94.勇者と『魔王』
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( ヽノ
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三 レレ
私は勇者としての使命を帯び、故郷である寒村の人々の声援を受けつつロンバルディアを発った。
道中、人々を襲い苦しめる魔物や魔族を討ち取り、自分の力にもそれなりに自信を持ちつつあった。
今の私なら、魔王ともまともにやり合えると。
そう確信し、魔王城へと乗り込んだ私を待っていたのは四天王であるカーミラであった。
彼女は吸血鬼であり、「決して死なない」身体の持ち主であった。
闇の住人である吸血鬼にも関わらず、聖なる光の加護を受けた一撃を受けても滅びず、
私の使い得るありとあらゆる剣術、魔法の類が全て彼女には通用しなかった。
正確に言えば、私の攻撃は彼女の身体に届いてはいたのだ。
しかしカーミラに届いた攻撃は、彼女の身体に傷を付けたはずなのにすぐに完治してしまう。
有効打を持たない私はやがて疲弊し、カーミラによって拘束された。
その後魔王に面通しされ、今はカーミラの根城であるカーンシュタイン城に拘束されている。
いや、拘束ではないか。軟禁と言うのが正しいか。
私の首には強力な爆破魔法が仕掛けられた首輪を巻かれ、城の中に放置されている。
この城の主はたびたび城を抜け出し留守にしており、また監視も居らず、牢に閉じ込められている訳でも無い。
なのでこの城の中であらば自由に出歩く事が出来るのだが、カーミラいわく。
「子供をいたぶる趣味は無いからここで大人しくしててね。でも、今はこの城と魔王城から外に出たら自動的に首輪が爆発するから外に出るとか考えないでね」
とのお達しである。
定期的に食事も届けられ、危害が加えられる訳でも無く、環境は快適である。
とても敵対勢力を捕らえておく待遇とは思えぬ好待遇である。
さっさと殺せば良いのに、何故か魔王達はそれをしない。
かといって自殺願望がある訳でも無いので、城から出れば死ぬと言われては出る訳にも行かない。
せめて死ぬにしても、魔王に一太刀浴びせて散ったとでもならねば故郷に残った家族や恩人に顔向け出来ない。
罠に引っ掛かって死んだとあっては勇者の名に泥を塗る事になる。
だが今の私では魔王に勝つ所か、その配下である四天王にすら太刀打ちできない。
魔法を使えないので魔法の鍛錬も出来ない。
出来る事と言えば城内の散策と魔力を用いない肉体的な鍛錬だけである。
しかし軟禁される際に歴代の勇者達によって代々伝えられてきた聖剣を奪われてしまった。
その為剣の訓練も出来ず、身体を動かしたイメージトレーニングが限界である。
今もこうして、人目を忍んでカーンシュタイン城にて鍛錬の最中である。
薄暗く、音も無く。私以外いない空間なので誰かに見られる事も無い。
鍛錬の最中を魔族に見られては私の戦う際の考え方がバレてしまうので、人目を避けるに越した事は無い。
薄闇の中に、今まで戦ってきた魔物や魔族の姿を思い浮かべる。
今は無いが、右手に聖剣を持っているとイメージし、空想の相手に切り掛かる。
相手の攻撃を最小限の動きで避け、魔物の首元に剣を突き立てる。
「精が出るな勇者よ」
「んひぃ!?」
何の気配も無く唐突に背後から飛ぶ声に驚き、身を縮めながら素っ頓狂な叫び声を上げてしまう。
振り向けば、そこには魔王の被害者であり魔王の加害者である少女、アーニャの姿があった。
アーニャは悪しき魔王の手によってその身体に邪神を宿す器にされたのだ。
最近、その邪神の正体は数多の死者の魂ではないかという仮説が立てられた。
だがどちらにしろ、魔王はこんな小さな子供の命を弄び、道具として扱ったという事実は変わらない。
人々を苦しめ、根絶やしにせんとする魔王という存在を野放しにしておく訳には行かない、一刻も早く討ち取らねば。
「鍛錬は大切だが、物事の根元を見据えねば剣を振るべき相手を見誤るぞ」
「見誤る事など無い、諸悪の根源は魔王だ。魔王さえ討ち取れば全ては終わる」
事実、魔王は人々の住まう地を襲い、殺戮の限りを尽くしている。
魔王を討てば終わる、そこに間違いなどある訳が無い。
私の答えを聞くと、何者かを宿した目の前の少女は大きく落胆したように溜息を付く。
「――そうか、残念だ。お前は『都合の良い』勇者なのだな」
「都合の良い、だと?」
「私の代の勇者は自分で考える頭があったのだがな。お前は何も見ず考えず、ただ剣を振るしか能の無い勇者なのだな」
「随分とけなしてくれるな、先代魔王とやら」
魔法は使えないが、気配位は読み取れる。
今、目の前にいるのはかつて先代勇者と戦い命を落としたという先代魔王、リズレイスという者らしい。
中身こそ魔王ではあるが、身体は人間の少女であるアーニャのモノだ、危害を加える訳にも行かない。
それに、危害が加えられるとも思えないが。
アーニャに施された術は死者の魂だけでなくその力までも再現可能らしく、それ故に今、目の前に立っているのは先代魔王そのものという事になる。
四天王にすら勝てない私が、魔王に届く訳も無い。
「――なぁ、勇者よ。どうすればこの世に平和は訪れると思う?」
先代魔王は唐突に、私に尋ねる。
平和だと? そんな物決まっている。
「そんなもの、この世から魔族を全て抹殺すれば」
「この地上から、全ての魔族をか? そんな事は不可能だ、出来る訳が無いんだ」
カーミラに言われた事と同じ答えを、先代魔王は返す。
人々に危害を加える者を排除する、その考えの何がいけないんだ。
「逆も同じだ。魔族が人間を根絶やしにしようとしても、到底出来る事では無い。憎しみや怒りに駆られてただ目の前の隣人を殺していては、到底平和など望めない」
「なら、貴様はどう考えているんだ。さぞご立派な考えをお持ちなのだろう?」
「――この世から、争いが消える事は決して無い。だが、平和を作る事は出来るのだ」
「争いがあるのに、平和だと?」
この魔王は、一体何を言っているのだ?
争いがある世が、平和である訳が無い。
「人も魔族も、多様な考えを持つ命である事に変わりは無い。戦いを好まぬ穏やかで優しい者もいれば、他者を傷付けずにはいられない凶暴で攻撃的な者もいる。そんな者達がいる中で、諍いが起こらぬ訳が無いんだ。だが、それでも平和を作る事は出来るのだ。事実、私は後一歩の所まで辿り付く事が出来た。……もっとも、それを掴む事は出来なかったがな」
「魔王である貴様が、平和を語るとは笑わせてくれるな」
「魔王だからこそだ。魔王とは魔族最強の証であるが、それと同時に王なのだ。王は民を守り、導かねばならん。魔族も大多数は好き好んで血を流したりはせんよ、平和な世が築けるならそれを望んでいるのだ」
「だがお前達は人々の地に踏み入り、蹂躙し、殺戮の限りを尽くした。それの何処が平和だ」
「……争いの反対は平和ではないし、平和の反対は争いではない。この二つは対義語ではないのだから。争いは無くせないが、その規模を小さくする事は出来るのだ」
「争いの規模を小さくするだと? そんな事が出来れば苦労しない」
「出来るさ、だからこそかつての私は――」
先代魔王が、その小さな身体に似つかわしくない、年季を帯びた鋭い目線で私を見詰める。
そして一言、さらりと言ってのけた衝撃的な一言。
「――勇者と手を結んだのだからな」
私はその一言の意味を、すぐには理解出来なかった。




