9.かくれんぼ
私、カーミラは魔王に仕える四天王の一人である。
今仕えている魔王は実は二人目で、昔仕えていた先代魔王は人間達に英雄と祭られている『勇者』の手によって殺された。
え? その時私は何をしてたって? 勇者一行の連れてた魔法使いの一人に、命を賭した封印術掛けられてました。てへ。
いやー、死なない身体とはいえ身動きを封じられたらどうしようも無いよね。
正直二百年……あれ、三百年だっけ? 良く覚えてないや。
一切身動き出来ない状態でその場に縛られ続けるのは辛かったわー。
正直二度は勘弁して貰いたいわね。
で、経年劣化でやっとこさ封印が解けて、今の魔王と四天王……サミュエルとクレイスに出会った。
サミュエルの配下になり早数十年。
カーンシュタイン城跡の地下、心地良い闇の中でまどろんでいた日々の中。
数十年振りにクレイスからの伝聞を受け取った。
その内容は以下のものであった。
近隣の警備が薄い、抵抗の術を持たない人間の集落を襲撃。人間を拉致。
彼等の持つ魂を魔力に変換し、邪神降臨の術式を編む。
術は無事成功したが、邪神が何を思ったか呼び出した私達を攻撃してきた。
私や近衛兵、それ所か魔王様まで敗残。魔王城は彼女、アーニャの手に落ちた。
邪神の強さは想像以上で、元に戻す為の術を探しに近々一緒に訪れる……との事。
別に今更人間だろうが魔族だろうが何人死のうと、私は何も思わないけど。
あのサミュエルが敗れる程の力を持った、邪神?
一体どんな術を施したのか、少し興味が沸いた私はクレイスの協力要請を受ける事にした。
来るのは三日後らしい。それまではまた寝て待つとしよう。
――私はどうやら魔法使いとしての才覚は平凡らしい。
魔術を極める為に必要な時間こそ、そこらの人間と大差無いのだろうが。
私が得てしまったこの終わり無い命を使い、その膨大な年月を掛けて、この世界の様々な魔術を習得した。
例え相手が勇者だろうが魔王であろうが、私が死ぬ事など有り得ない。
事実、魔王は私を殺す事は出来なかった。
私がサミュエルの傘下に加わったのは、事実上の敗北が原因。
サミュエルは封印系統の魔術に長けており、それに囚われたのが私の敗因だった。
私自身に死という敗北は無いが、殺さず拘束される術に対抗する術を持たない。
勿論、そこいらの魔術師に囚われるような間抜けな真似を晒す気は無いが、相手が悪かった。
相手はあの魔王。
魔族にとって、魔王とは『魔族最強』の称号。
規格外のその力によって、私はその身動きを封じられた。
結果的に倒されたのと同意義だ。
一応、私は不死身で魔王は有限の命。
魔王の寿命が尽きるまで粘れば結果勝ちできるが、そんな事をして何になる。
魔族の寿命は数百年から数千年が平均だ、その間ずっと封印され続けるのか?
割に合わない。
そう判断したのが、サミュエルの配下に加わる最大の要因だった。
クレイスの指定した日時に彼女、アーニャは訪れた。
クレイス本人が居ない事が気になったが、まぁそんな事はどうでも良い。
アーニャは小さな女の子であった。
人間の子供なんて最後に見たのは何時だろうか?
凄く、可愛い。
何この子。人間の女の子ってこんなに可愛かったっけ?
抱きかかえたい衝動に襲われるが、理性で抑える。
落ち着いて深呼吸。すー、はー。
この子には邪神の力が宿っていると報告を受けている。
無闇に触れ合っていると何が起きるか分からない。
冷静に対処しましょう。
時折人間の子供とは思えない妙な仕草や言動を見せるが、
あれがクレイスの施した術が引き起こしている悩みの原因なのだろう。
しかしそれ以外はどこをどう見ても人間の娘そのものだった。
魔王が敗北したその実力、見てみたい。
彼女が言い出したかくれんぼを快諾したのも、その実力を見極める為という意図もあった。
私が敗北を認めた相手だからこそ、信じられなかった。
仮にも魔王であるサミュエルが、人間の子供に……
そんな馬鹿な、と私は思っていたがその認識を改めざるを得なかった。
――彼女は、本当に邪神そのものだった。
それなりに本気でこの城内跡地下に隠れているのだが、
アーニャはまるで初めから居場所を知っているかのように私を見付けてくる。
「おねーちゃんみーつけたっ!」
「……見付かっちゃったわね」
最初は童心に帰った気持ちで、素直に隠れているのだ。子供と戯れるように。
まぁこの位は当然。
アーニャは隠れる側の時は普通の人間の子供同然であった。
頭隠して尻隠さず、を地で行くといった有様である。
ほんの数分足らずで毎回見付ける事が出来る。
彼女が本気……かどうかは解らないが、邪神の力を発揮しているのは決まって私が隠れる側の時である。
じゃあ今度は……
魔王直属の配下、四天王のカーミラとしての本気で挑ませて貰うわよ。
簡単に見付かった理由は単純だ。
恐らくアーニャは私から出ている魔力を頼りに探しているのだろう。
だから、体内魔力を制御し魔力の漏出を防ぐ。
これで魔力による探知は出来なくなる、気配も消せばそう簡単に見付かる訳
「見ぃぃ付けたぁぁ……」
「ひっ……!?」
クローゼットの扉がゆっくりと乾いた音を立てて開かれる。
蝋燭の薄明かりの中、腹の底から響く重低音でアーニャは宣言する。
思わず私は情け無い悲鳴をか細く上げる。不死だろうと、不意を突かれれば驚きもする。
(確かに魔力の痕跡は絶った筈……何で見付かった?)
彼女は魔力を感知して探している訳では無いのか?
だとしたら……
(音……?)
私の歩く音を頼りに探しているのかもしれない、と当たりを付ける。
アーニャの父親以外は、この場所には私とアーニャしか居ない。
音を頼りに探していても不思議ではない。
(だったら、これならどうかしら?)
風魔法を応用した音を遮断する移動法。
闇討ちや追っ手から逃げるのに使われる術だが、これを用いて彼女から逃げる。
勿論、同時に魔力痕跡を残さない特殊な術式を用いて身を潜める。
これを使えば、そこいらの騎士団程度ならあっさり逃げられる組み合わせだ。
「うけけけけけけけ!」
「んなっ!?」
金切り声と共に樽の蓋が持ち上げられる。
3分も持たない。あっさりと樽の中に隠れた私が発見される。
魔力反応でも音でもない、だったら何?
(……空気の流れ、かしら)
風属性の魔法を学んでいる内に、文献で読んだ覚えがある。
風を操る魔法に長けた者は、極めると風の流れで周囲に何があるかをある程度把握してしまう事が出来ると。
私が移動する際に生じる空気の流れを感知しているのであらば、今まで見付かった理由も説明が付く。
(じゃあ……こんなのはどうかしら?)
「おねえちゃんがかくれるばんだよー!」
無邪気に笑うアーニャを見下ろしながら、呪文の詠唱を始める。
これでも見付けられるもんなら、大した物だと思っておくわ。
「嵐よ、矢となり薙ぎ払え!」
術の発生場所はこの地下通路全域に届くよう複数個所を指定。
攻撃する目的ではないので威力は押さえ、弱めの突風程度に魔力量を調整。
「ストームアロー!」
地下通路内に風が吹き注ぐ。
蝋燭の明かりが揺らぎ、かき消される。
地下通路内が、完全なる闇へと包まれた。
風の発生と共に先程同様の手段を用いて身を隠す。
今回は魔法で風を発生させ周囲の空気を撹乱した上で行った。
これで空気の揺らぎによる感知も不可能になった、これで
「私アーニャさん。今、貴方の目の前に居るの」
「え――」
何処かから蝋燭と燭台を調達してきたアーニャが、悠然と木箱の陰に隠れた私を見つめていた。
光源の位置が狙ってるのか偶然なのか解らないが、まるで生首が闇の中に浮遊してるかのようであった。
(……分かったわ。なら一切容赦はしない、どんな手を使ってでも逃げ切ってみせるわ)
絶対に見付けられない手段を取らせて貰う。
これが最終手段。
私がこの不死の身体になった際にいくつか得た能力がある。
その一つが『闇に溶け込む』事である。
先程、地下通路内の蝋燭を風により吹き消した事でこの地下は完全な暗闇となっている。
これで何処にでも隠れる事が出来る。
闇に溶け込んでいる私は、黒いモヤのようにしか見えない。
暗闇の中では例え凄腕の狩人の目を以ってしても発見は不可能。
マントを翻し、その身を闇へと溶かす。
闇に溶けた私は、天井裏にへばりつくように滞空する。
これで見付けられるもんなら――
「ジャスト1分だ、良い夢見れたかよ」
アーニャが、天井に滞空した私を見詰めながらそう呟いた。
背筋に冷たい物が這う感覚が走る。
でもまだ正体を現す訳には行かない。
(ハッタリで言ってる可能性もある、まだ)
「ハッタリでも何でも無ぇから降りてきてくんねぇかな姉ちゃん」
心の内を読まれているかのようだ。
目線は相変わらず私の方を向いている。
ハッタリではなく、完全に私を認識しているようだ。
観念して、天井から姿を現す。
「な……何で……一体、どうして……」
「じゃーそろそろおしまいにしようねー。さいごにわたしがかくれるばんだよ!」
私の疑問を他所に、無邪気な笑みを浮かべるアーニャ。
その笑顔が一瞬で歪む。
「制限時間は30分。その間に見付けられたら手前の勝ち、じゃなきゃ俺の勝ちだ」
アーニャが逃走する。
しかしアーニャの居場所は分かっている。
ここから二つ角を曲がった先にある小部屋だ、そこで何かの魔力反応がした。
早速そこへと足早に向かう。
(でもアーニャが隠れるのに魔力反応が出たのは今回が初めてね)
ここに来て魔力反応が出たのは、最後の最後で本気を出したという事だろうか?
だが私は悠々と小部屋へと向かう。
この小部屋は袋小路で、他へ逃げる場所が無い。
追い詰められて別の場所へ逃げる、という事が出来ないのだ。
「見付けたわよ」
扉を勢い良く開け放ち、部屋へと押し入る。
が、そこにはアーニャの姿は無かった。
この部屋には足の折れた机や椅子が転がっているだけで、他に隠れる場所は無い。
「え……?」
思わず声が漏れる。
そう、隠れる場所は無い。
他へ逃げる道も無い。
この部屋で、アーニャは消えてしまったのだ。
(認識妨害……? 透過術……? それとも転移魔法……?)
考えられるアーニャが消える原因の術を模索し、対抗術を試し、転移の可能性を考え逆探知を試みる。
しかしその全てが通用しない。
つまりアーニャはこの部屋に居ないのだ。
本当に、アーニャはこの部屋から消えてしまったのだ。
「そんな馬鹿な……!」
影も形も無く、煙のように消え失せる術なんて聞いた事が無い。
魔王も、勇者ですらそんな術は使えないだろう。
この部屋にはもうアーニャは居ない、そう見切りを付け地下通路内を捜索する。
全ての部屋を空け、虱潰しに魔力痕跡を辿る。
しかし何処にもアーニャは見当たらない。
無為に時間が過ぎて行き、そしてアーニャが告げた30分という時間はあっという間に訪れた。
「カーミラおねえちゃん、かくれんぼよわいねー!」
「ひっ!?」
音も気配も魔力反応も無く背後に現れたアーニャに、思わず飛び上がり後ずさる。
時間切れ、完全な私の敗北だ。
「私が逃げ切れないし、見付けられないなんて……!」
「最初からキングが全力でかかったら、一瞬だ! キングのかくれんぼは、エンターテインメントでなければならない!」
相変わらず唐突に豹変するその様子は変わらないが、
私がかくれんぼで負けたという事だけは否定しようが無い事実として残る。
『カーミラおねえちゃん! かくれんぼしてあそぼー!』
その言葉通り、私は遊ばれたのだ。アーニャに宿っているという邪神の力によって。
こうして、私とアーニャによるかくれんぼは私の敗北によって幕を下ろした。