82.名も亡き邪神
投下したつもりが投下していなかった、
12時じゃないけど今日中だからセーフ!
セーフだって言ったらセーフなの!
「先代から、受け継ぐ……?」
邪神の言葉を反芻し、眉をひそめるクレイス。
「ちょっと! 何今の悲鳴は!」
先程の邪神の唸り声に異変を察したカーミラが、間仕切りの柵の向こうから割るように押し入ってくる。
「あの、カーミラさん、今は私達が入浴中なのですが」
「見られて恥ずかしいようなモンがあるの?」
何を気にしてるのか分からない、と言った様子のカーミラ。
こう、何と言うか異性の裸を見て恥ずかしいと思う恥じらいをと思ったのだが、
彼女にそんな事を期待するのが馬鹿だったようだ。
相当な年数を生きているようだし、多分こういうのも慣れてしまっているのだろう。
年老いると性に関して寛容に、枯れると聞く……これは絶対に口に出してはいけない事だろうが
「カー、ミラ……?」
邪神の方を向くと、複雑な胸中を表したかのような何とも言えぬ表情を浮かべている。
「死にはしないとは思ってはいたが……そうか、無事だったか」
「……何? 今度はどういう事態なの?」
「私にも分かりません」
カーミラの問い掛けの答えを知る者はいない。
そもそも何がどうしてこうなっているのかが分からないからここの一同が困っている訳で。
「しかし、一体全体何がどうなっているんだ? 何故私はまだここにいる?」
「……アルフ、アンタこの娘の父親でしょ? 翻訳しなさいよ」
カーミラが無理難題を吹っ掛けてくる。
無理です、と断言しておいた。
「――貴方は、『誰』ですか?」
澄み切った蒼い目で、そこにいる「邪神」の正体を見極めようと。
何時に無く真剣な表情で、邪神に問い掛けるクレイス。
「私を知らんのか、私は――」
腕を組み、アーニャの小さい身体を目一杯に使って威厳を現すかのように仁王立ちする邪神。
しかし、そこまで口にして動きが停止する。
「私は……私、は……? 私は、誰だ……?何だ、どういう事だ……? 何故、自分の名が思い出せない……?」
組んだ腕を解き、両腕で頭を抱えるように蹲るアーニャ。
その際、手にしていた魔王の剣が乾いた音と共に地面へと転がる。
「……兎も角、一度温泉から上がりましょう。何時までもこんな所で考えている訳には行かないでしょう」
「それもそうね」
カーミラが頷き、しばしの静寂が流れる。
立ち昇る湯煙だけが動くこの空間、まるでここだけ時が止まってしまったかのようだが、この静けさをクレイスが破る。
「――あの、カーミラさん。出て行って貰えますか?」
「何で?」
「何でって……」
言いよどむクレイス。
私も流石に異性が見てるこの状況であがるのは勘弁願いたい。
同じ女性でももっと異形の魔族とかならもう少し抵抗は少ないのだろうが、カーミラはどうみても普通の人間に見えるし。
そんな私達の胸中を察したのか、カーミラは断言する。
「あぁ、別に恥ずかしがらなくても良いわよ。アンタ達十分立派な身体してるし、素敵だと思うわよ?」
そういう事じゃない!
恐らくこの瞬間、初めて私とクレイスと魔王の感情が一致したと思われる。
「それはそうとして……」
カーミラの視線が、私へと向く。
何故だろうか、表情は先程と全く変わっていないにも関わらず、背筋に悪寒が走る。
まるで肉食獣に睨まれたかのような、そんな緊張感である。
先刻、魔物を銃で撃ち倒した時にもこんな緊張感は無かった。
「貴方、思ってた以上に良い身体してるのね……」
「あの、そんなにジロジロ見ないでくれますか?」
「ふふふ……こういう時って女って立場は便利よね……! 逆だったら衛兵に取り押さえられても文句言えないのにね」
「どうでも良いからさっさと出ていかんか!」
魔王がカーミラを一喝し、ハイハイ分かったわよと渋々温泉から退出していくカーミラ。
出て行く間際、横目にこちらを流し見るカーミラ。
その目が輝いていたように見えたのは、気のせいだと思いたい。




