90.読書会
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_/::o・ァ
∈ミ;;;ノ,ノ
ヽヽ
アレクサンドラを送った後、何冊か本を読んでいたが。
小部屋とはいえ壁一面の本を読み終えるのは一日程度では到底無理である。
結局、数日に分けて何度もこの地下へと往復する事になった。
外が晴れていようが雲っていようが、雪が降っていようが雨風が強かろうが。
どんな時でもこの地下空間は一定量の光量で室内を満たしてくれている。
とてもありがたい事ではあるが、時折冷たい印象も感じられる。
火のような揺らめきも温かみも無く、ただ淡々と室内を照らす頭上の光源。
でもこのお陰で私は油を持たずしてこの地下に入り浸れるのだ、有り難い事だ。
だが地下にいると日の光が見えない為、ここに来てからどれだけ時間が経ったのかが咄嗟に判断出来ないのが少々難点ではある。
日光が入らないからこそ、この状態の良い本を読む事が出来るのだから文句は言えないが。
「――硫黄は火山地帯から産出され……あぁ、そういう事か」
誰もいない場所で一人本を読んでいると不意に独り言が口を突いてしまうのは何故だろうか?
今は本棚から引っ張り出した「火薬生成法」という書物を読み込んでいる。
どうやらこれは私の使用している銃に無くてはならない物らしく、
恐らく重要性が高そうなので念入りに読み漁っている最中である。
この本によると、この銃に使用されているという「黒色火薬」は3つの材料から作られているという。
硝石、硫黄、木炭。
この3つを粉末状にすり潰し、混合させた物が黒色火薬と呼ばれているらしい。
木炭は一般的な木材を密閉し加熱する事で生成が可能で、
硫黄は火山地帯――温泉などの縁に堆積している黄色い石のような物がそうらしい。
硝石だけは掘削や生成等が必要でそう易々と手に入らないようだが、内二つは私でも容易に手に入りそうな物だ。
本から手元に置いた銃に目線を移す。
こんな簡単な素材でこの銃が動いているとは、にわかには信じ難い。
木といえば薪。という程度の認識しか無かったが、木炭の作成は私でも出来そうである。
木炭か……薪を燃やした後に残る灰とは違うのだろうか?
そんな事を考えていると、上げておいたはずの昇降設備が稼動する無機質な音が扉の向こうから聞こえ始める。
この場所を知っているのは、この場所を教えてくれたアーニャの中にいた人物、
それに同行した私とカーミラ、そして最近一緒に付いて来たアレクサンドラ。
しかしアレクサンドラは何処をどう操作すればこの昇降設備が動くかを知らないようで、ここに単身来る事は出来ない。
そんな事を考えていると。木製の扉が開け放たれ、妙齢? の女性がこちらに向かってきた。
「あら、黙々と読書に耽ってるなんてどういう風の吹き回しかしら?」
ここへ来る方法を知っている最後の一人、カーミラがこちらを見下ろしてくる。
黒革のブーツで若干背丈は水増しされているのだろうが、それでも椅子に座った私を高みから見下ろすには充分な背丈である。
「ここに行けと言われましたからね、その部屋に入ったら大量の本があったから読んでるだけですよ。きっとこうしろという意味で言われたんだと思いますし」
「ふーん、私も暇だしちょっと読んでみようかしら?」
「えっ?」
「えっ?」
私の微かな動揺の返事に疑問符で答えるカーミラ。
よくよく考えれば、ここは銃を始めとするレオパルドの数多の遺産が眠る場所。
この今読んでいる黒色火薬生成法の本も、元々は亡国レオパルドにとっては重要機密だった物。
そんな物を魔王、魔族に属しているカーミラに読ませて良いのだろうか?
滅んだとはいえ、人間の技術であったこの本を。
「……悪用しないで下さいよ?」
「する訳無いじゃない」
しかし止めた所で、一度好奇心が向いた彼女の動きを止められる訳がない。
銃があった所でカーミラと戦って私如きがどうこう出来る訳でも無い。
それに彼女には日頃から良くして貰っている、恩人でもある。
そんな彼女に殺す為の道具を向けるなど、考えたくもない。
「最近は毎日この地下に入り浸ってますけど、外が見れないのでどれ位時間が経ったかが分からないんですよね」
「そういえばアンタ。最近夕食に遅れたりしてたけど、これが原因だったのね」
この城の給仕には迷惑を掛けてしまって本当に申し訳無い。
地下にいてもどれだけ時間が経ったか分かるような手段があれば良いのだが。
そんな都合の良い物は無いか。
「でも本を読んでて時間が分からなくなるものかしら? 私はそんな事無いけどね」
「ですが、日の光が入らないので日の傾き具合で判断が効かないと……」
「いや、だって私のあの城の中もロクに日差しが入らないじゃない。それでも分かるけど?」
そういえばそうだった。
カーミラが住まう城跡も上部は既に朽ち果て、無事なのは地下部分ばかり。
日の光など、ここ同様入る訳が無い。
「そういえば、そうですね」
「本を読んでてもなんとなーく、どれだけ時間が経ったか分かるのよね」
カーミラにそんな特技が。初耳である。
「それは凄いですね」
「ふふん、もっと褒めても良いのよ?」
胸を張り、茶化した口調で喋るカーミラ。
ある胸がより一層強調される。
比べるのは失礼だろうが、私が今まで見た女性の誰よりも大きく見える。
彼女が胸元を強調するような服装をしているのが原因かもしれないが。
「いえ、遠慮しておきます」
「……むぅ」
カーミラは何か言いたげな不満そうな顔をしているが、何を言いたいのかは私には良く分からない。
まだまだ目を通していない蔵書は沢山ある、一通りは見て置かねば。
―――――――――――――――――――――――
カーミラがここに訪れてからどれ程経っただろうか?
彼女の本を読みたいという言葉は嘘ではなかったようで、先程から私の読み終えた後の本の山を追従するかのように読み耽っている。
黙々と読み続けているので、特に私も喋る用事も無く。
本がめくられる紙の擦れる音のみが静寂な室内に響く。
「火薬生成法」という題字の本は読み終え、後は何か重要そうな内容が無いかを探す為、飛ばし飛ばしで読み漁る。
「警報装置マニュアル」、「銃火器運用法」、「新動力理論」、「大金庫操作法」、「電算機操作マニュアル」……
目を走らせながら手早く読んではみたが、早く知らねば手遅れになるような情報の類では無さそうだ。
これらは他の本を一度目を通してから改めて読み直せば良いだろう。
大体本棚の半分位は目を通したか、まだ先は長そうだ。
「ん、そろそろ夕食の時間ね」
不意にカーミラの言葉が沈黙を破る。
とは言われたが、ここからでは日の光が見えないので今の刻限を窺い知る事が出来ない。
「本当に分かるんですか?」
「嘘だと思うなら上に戻って確かめてみる?」
不敵な笑みを浮かべるカーミラ、どうやら自信満々のようである。
「何なら賭けましょうか? もし勝ったら――」
「いえ、私は賭け事はしない主義なので」
私は別段運は強くない、いや寧ろ悪い部類の人間だ。
そもそも運が良い人間なら水害で妻を失う事なんて無かったはずだし、
今こうして魔王城に軟禁? される事も無かったはずだ。
運の悪い人間が賭け事に手を出せば末路は火を見るより明らかだ。
私の回答に凄く不満そうに口を歪めるカーミラ。
そんな顔してもしない物はしないんです。
実際しなくて良かったようだ。
カーミラの言う通り丁度夕食の時間に食卓に付く事が出来た。
地味に凄いな。




