89.見捨てられた者達
ー=¬ハハ<,_
≦イ レイN\lk
≦| |メ・ω・)l|
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机の上に放置された、3冊の本を光源の元に持ち出す。
埃こそ山のように被ってはいたが、本自体はとても綺麗な状態を保っていた。
「暗所に置いてあるだけあって綺麗な物だな」
「? そういう物なのですか?」
「何だ知らないのか? 触ってない本が傷む一番の原因は湿気や日光だ。だがこの部屋はその両方共に無縁みたいだからな」
「そうなのですか、詳しいのですね」
「……カーミラが以前そう言っていたからな」
受け売りか。
そういえばカーミラの城跡にあったあの大量の本が納められた部屋も暗かったな。
日の光は人々にとって無くてはならない存在だが、本にとっては大敵なのか。
「うーん、これは……日記でしょうか?」
「そのようだな、日付も書いてあるし」
私の真横から覗き込むように日記の内容を確かめるアレクサンドラ。
年頃の女性の仄かな甘い香りがする。
匂いを気にしても仕方ないので、内容を注視する。
「大帝レオパルド歴……?」
「今はケーニッヒ精霊歴だ。この地が魔族達に占領されてから優に100年以上は経っている。年号が変わっていても不思議じゃあるまい」
「旧暦ですか……本当に古い本なのですね」
「年号はどうでもいい、重要なのは中身だ。この本がまだ魔族に支配されていない頃から存在する本ならば、この地で戦った人々が魔族達に対する何かしらの対策や弱点のようなヒントが書かれているかもしれない」
鼻息荒く、確認に躍起になるアレクサンドラ。
彼女は勇者で、魔王を討つ存在。
それは分かっている。
だが、この城やこの地で長く過ごしていた為か。
魔王が死ねば、魔族が滅べば全ては救われるというのが本当に正しいのかが分からなくなってきた。
彼女は勇者として、生き方を変えられないのだろうか?
魔族も私達人間と同じ様に笑い、泣き、喜び苦しみ、感情を顕にする生き物だ。
手を取り合う手段は、本当に無いのだろうか?
――そう思う私は、間違っているのだろうか? 甘いのだろうか?
自問自答に、答えは出ない。
「焼けたり染みたりして読めないかと思ったが本当に状態が綺麗だな、必要そうな所だけ抜粋して読んでみるか」
アレクサンドラはこちらの憂慮など気付きもせず、本文を読み始めた。
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大帝レオパルド歴595年
元日を迎え、レオパルド王国に新たな年が訪れた。
国王陛下も新年の到来を民の前で祝しており、演説には一人娘であるエリス嬢も参列された。
この演説は兵達の士気を高めるのにも一役買ってくれたようで。
もうすぐ隣国との戦争も終わるだろう、天下泰平の成就は近い。
クロノキアから採掘された硝石の搬入が今日、終了した。
最近硝石の産出量が落ちているように思える、
そろそろ新たな坑道の開拓が必要かもしれない。
「硝石……とは何だ?」
「私にも分かりませんね、貴重な宝石か何かなのでしょうか?」
「レオパルド王国は魔法とは異なる異質な技術で栄えたと言われている……恐らくこの硝石という物はレオパルドの者達にとって無くてはならない物なのだろう」
「この地に住んでいた人々はどんな生活を送っていたのでしょうか?」
「……もうこの地にいたという人々は存在しない、知る余地はこの本にしか残されていない。続きを読むぞ」
国王陛下は今日も城内で過ごされているようだ。
近頃は公務で外に出る事も一切無く、閉じ篭もりっ放しである。
体調が優れないのだろうか?
国王陛下の存在は士気に関わるので、ご健勝をお祈りする。
国王陛下が見当たらない。
それ所か宰相を初めとする王国の重鎮達の姿も見当たらない。
最後に彼等を見た者達から事情を聞くが、皆一様に王城へ行くという言伝を受けているだけであった。
当然城内を捜索したが、影も形も見当たらない。
国のトップが一同忽然と姿を消すなど、このレオパルドの存亡に関わる危機だ。
兵達にも動揺が走り始めたが、幸いエリス嬢のみはご健在であった。
姫君の鶴の一声で兵達の動揺は鎮まったが、肝心の問題は解決していない。
国王陛下達は一体何処へ行かれてしまったのだろうか?
城内を捜索した所、地下の物置にしていた部屋の下に謎の空間が生まれていた。
姫や近衛兵にも尋ねたが、このような地下の存在は聞かされていないという。
昇降設備はどうやら蒸気機関ではない異なる仕組みが用いられているようで、
今の我々では解析しようが無い。
「この部分……もしや今私達がいる場所の事を指しているんじゃないか?」
「そうですね、私も同じ事を考えました」
「地下にいるというのに日の光かと見紛う程の明るさを保っているし、一体何なのだこの場所は……」
近頃、このレオパルドに住む者達が妙に物忘れが多くなっているように思える。
かくいう私も近頃物忘れが多くなっている気がする。
一体このレオパルドで何が起こっているのだろうか?
本日未明、旅人と思わしき三名の男女がこのレオパルドを強襲した。
国籍は不明、彼等は正面から堂々と入り込み、魔法を用いて攻撃を加えている。
銃士隊を向かわせ迎撃にあたる。
あの三人組はどうやら単身で軍を相手取れるレベルの魔法使いらしい。
何処の国からの回し者かは分からんが、たった三人で大国であるこのレオパルドを落とせる訳が無い。
何らかの魔法で銃弾を消しているようだが、恐らく魔法障壁の類だろう。
物量で押し潰せば何も問題は無い、この騒動も近々治まるだろう。
エリス嬢、いや今は国王代行か。
彼女は悪くない、悪いのは全て指揮官である私の責任だ。
敵の戦力を見誤り、この醜態を晒してしまった。
最早この国に未来は無い。
亡国の姫という不名誉な肩書きを彼女に与えてしまった自分が情けない。
私は最期までこの城に残ろう。
この国と命運を共にしよう。
民無くして国は無し。
戦友達よ、私も近々そちらへ逝く事になりそうだ。
―――――――――――――――――――――――
「……この日記はここで終わってるな」
「結局、どういう事なのでしょうか?」
「これはもしや、あの御伽噺の前日談か?」
アレクサンドラは頭を捻る。
この世界を闇で覆った破壊神を破ったと言われる勇者の物語。
これはきっとその物語の一片なのだろう。
レオパルドが滅んだ以上、この日記を書いた者も存在しない。
いや、仮に生き残りがいても100年以上も経過した今、存命の者がいるとは到底思えない。
しかし、この日記が真実なら、当時大国であったはずのレオパルドをたった三名で滅ぼした者がいたという事だ。
そんな存在がいたならば、勇者や魔王と同等……いや、もしかしたらそれ以上の強さかもしれない。
一つだけ分かるのは、私からすればどれも雲上の人であり、決して手が届かないという事だけだろう。
「しかし結局魔族やら魔王やらが出て来る事は無かったな、もしかしたらこのレオパルドを滅ぼしたというのが魔王なのかもしれないが、結局ここからは何の手掛かりも得られなかったな」
座していたアレクサンドラは溜息一つと共に立ち上がる。
「戻るか。どうすればここから出られるんだ?」
「戻るのでしたら私が操作しますよ」
正直、隣にアレクサンドラがいると落ち着いて本が読めない。
あそこにはまだ本が多々残されているし、この日記一つだけを読めというのがアーニャの中の人の真意とはとても思えない。
……全部読まないと駄目なんだろうな。
これなら射撃訓練や魔王城の庭を走らされていた方がよっぽど気が楽だ。
アレクサンドラを送りつつ、彼女に気付かれないように溜息を漏らすのであった。
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