96.元気に食べて元気に遊ぶ
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__(__ニつ/ 銀河眼 /____
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レオパルド城下町の大通りから外れた所にひっそりと居を構える酒場、『憩いの時』。
先代魔王の時代から続いているという老舗であり、大人気という訳では無いがそれなりに客足が入る隠れた名店である。
その風化した外壁から長年この地に根付いてきた様子が人目で見て取れ、
凝った装飾の施された木製の扉には所々染みが付いており、これまた年季を感じさせる。
コボルトの種族に属する壮年の男性、この魔族がこの酒場を切り盛りする店主である。
彼は二代目であり、先代から厳しく料理や酒の知識を叩き込まれ、この店の看板を任された。
彼の料理は絶品であり、酒場なのだが寧ろ彼の料理を目当てに訪れる客も多い。
そんな店主の料理の腕前に虜になった者が、ここにも一人いた。
「しかし……良く食べますね貴女様も」
「だってここのメシうめーんだもん。実家や城の連中が作る料理よりこっちの方が好きだぜ?」
「ドラグノフ様にそう言って頂けるとは、一料理人として光栄です」
城を抜け出し、食道楽にいそしむドラグノフ。
彼女の前には彼女が食した後の大皿が何十枚も積み重ねてあり、
店主と同じコボルト族だが、やや風貌が人間寄りの女性給仕がドラグノフの積み上げた皿をカウンターへと引き上げていく。
「しっかし、何か今日は人がいねーな?」
「まだ夕食前の時間ですからね。それに最近街の外が物騒みたいですし、人の往来自体が少なくなってるみたいですね」
「そーなのかー? よくわかんねーや」
尋ねておいて、帰ってきた答えを適当に投げるドラグノフ。
馬耳東風とはこの事である。
「まぁ良いや。この肉もう3つ……」
「店長! 黒獣の切り身の在庫がもう無いです!」
「うん? もう切れたのか……」
店主はカウンターへ下げたドラグノフの築き上げた皿の山を見る。
これだけ食べれば在庫も切れるのも無理は無い。
引き攣った笑顔で乾いた笑い声を上げる店主。
「すみませんドラグノフ様、食材がどうも尽きてしまったみたいでして……」
「えー? まだ食べ足りないぜー?」
「最近、この街の外に出て行った魔族達の消息が途絶える事件が多発していまして。そのせいで流通も滞りがちなんですよ」
「そうなのかー」
「食材もそのせいで値上がりしてまして……そう数を仕入れられないんですよね」
近頃、魔族領の小さな村の村人が纏めて失踪したり、
街道を往来する一部の商隊や旅人の行方が分からなくなる事件が発生している。
その報告は当然魔王城に届いており、魔王達の耳にも入っている。
……真面目に報告を聞いて覚えていればだが。
彼女の記憶の中には残念ながらその情報は無いようである。
「ならあたいが取ってきてやるよ」
「えっ?」
ドラグノフの想定外な申し出に、呆けた声を上げる店主。
「ただこの肉がある場所がわかんねーなー。知ってる?」
「黒獣の居場所ですか……」
「あっ、店長。それなら私が知ってます」
給仕姿の女性が、控えめに手を上げる
「そうなの? ならちょっと案内してくんねーか? 細かい場所覚えるの面倒臭いし。何かあったらあたいが守ってやるからさ」
「そ、それなら私も安心ですけど、お客様のお手を煩わせる訳には」
「だってその方が早いし。ここのマスターのメシ上手いからさ。もっと食いたいけど食材無いなら取ってくるしかないじゃん」
目的の場所まで行く道中の護衛を、ドラグノフは買って出る。
四天王の中で、純粋な力であらば魔王にすら匹敵する彼女が護衛をしてくれるというなら、身の安全は完全に保障されたも同然である。
「……お気遣い感謝します」
「いーっていーってそんなの。でも取って来たらちゃんと作れよな?」
「それは勿論です、腕を振るいますよ」
ドラグノフの好意に素直に甘える店主。
ドラグノフが通いつめている間に彼女とは多少打ち解けているようで、口調こそ丁寧だがやや砕けた態度である。
「じゃ、腹ごなしついでに遊んでくるか」
脇に立て掛けておいた朱槍を掴み、女性給仕を掴む。
「えっ?」
まるで猫でも摘み上げるかのように易々と片腕でコボルト族の娘を持ち上げる。
片腕で軽々人一人を持ち上げる辺り、四天王の名は伊達では無いようだ。
扉を開け、周囲を見渡しドラグノフは問う。
「んじゃーこの子借りてくぞー。んで、どっちよ?」
ドラグノフの問いに指差してコボルト族の娘は答えると、翼を広げてその方角目掛け勢い良く飛翔した。




