栄木と女子社員
テーマは『菖蒲』でした。
『いづれがあやめかかきつばた』という言葉がある。美しい女性が複数いて、どれも甲乙つけがたい事を言うのだが、栄木にとっては、文字どおりに『見分けがつかない』ものの例えにしか思えない。
秘書課の女性たちは皆、一様に美しく、知的で華やかだ。嫌味にならない程度に上品に化粧を施し、落ち着いた色でまとめたブランド服を着こなし、膝上丈のタイトスカートから伸びる脚はほっそりとして、何処にも無駄がない。
だが。と、栄木は思う。
彼女たちには飛び抜けた個性というものもないのだ。いや、それが悪いという訳ではない。会社も彼女たちに個性を求めてはいないだろう。
ただ、栄木には彼女たちの区別がつかないのだ。元々、女性に興味がないせいもあるだろう。とはいえ、栄木も優秀な秘書の一人である。秘書課に所属する十数人の女性たちの、顔と名前とどの役職者の担当かは、頭に入っている、一応は。しかし、この前飲み会に参加したのが誰かとか、誰と誰が犬を飼っているかとか、先週と髪型が違うとか、そんなことまでいちいち気にしていられないのだ。
そんなことよりも、彼の担当である和泉萌が、ちゃんと飯を食べているのか、睡眠をとっているのか、何処かで貧血でもおこして倒れていやしないかと、その方が余程気がかりなのだ。
それなのに。
栄木の気持ちなど知る由もない和泉は、秘書課の女性たちの中で、犬を飼っている者を紹介しろと言い出したのだ。魂胆はわかっている。諸事情により和泉の所有となった、小さな犬とそれに付随する邸宅と、なにより其処に勤める健気な家政婦の為に違いないのだ。家政婦には夫も子供もいるのに、和泉は未だに足繁く通っている。
きっと犬に持っていく土産で、何か女性にウケのいいものをリサーチしたいのだろう。
栄木は深々とため息を吐いた。
「栄木主任、どうしたんですか? ため息なんかついちゃって」
「ああ、えーとミサキさん、犬飼ってましたよね?」
「えー? 私のミミちゃんはハムスターですよ。この前話したじゃないですか!」
なんか飼っているところまでは合っていたようだ。
栄木はまたも大きくため息を吐いたのだった。