83.神の御業
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澄んだ冷たい空気が肌を刺す、クロノキアの冬。
陰り一つ無い夜空から、淡い月光が差し込む。
寒風が一陣舞い込み、乾いた木々の羽音が鳴る。
「あーあ、追い出されちゃったわね」
半ば冗談交じり、半ば本気といった様子で、カーミラは嘆く。
表情こそ笑顔だが、その目には微かに肉食獣の眼光が宿る。
「相変わらず好き者だな貴様は。もう少し淑女らしい立ち振る舞いを心掛けたらどうだ?」
大きく溜息を一つ付き、見知った懐かしの旧友を諭すように邪神は続ける。
「それにこの寒さなのに良くそんな格好でいられるな、ほとほと呆れ果てた奴だ」
「……今日はやけに私に絡むわね」
カーミラの出で立ちは何時も通り、全身の必要最低限箇所のみを黒の布地で覆っただけで、布面積より肌面積の方が多い挑発的な格好である。
しかし夏ならばともかく、こんな厳冬の寒空の下でその格好は大丈夫か? と心配したくなる。
「邪神ってのの全様がまだ良く分かってないけど、アンタのお気に入りはてっきり魔王やクレイスだと思っていたけどね」
カーミラの発言を受け、頭に疑問符を浮かべる邪神。
状況が飲み込めていないのか、その小さな身体で腕組みし、現状を把握しようと頭を捻る。
しかしその疑問よりも、無事に再会出来た知人への喜びの方が大きかったらしく、饒舌に邪神は話す。
「良く分からんが、お前が無事で良かったよ。殺せないから封印したと勇者から聞かされたが……どうやら自力で抜け出せたようだな」
さながら、死地から生還した友人を褒め称え、このまま酒でも酌み交わそうかといった勢いである。
邪神の表情には、ただただ笑顔と安堵が浮かんでいる。
「何がどうして今の状況になっているのかは分からんが、こうしてこの地に魔族がいるという事は、どうやら私は魔王としての責務は果たせたようだな」
そう言い終えると、邪神のその表情から笑顔が消える。
次いで、その頬に一筋の涙が伝う。
「そうだ……私は、魔王として『勇者』を討ったんだ……」
目を伏せ、自らに言い聞かせるように邪神は続ける。
「そう、勇者を討たねばならなかった……魔族の為、皆の命を守る為に……」
そんな邪神の様子を見ていたカーミラの表情は、とっくに笑顔は消え失せていた。
困惑と驚愕の混じった表情を抑えるように、口元を押さえるカーミラ。
「――ちょっと待って」
邪神に近付き、膝を折るカーミラ。
邪神の両肩を掴み、目を見開く。
「何でアンタがそんな事知ってるの――?」
「何でって、勇者に聞かされたからだが……」
「だって勇者は……いや、違う! 貴方が言っている『勇者』はアレクサンドラじゃないよね……!?」
混乱しているのか、考えよりも先に言葉が突いて出てくる為か、自問自答に近い言葉が飛び出るカーミラ。
それに、と続ける。
カーミラは邪神を凝視し、魔力の質を確かめる。
疑問は確信に変わり、その確信がよりカーミラを混乱させる。
「この感じ――何で、何で貴方がそこに……!? 貴方はあの時、勇者に殺されたはずよ――!」
「殺された……? 私が……?」
そう呟いた邪神には、余り驚いた様子は無い。
寧ろその様子は、半ば諦めに近い物があった。
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邪神の言葉を頼りに、今までの出来事を思い返す。
「何を言っている、この剣は私が先代から受け継いだ物だ。何故手放す必要がある?」
邪神の言葉に、嘘は無いだろう。そもそも、嘘を付く理由が無い。
嘘とは、自分にとっての不利益、不都合を隠す為に使う方便。
あれだけの力を有する邪神ならば、どんな不都合があってもその力で強引に捻じ伏せられるだろう。
魔王様でさえあの有様なのだ、この世にあの邪神に勝てる存在がいるとは思えない。
だから、邪神の言葉は全て真実だという仮定で考えを続ける。
魔王様と共にあのアーニャという娘に施した術式は、恐らく交霊術と何かの複合術。これは間違いない。
そして先程の邪神の発言を元に、ある一つの仮説を立ててみる。
仮説の上に仮説を積み重ねた、砂上の楼閣並に危うく、容易く崩れ落ちそうな内容。
それはまるで夢物語かのような、荒唐無稽な仮説。
ただ一度ならば、偶然で済ませる事は可能だろう。
だが同じ事が二度続いたなら、それは偶然で片付けるには無理がある。
――そんな、まさか。
だがもしこの仮説が正しければ、あの魔法は人を滅ぼすとかそういうレベルの代物では到底済まない。
世界の法則の根底すら揺るがしかねない魔法という事になる。
だがそう考えれば、全ての辻褄が合う。
道理で私や魔王様が勝てない訳だ。
道理で多用な知識を有している訳だ。
道理であの理不尽な力を振るえる訳だ。
それに……
脳裏を過ぎるは、かつての幻想。
もう戻る事は出来ない、色褪せた思い人の姿。
『邪神』の中に、死んだはずのシアがいた事も――
――全ての符号が、一致する。
私は、私達は。
とんでもない代物に手を出してしまったのかもしれない。
そんな事が可能な魔法。
その存在は、この世を生きる者達にとってこう表現される。
――神の御業、と。




