ただの人形ではいられない
私にとって西園寺との関係だけが悩みの種ではない。
私にはもう一人、5歳歳の離れた妹がいる。
これがやっかいなのだ。
伊藤加奈子はどのような思考回路なのか、京本と恋人関係だと思っている。
同じ稼業であり、もともと関わりのあった京本に恋をした加奈子の妄想は激しいものだった。
京本が結婚した際などこれは政略的なものであり京本の本意ではない。
自分こそが京本の妻なのであると公言している。
加奈子のことは有名で誰もが苦笑を浮かべるだけだ。
うちにとっては不名誉なことだ。
そして実際、加奈子は京本に相手もされていない。
仕事上関わらなければならないこともあるが、それ以外はなるべく距離を置いているようだがそれがかなこは気に食わないらしい。
「おかわいそうな、勇様。本当は私のところに帰りたいのにあの女のせいでつらい思いをされているわ」
そういっては京本の自宅におしかけては追い出されている。
誰が言い聞かせてもあの子には届きもしない。
家族としても周りからしてもどうしようもない娘なのである。
しかしながら、本日帰ってきた西園寺さまの言葉の方に私は身を切るような痛みを味わった。
「どうしたものか…優奈に子供ができたんだ。」
「………」
「ああ、急にこんなことを言っても君を煩わせるだけだね。すまない」
「優奈さまとの間に子供ですか…?」
「子供ができたことはとても喜ばしいことなのだが…困ったことになった」
帰ってきてそうそう夫から恋人との間に子供ができたよ宣言を頂いた私の思考は止まってしまった。
ここまで堂々と言われるとむしろ清清いかもしれないと思ってしまった私はおかしいのでしょうか?
西園寺は笑顔で喜ぶと、すぐに焦ったように部屋をうろうろ歩くことを繰り返している。
「…喜ばしいことですが、何がそんなに心配なのですか」
私は痛む胸を無視して問えば西園寺も真剣な瞳を私に向けた。
「優奈が子供に愛情を感じるかは難しい。産むまでの手筈はもう整えている。京本殿には悪いがこちらでも働きかけなければ…君には悪いがこちらで引き取ることも頭の片隅にでも覚えておいてくれないか」
たとえ腹が違えど愛する夫の血を引く子供なら私は愛せるだろう…か?
恋人との間に子供をもうけることができたというのにその子供に愛情を示すことのできない優奈さまにいら立ちを感じるとともに、私は西園寺にさえ苛立ちを感じていた。
私自身西園寺に気持ちを伝えることはなかった。
西園寺からもこの結婚のことや優奈との関係をどのように考えているのか聞いたこともなかった。
だからといって子供のこと優奈さまのことばかりを優先して、名ばかりとはいえ『妻』である私をあまりにもないがしろにされているのではないでしょうか。
私は何も感じない人形ではないのです。
全てのことは西園寺の中で決まっていてそれに私は従うしかないのでしょうか。
「君の妹には申し訳ないが、優奈に何かしらの危害を加えないかも心配だからどこか療養に出てもらおうと思うんだ。いいよね」
ほらもう私がすべて肯定すると思っているよう
「……なにもかも」
ああ、どうしよう。こんなにも簡単に醜い気持ちが溢れてしまうなんて
「なんだい?」
小さく、小さくつぶやいた言葉に西園寺は首をかしげる。
急につぶやいたまま顔をあげない妻にいぶかしげに手を伸ばしてきた西園寺の手を私は振り払った。
西園寺に反抗したことなんてなかった私が初めて示した拒絶だった。