敗した者たちを破棄するための部屋らしい。処理する前にここが破棄されたのだろう」


「おえぇ……もう、無理……」


「もうちょっと待て。この隅にある肉塊……他のより大きいな。なぜだ? 人一人の量じゃないぞ」



 片平が見ているのは左の隅に転がっている死体だった。他の遺体と同じように腐敗が激しく、半分以上溶けているが、その肉の量が他のよりもはっきり分かるぐらい多い。三人分はあるだろうか。

 果敢にも片平は部屋の中へ入っていく。床にぶち撒けられたような肉塊たちを避けもせず踏みつけて、件の肉塊まで進んでいった。そして、肉塊を足で蹴飛ばして転がしてみせる。更に臭いがきつくなった。



「……どうやら当たりも当たり、大当たりみたいだ」


「なにが大当たり? あたしはもう鼻が馬鹿になったよ」


「ゆすら、今すぐ上に戻るぞ」


「ちょ、今度はなに?」



 二人は急いで元きた道を戻っていった。T字路の左の道へ進むと階段があり、さっきの廊下よりは清潔感のある場所に出た。恐らくここが地下施設のメインフロアなのだろう。電子機器やらなにやらで溢れかえっている。もしかすると上の病院よりも設備は良いかもしれない。



「ここは……臭くない。ようやく一息つける」


「埃っぽいがな。それよりも早く学園に戻るぞ。調査班を寄越してもらわなければならない」


「もしかしてここが例の?」


「ああ」



 非常階段を見つけて駆け上がる。一刻も早く報告しなければならなかった。こここそが探し求めていた場所なのだから。



「改造人間の研究施設だ」



 片平の瞳が燃え上がった。







 二人が地上に出ると即座に端末から緊急要請が発信された。三人はそのまま現場の保存と、周囲の警戒に務め、調査班の到着を待った。

 要請から約八時間後に調査班は到着した。情報解析、現場解析能力に特化した超能力者が集められている。十数名からなる調査班は猪俣怜香いのまたれいか教室の生徒たちで、もっとも現場経験の豊富な教室でもある。

 ただ、恐らくは読み取れる情報は少ないだろう。奴らだってバカじゃない。情報の隠蔽はほぼ完璧に成されているはずだ。だが、それでも一〇〇パーセントではない。必ずどこかに綻びはある。幾多の綻びをかき集めて奴らに少しずつ迫ってきた。そうやって彼らは七支聖奠と戦ってきたのだ。

 一パーセントでも、それよりもっと少ないものでもいい。情報を得る事こそが何よりも大事なのだ。


 病院が警察の協力で周囲を閉鎖されると、解析が始まった。精鋭たちの解析はおよそ十時間にも及ぶ。

 そして――。



「一つだけ判明しました。改造人間製造プラントの場所、です」



 調査班の班長が緊張と興奮の入り混じった様子で片平に報告する。髪が汗のために額に張り付いている。

 片平は目で先を喋るように促した。



「旧シラカバ精神病院。かつて超能力の研究が秘密裏に行われていた『例の場所』です。間違いありません」


「……ッ!!」


「恐らくまだ稼働しているでしょう。巧妙に偽装されていますが、人が立ち入った形跡があるのです」



 旧シラカバ精神病院。長年学園がマークしていた場所だった。ただ、今までは確証を得られず踏み込めずにいたのだが、それも今日までだ。

 片平は後ろで待っている健太とゆすらに、今すぐ学園に戻ることを告げた。



「お前たちには悪いが、すぐに次の仕事が待っている。戻ったらすぐに準備してくれ。今回は総出だ」


「まじっすか!? うへぇ……少しは休めると思ったんっすが、しょうがない。もうひと踏ん張りしますかね。ね! ゆすらさん」


「はぁ……戻ったらやりたいこといっぱいあったんだけどなぁ」



 片平教室、通称撃滅班。戦う能力に特化した一騎当千の強者集団。彼らが一度動くと天地を騒がすほどの騒動に発展すると言われ、滅多に本来の任務が与えられない。

 その封印が今こそ解かれようとしていた。彼らの与えられる任務はただ一つ。



「立ち向かうものは全て打ち倒せ。迷うなよ?」



 見敵必殺。全てを薙ぎ払うことだけだ。

 

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