84.『邪神』の正体
うるせぇガトリングガンでホタテ発射して磯臭くするぞ(眠気MAX)
「――で。どういう状況だ」
先程から姿が見えず、置いてけぼりを食らったアレクサンドラがカーミラに現状の説明を求めている。
「あぁ、やっと起きたの?」
「温泉にいたと思ったのだが、気付けば荷馬車の中で寝転がっていたし、皆が妙に真剣な表情をしてるし、何があったんだ?」
クレイスのヤツが何か邪神の正体が分かったって事らしいから、今から話すみたいよ。と、ザックリとカーミラは説明する。
アレクサンドラの言う通り、魔王も、クレイスも、珍しくカーミラまでもが真剣な面持ちである。
そして、邪神が宿っているのは私の娘の身体なのだ。邪神に関わる問題は全て私にも大いに関係がある。
私とて真剣にもなる。ドラグノフだけはのんびりとたき火の火のチラつきを眺めてリラックスしているが、彼女は難しい話とは無縁のようだ。
「……話を進めて良いですか?」
「いいから早くしろ。本当にこの邪神の正体が分かったのか?」
魔王が邪神を指差しながらクレイスに説明を求める。
指差しするとは良いご身分じゃないかとばかりに邪神が魔王の顔面にドロップキックを放ち、
魔王は勢い良く地面を転がりながら近場の岩に叩き付けられる。
好い加減やめれば良いのに、あの魔王は何時懲りるのだろうか。
「では、始めますが……」
これは私の仮説であり、これが正しいとは限りませんのであくまでも一つの論として聞いて下さい。と、クレイスは前置きをする。
「カーミラさん、貴女は先代魔王に仕えていたと聞きましたが」
クレイスが言葉を投げかけると、カーミラは肯定する。
「――もしかして『今の』邪神に心当たりがあるんじゃないですか?」
クレイスは自らの仮説を踏み固めるように、
慎重に、ゆっくりと続ける。
「そして、それは先代魔王陛下――違いますか?」
カーミラは、その問いに答えずに、足元に存在する『邪神』を見詰める。
何度も、何度も確かめるようにまじまじと見やった後、重い口を開く。
「――この魔力の感じ、気配は昔と比べて薄いけど……」
今ここにいるのは、先代魔王に違いないと。
問いに答えるべくカーミラは断言する。
「でも、先代魔王は……あの時確かに、勇者に――」
チラリとカーミラはアレクサンドラに視線を向けたが、すぐにその目を逸らす。
彼女の言う勇者とは先代の勇者であり、今ここにいる勇者の事では無い。
「先代魔王がどのような最期を遂げたかは、今は置いておくとしましょう」
そんな問題は今は関係ないといった具合に横に置くジェスチャーをするクレイス。
「眉唾な術式だと思っていましたが……正直、交霊術という代物を舐めていました」
自らの愚慮を反省するかのように、目を伏せるクレイス。
交霊術……確か以前にそんな魔法の話をしていたな。
死んだ人々の霊の声を聞けるだとか何だったか。
「そもそも、もしこの仮説が正しかったなら、この者……いや、『この者達』を『邪神』と呼ぶ事自体がおかしかったんですよ」
クレイスは邪神を見下ろしながらそう断言する。
この者……達?
クレイスは何を言っているんだ?
アーニャに宿っているのは、邪神ではないのか?
「邪神の正体、それは――」
私の疑問を考慮する事無く、クレイスは簡潔に、邪神の正体へと迫る。
いや、クレイスはアーニャに宿っている者は邪神ではないと言った。
邪神でないなら、一体何だと言うのだ?
「……死んで逝った全ての命の集合体ですよ」
――その答えを、あっさりと言ってのけた。
「そんな事有り得ん!」
声を荒げたのは、魔王であった。
しかしそんな魔王を諌めつつ、クレイスは続ける。
「魔王様、有り得るか有り得ないかはこれから考える事です。あくまでも仮説ですが、そう考えれば疑問の全てが解決するんです」
邪神ではなく、死んだ者達の集合体……
仮説が正しければ、確かにそんな者は邪神とは呼べない。
少なくとも死者達が邪かどうかなど分からないし、そもそも『神』ではないだろう。
「例えるならば、今の彼女……アーニャと言いましたか? 彼女の存在は黄泉の国に開いた穴のような物なんですよ。そこから出てきた魂が、一時的に彼女の身体を借りて現世に戻って来ている……複合している術式の影響なのかもしれませんが、交霊術とは声を聞くだけという微々たる力ではなく、死者の魂をこの世に呼び込むという常識では考えられない代物だったのですよ」
「ちょっと待って……! そんなの、そんな事が出来たら実質これは――」
「――肉体こそ別の者ですが、カーミラさんの思った通り、これは一種の死者蘇生の法と言っても過言では無いでしょうね……唐突に口調も性格も何もかも切り替わる理由は、彼女の身体に宿った魂が別の魂に変わっているだけなのでしょう」
死んだ者は蘇らない。
子供でも分かる当然の事柄であり、ましてや大人である私が知らない訳も無い。
死者は蘇らない、例えどんなに惜しみ、悔やもうとも決して。
私が暮らしていた村の村人達も、そして昔に失った最愛の妻も、決して蘇る事も無い。
そう……蘇らないのだ。
それ故に、クレイスの言葉の意味がすぐには理解出来なかった。
「魂は、その者がその者であるという存在その物。記憶や知識、感情や性格の全てを内包しており、肉体はただの器にしか過ぎないという説があります」
「ああ、確かにそんな説もあるわね」
「――ですがもし。記憶や知識だけでなく、生前の魔力量までが魂によって決まっているなら。この理不尽な強さを内包する理由も分かります……彼女という器を通して、私や魔王様はこの世で死んでいった全ての命を相手に戦っていたという事ですよ」
アーニャに邪神が――いや、もう邪神という表現は正しくないのか。
その身に魔法を受けてから、アーニャの中の者はあっさりと魔王軍を壊滅させ、魔王とクレイスを容易く捻り挙げた。
見た目こそ私の娘である子供なのだが、その中身はこの世にかつて存在した死者の総合計……
「一体この世界で何万、何億の命が死んだのでしょうか? 数え切れる訳も無いし、数える気力も起きませんよ」
クレイスの言う通り、それはとてつもない数だろう。
寿命だったり、怪我だったり、災害だったり……この世界で、人々は毎日のように死んでいる。
一体、どれ程の数の魂がアーニャの中にいるというのだ。
「当然、死んだ命は魔王様が容易く蹴散らせる有象無象だけではありません……」
名を馳せた稀代の猛将や、高名なる魔法使い。
それだけではない、当然だが死した者の中には多くのかつての勇者や魔王も含まれているだろう。
勇者と魔王は昔から幾度と無く殺し合いを続けてきた、
ならば必ずどちらかは死ぬだろう。
死者の魂がアーニャの中にいるというのなら、当然勇者や魔王の魂があってもおかしくない。
「魔王様の実力は百も承知ですが、この相手では……」
魔王対100にも上るであろう勇者と魔王の編成か……オマケとばかりに数千万数億という眩暈がしそうな数の魂の数々。
肉体的には子供のアーニャだが、それは魔法による肉体の強化等でどうとでもなってしまうのだろう。大したハンデになりそうもない。
これに勝てというのは一般人である私にも良く分かる無茶振りである。
現魔王の実力がどれ程の物かは分からないが、
少なくとも過去に勇者や魔王を名乗る事が許された者が雑魚である訳が無い。
最低でも猛者以上であろう、そんな者達が束になったら結果は火を見るより明らかである。
「確かに、それが事実なら勝てないのも無理は無いか……勇者相手に遅れを取る気は無いが、その中に先代の魔王達が含まれるのであらば……」
それでも勇者には負ける気はないが、と言うがそこは恐らく魔王の意地だろう。
魔族最強の証である魔王の名を背負っている以上、ここは譲れないという事か。
しかし流石に歴代の魔王達も相手では魔王も思う所があるらしい。
「でも、その魂が切り替わる条件って何なのかしら? どうして、今のアーニャには先代魔王の魂が出てきてるのかしら?」
カーミラがふと思い立ったかのように疑問を浮かべる。
突拍子も無くクルクルと入れ替わるのは私も分かっているが、時折かなり長期に渡って同一人物のような者がアーニャの中に存在した事は私も感じていた。
私に戦う術、銃を授けてくれた者もかなりの長い間アーニャの中にいたように思える。
カーミラの質問を受け、クレイスの表情に僅かな陰りが落ちる。
「一度だけなら、偶然かもしれませんが。二度起きたなら必然なのでしょう」
重い口を開きながら、クレイスは自分に言い聞かせるように続ける。
「恐らく今、彼女の中に先代魔王の魂が存在するのは魔王様の持つティルフィングに触れたからでしょう」
「私の剣に触れたから、だと?」
「先程、魔王様の剣に触れた事が呼び戻す鍵になったのでしょう。この剣は、先代魔王達から脈々と受け継がれている魔剣。当然先代の魔王達の強い思いも込められているでしょう。恐らく、死んだ者達に関係する思い出深い品や故郷などに反応して切り替わるのでは無いでしょうか」
思い出深い品――確かに先代魔王から脈々と受け継がれた魔剣なら文句無しだろう。
思い出所か色々怨念なんかも詰まっていそうではあるが。
「――以上が私の立てた仮説なのですが、どうでしょうか」
クレイスの仮説に、矛盾点らしき物は見当たらない。
まだ不明瞭な所も多々あるのだが、この仮説は間違っていないように思える。
「確かに、筋は通ってるわね」
カーミラも同意見のようで、珍しく素直にクレイスに賛同している。
邪神――ではない、アーニャの中にいるのは無数の死者達であるならば、もう邪神という呼び名は不適切だろう。
なんと呼べば良いのだろうか、と考えた所で我に返る。
かつての最愛の人の面影を残す、目の前の少女はアーニャだ。
それ以外の何だと言うのだ。親である私がそう思ってやらねば、アーニャがあまりにも可哀想である。
「本当に、この中に先代魔王が――?」
そっと魔王は呟く。
魔王が半信半疑に向けた視線に、邪神は答える事は無かった。
解説・推理回は長い。
読み応えがあると感じるか説明が長ったらしいと感じるかは人それぞれ。




