80.むかしむかし
銃の手入れが終わり、温泉の近くへと引き返す。
日が沈み切った夜間にも関わらず、温泉からは柵越しに煌々と日中かと錯覚せんばかりの光を湛えている。
魔法か照明かは分からないが、何か光源が置いてあるのだろう。
温泉はまだ女性陣が入浴中なので、彼女達が全員上がるまで待つとする。
確か先程クレイスが陣取っていた机があったはず、そこで一息付こう。
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「あら、おかえり。何処に行ってたの?」
荷馬車の近く、机のあった場所へ向かうとそこには既にカーミラがいた。
こちらに気付いたカーミラが、挨拶と質問を投げかける。
「今の内に銃の手入れを。整備は欠かすなと邪神に散々言われていたので」
「銃……っていう名前なのね、貴方の持ってるその武器は」
カーミラは読んでいた本を閉じると、興味深い物を見るように私の背負った銃器を見やる。
「正確には何かこの銃にも正式名称というのがあるらしいですが……覚え辛いので総称である銃と呼んでます」
「銃……か。あの魔物を一撃で絶命させるなんて、最低でも中級魔法位の威力があるわよね……しかもあの時魔力反応なんて微塵も感じなかったし、その武器は魔法を一切使ってないのよね?」
「ええ、私に魔法はとてもとても」
魔法を扱えぬ、この地にいたというレオパルドの民。
そんな彼等が魔法に対抗すべく編み出したという銃火器。
その威力は私が先程使った通りであり、中途半端な魔物程度は軽くいなせる程である。
勿論魔法なんて一切使っておらず、邪神曰く『化学反応』なる物を使っているらしい。
木を熱すると燃える、それも化学反応の一種だ。と、邪神が言っていたが。
それがどういう理屈でどうしてこうなるのかが全く分からない。
兎も角、そういう物だという事で。強力な武器だという事以外に関しては考えるのを止めた。
「所で、カーミラさんは読書をしていたのですか?」
「ん? あぁ、コレの事ね」
カーミラが右手を伸ばした先にある、一冊の装丁された本。
年季を帯び、表紙は擦り切れていて表題を読み取る事は出来ない。
しかし大切に扱われている為か、破れといった破損している様子は見られない。
「ちょっとした昔話よ。童話みたいな物ね」
「そうなのですか。カーミラさんがそういった物を読むとは」
「意外かしら?」
「まぁ、有り体に言えば」
「根城に置いておくか考えたんだけどね、そこそこ長い旅路だし、手元に置いておいた方が安全かなって思って。万が一、賊が忍び込んで盗まれたらイヤだし」
「大切な本なんですか?」
「そうね……大切というか、何と言うか……」
カーミラは手にした本の表紙を優しく撫で、その本に目を落とす。
やはり表題は読み取れないが、カーミラはどんな本か知っているのだろうか?
「良ければ、本の内容を伺っても良いでしょうか?」
「あら、どうして?」
「私もアーニャに昔話や童話を多少読み聞かせているのですが、同じ物を何度も読み聞かせてると流石にアーニャも飽きてくるようで」
「あぁそういう事。新しい刺激が欲しいって事ね、そういう事なら私も協力したい所だけど……」
言い淀むカーミラ。そして少し考え込み、意を決した様子で続ける。
「このお話、聞いても多分面白く無いわよ?」
「でも、カーミラさんが大切にしているのですから、気に入っている話なんですよね?」
「気に入ってるというか……まぁ、聞きたいのなら聞かせてあげても良いけど。座ったら?」
「では、失礼して」
立ったままも何だ、とカーミラは私に座るように促す。
空いた椅子に腰掛けるのを確認した後、カーミラは手にした本を開く。
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むかしむかし、ある所に大きな町がありました。
その町にはお城がたっており、そのお城には一人の領主さまとその領主の娘が暮らしていました。
その領主の娘は、町に住む皆が「まるで聖女様のようだ」と、口を揃えて言うような美貌の持ち主だったそうな。
身分が高いにも関わらず、誰に対しても分け隔てなく平等に付き合ってくれる娘であった為、
彼女がいればこの地も安泰だ。と言われる程に領民にも人気であった。
そんな彼女も年頃の娘であり、遊びたい盛りだ。
度々勉強をサボって城を抜け出して町に繰り出しており、その都度領主様に怒られる生活を送っていた。
魔物の襲撃も殆ど無い、平和な町であったが。その平和は長くは続かなかった。
そんな穏やかな地であるこの領地に、隣国から軍が攻めて来たのだ。
領地を自衛する為の自警団程度であらばこの街にも存在したが、それも時折迷い込んでくる魔物や盗賊程度を追い返す為の者であり、とても軍隊には対抗出来るような物ではなかった。
問答無用で攻め込んでくる隣国の兵に太刀打ち出来る訳も無く、自警団は敗れ、町に住んでいる人々は次々に殺され、連れ去られていく。
壁を打ち壊され、家々に火が放たれ、宝石や食料は根こそぎ奪われた。
そしてその魔の手は領主と領主の娘にまで伸びようとしていた。
領主様はとても高名な魔法使いであったが、戦う力に関してはからっきしの研究肌の魔法使いであった。
戦う事は出来ない領主様だが、自分の娘を守ろうと一計を案じた。
彼は自分の娘を安全な部屋へ閉じ込め、攻め込んで来た兵隊をたった一人で相手取った。
無論、戦う為の魔法を持たない領主様に勝ち目は無く。抵抗空しく領主様はその命を落とした。
しかし、その時であった。
領主様が町全体に仕掛けていた罠の魔法が発動し、街中に居た軍隊全てを滅ぼしてしまったのだ。
何もかも無くなってしまったこの町に、たった一人だけ領主の娘が残された。
厳しくも優しくもあった父親も、今まで過ごしてきた町も、何もかも失った。
その娘は何が起きたのかも分からず、ただ父親や故郷が全て無くなってしまった事を嘆いた。
そして、何もかも無くなってしまったこの地で、彼女は生き続ける。
確かに存在した、かつての栄華と思い出を胸に抱きながら。
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「えっと……その続きは?」
「これで終わりよ。言ったでしょ? 面白くないって」
そう言って笑顔を浮かべるカーミラ。
どうしてか、その笑顔には陰りが見えるように思える。
「さてと。何か妙にドラグノフのヤツが長風呂してるみたいだし、流石にそろそろ上がるように言うわね。貴方も好い加減サッパリしたいでしょ?」
「それもそうですね、そうしてくれると助かります」
カーミラは、本をそっと優しく閉じる。
その本を抱え、彼女は私の元を後にした。




