95.平和とは何か
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「そもそも平和とは何だ」
「そんなの決まっている、争いが無く、人々が幸せに暮らせる――」
「争いの対義語は平和ではないと先程言った筈だぞ、つまり平和と争いは共存し得るという事だ」
遮るように論を述べる先代魔王。
人の世を戦乱に向かわせる魔王が平和を論ずるとは。
「例え争いによって人や魔族が死んでいたとしても、平和な世を築く事は可能なのだ」
「何を馬鹿な事を」
先代魔王が言う平和な世の中は、とても私には理解出来る物では無い。
血が流れていても平和、とても想像が付かない。
「聞け、今代の勇者よ。幸い貴様はまだ若い、今ならばまだ考えを修正し得る。かつての私は、争いを無くせぬならば血の流れる場所を限定してしまおうと考えた」
「限定?」
「そうだ限定だ」
疑問に答えるべく、先代魔王は続ける。
「争いは無くせない。闘争本能という物は人も魔族も大なり小なり持って生まれる物だ、皆無な者など存在し得ない。理由こそ差異があれど、人にも魔族にも強い憎しみや怒りを持つ者は存在する。そういう者達はそういう者達同士で殺し合えば良い、それを止める必要など無い」
「ふざけるな! 殺し合いを容認するなど出来るものか!」
「なら貴様は説き伏せられると言うのか!」
私の反論に対し、怒気を帯びた声で一喝する先代魔王。
「知人や家族、大切なヒトを理不尽に殺された怒りを、憎悪を! 仲間を殺されたけれど相手を憎んではいけませんよと諌められるのか! そんな事は神にだって出来はしない!」
魔王の問いに対し、反論出来ずに口ごもる。
私はロンバルディアを発ち、多くの村や町を訪れた。
当然私も、魔物や魔族に対し強い恨みや怒りを持った人々と沢山出会ってきた。
そんな彼等を思い浮かべて尚、相手を諌められるかと考え、到底無理だと思い至る。
「強い憎しみを抱いてしまった者を止める事など出来ない、止めようとすれば無関係の者が巻き添えを食い、傷付き死んでいく。更なる憎しみが生まれるだけだ」
先代魔王の言葉は重く、さならがその光景を目の当たりにしてきた経験者のような重みを感じる。
「だから私は止めたのだ。人を憎む者は差し向けて戦わせれば良い、そして人間側にも同じ事をさせれば良いのだ。人と魔族が互いに相手を憎む者だけを殺し合わせ続ければ、憎しみの渦は消えずとも小さくなっていく。殺し合わせれば数は減り、憎しみを持たぬ、または薄い者だけが両者に残るのだから……だが、これを実現する為には人間側にも協力者が必要だ」
「それ故に貴様は先代の勇者を丸め込んだと?」
「丸め込んだとは心外だな、勇者も快く了承してくれたぞ」
「そんな事有り得ん! 貴様は私をその話術で誑かそうとしているだけなのだろう?」
人々の、人類の希望にして精霊様の恩恵を賜るといわれる勇者たる者が魔王の言葉に惑わされる事など考えられない。
「有り得なくは無いさ。何故ならかつての勇者と私は幼馴染だったのだからな」
「んなっ……!?」
その有り得ぬ言葉に驚きの表情が露出してしまう。
驚きの余り、情けない声も漏れ出す。
勇者と魔王が幼馴染など――
「人と魔族が幼馴染など有り得ん、か?」
こちらの心情を察したかのように、先代魔王は続ける。
「だがそれが有り得るんだよ。この世界にはな、かつて人と魔族が共存し平和に暮らしていた村が存在したんだ。だが――その村は消されたんだ。上の勝手な都合で、存在しない事にされたんだ」
「消された……?」
「あぁ、ファーレンハイトとロンバルディアの国境付近、山間部の中にその村はあった。人と魔族、その両者に追われた行き場の無い者達だけで作られた集落がな」
先代魔王は、その光景を思い返すかのように目を閉じる。
「だがある日突如その集落は襲撃され、人も魔族も関係なく皆殺しにされ、家屋は全て焼き払われた。その陣頭指揮を取ったのが人間達なのか魔族達なのかは今となっては分からん。だが、あの時村を襲ったのは確かに理不尽な悪意だった」
先代魔王は怒りで口を引き攣らせ、無意識に歯軋りをする。
「上の理不尽な理由で私の故郷が消されたのなら、上を正さねば同じ悲劇が繰り返すだけだ。だから私は魔王となったのだ。魔族最強の頂点となり、二度とあの悲劇を繰り返させぬ為にな。歯向かう者は徹底的に叩き潰した、未来の弱者が泣かぬ為にな。魔王となり、勇者と結託し。血を流す気は無い者達のみを全力で守り抜く。これがかつて私と勇者が目指した平和だ」
先代魔王の考える平和。
漠然と突き進むだけではなく、平和という結果に至る為に踏まねばならぬ過程をしかと見定めた上での答えであった。
それは、私が考えていた魔王を討てば全てが終わるという考えがとても薄っぺらく感じる物であった。
先代魔王を名乗るその者は、魔族だけでなく人々をどうするかまでを考えに入れ、
世界をどう導いて行くかまでを視野に入れている。
何と広い視野だろうか。
「――今代の勇者よ、名は何と言う?」
「あ、アレクサンドラだ」
「アレクサンドラか、良い名だ」
魔王を倒した後の世。
そんな物を考えた事は今まで一度足りとも無かった。
「勇者アレクサンドラよ、お前の過去に何があったか。何をしたかは聞かん、それに興味も無い。だが好い加減、血で血を洗うこの世界に嫌気はせんか? 曲りなりともお前は勇者だ、人々を説き伏せられる肩書きがある。魔族を滅ぼして終わりではなく、人々を滅ぼして終わりではなく。そろそろ第三の道を目指さんか?」
先代魔王の語る未来に、私の今までの考えは完膚なきまで突き崩された。
四天王に力で破れ、勇者としての考えも敗れ。
私は、今まで勇者として何をしていたのだろうか。




