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8.蔵書庫

 扉の奥に進み、先程の通路より更に一回り薄暗くなった長い地下通路を抜ける。

 10メートル先も見えない程通路は暗く、転ばないよう足取りも遅くなる。

 アーニャはまるで猫か梟かといった具合にこの暗さの中を快調に走り抜けているが。

 通路は奥で広い空間と連結しており、その空間に入った途端かび臭さが混じった空気が鼻腔を突いた。


 指を打ち鳴らす乾いた音がその空間に響く。

 その音と連動して、頭上に巨大な光源が現れる。

 薄闇になれていた目には毒だが、ほんの少しの間を置くと明るさに目が慣れて来た。

 光源の元はシャンデリアであった。

 本来蝋燭を立てるべきであろう場所に魔法によって光が灯っている。

 魔王城で見たシャンデリアと同じ位の大きさだ、

 それ故にこの場所が元は王侯貴族に類する栄華を誇っていた事は疑いようがない。



「ここにある蔵書は全てお父様の物なのだけれど、好きに読んでくれて構わないわ」

「読んでくれて構わないわ、と言われても……」


 アーニャを元に戻す為にここに来た訳で。

 アーニャが魔法によってその存在を歪められたなら、それを戻せるのもまた魔法な訳で。

 という事は必然的に魔法知識が必要な訳で。


「私がここの本を読んでも、どうしようもないと思うんだけど……」

「……貴方、何しにここに来たの?」


 カーミラは訝しげに目を細める。

 何しにって、クレイスに言われるがまま付いて来ただけです。

 その結果、実の娘を遥か上空から投げ捨てられるという事態に遭った訳だが。

 アーニャが無事だったから良かったものの、少しは反省しないといけない。

 クレイスの言動は毎回疑った方が良い、何時もアーニャが助かるとは限らないのだ。

 父親である私が、アーニャを守らなくては。

 守らなくても平然としてそうだけど。主に邪神の力のせいで。


「ほんがいっぱいだー!」


 親の心子知らず、と言わんばかりにアーニャは目を輝かせる。

 とはいえ、ここの部屋の蔵書量は大人である私も息を飲む程だ。アーニャが興奮するのも無理は無い。

 広い空間だとは思っていたが、光源に照らされて見渡すとこの空間は二階建て構造のようだ。

 私とアーニャとカーミラが居る場所はその二階に位置しており、

 一般的な一軒家と同じかそれよりやや広い空間に椅子と本を読む為の机が数個並んでいる。

 その横には下へ降りる為の階段が備え付けてあり、本を取る場合はそこから下へ降りるのだろう。

 眼下には数百では済まないような数の棚が規則正しく並んでおり、見る者を圧倒する

 あの巨大な本棚一つに100冊、というかなり少なく見積もった大雑把な計算でもここにある書籍は優に1万冊は超えるであろう。

 実物を見た事は無いが、もしかして王国が運営してる国立図書館に匹敵する程の蔵書量じゃないのか?


 しかし、何か違和感を感じる。

 何だこの違和感は?


「カーミラ、おねえちゃん?」

「……何かしら」


 考え込んでいる内に、アーニャがカーミラの元へと駆け寄り話し掛けていた。


 ――相手は四天王。魔王に仕える、あのクレイスと同じ。


 ふと思い出し思わず身構えたが、カーミラからは特に敵意を感じたりはしない。

 魔王に仕える四天王、と聞いたから皆人間に対し敵意を持っている物かと思ったのだが。

 アーニャに宿っているという大邪神の力を感じて様子を見ているだけなのか、

 それとも本当に敵意が無いのか。

 それに普段魔王やクレイスに対する時はアーニャはあの邪神状態になっているのだが、

 カーミラに対してはほとんどならないようだ。何か理由があるのだろうか?


「おねえちゃんって、ここで暮らしてるの?」

「そうよ、もうずっと……何年か数えるのを、止める位に……」

「何年……?」


 そうだ、そこだ違和感の正体は。


「カーミラさん、と言いましたよね? ここで父親と一緒に暮らしているのですか?」

「……父は亡くなったわ、もうずっと昔に」

「そ、そうでしたか。すみませんでした失礼な事を聞いて」


 もし私が感じている違和感が本当なのだとしたら、カーミラの答えはなんの不思議も無い。


「貴方の父親は、ここに住んでたのですか?ここの本は父親の物だと言っていましたが」

「そうね。父はここの屋敷の主で、領主だったわ」

「……」


 うん、まさかとか思ってたが相手は魔王に仕える四天王。

 私、人間の常識なんて通用しないのかもしれない。

 この場所は見た限り何百年も前に滅んだ場所に思える。

 盗賊や魔物に襲われて数十年経った、程度ではあの地上部分の荒れようが説明出来ない。

 確かにここは滅び、目の前の一人を除いて誰一人としてこの地には居なかったのだ。


「……貴女、一体何百歳なんですか……?」

「女性に年を尋ねるなんて、躾のなってない人ね」

「い、いえ。失礼なのは承知なのですが……やはり、人間では無いんですね……」


 目の前に居るカーミラという女性は、どうみても人間の十代二十代の女性に見える。

 たまに人間でも年齢より遥かに若く見える人が居たりするが、

 いくらなんでも百歳を超えて尚十代二十代に見えるなどとは聞いた事が無い。

 

「やっぱり貴女も、魔族なのですか?」

「魔族……そうなのかもしれないわね」


 少し考え込んだ結果、いまいちハッキリしない答えがカーミラから返ってくる。

 自分の種族が曖昧って、どういう事だ?


「それにしても……」


 私に黄金色の瞳を向け、今度はカーミラが口火を切る。


「貴方、私を前にして良くそんなに堂々としていられるわね」

「堂々、ですか?」


 堂々としてる訳ではない。

 実際、ただの農民だった私が魔族の、しかもよりによってその頂点たる魔王。

 その直属の配下である四天王が目の前に現れたのだ。

 畏怖するに決まっている。

 だがアーニャに踏んだり蹴ったりなサミュエルとクレイスを何度も見ている内に、

 魔王や四天王に対する恐怖心がかなり薄れたのは確かだ。

 以前カーミラに言った通り、彼らは天災だと思う事にしたのだ。

 水害や地震といった天災は、人間の手ではどうしようもない。

 地震で落石に遭い死ぬかもしれない、落雷が自分に当たり死ぬかもしれない。

 そんな事を毎日気にしながら怯えて生きている人など居ないだろう。

 彼等を天災と考えるようにしてから、私の心も大分落ち着きを取り戻せた気がする。


「私に相対する者は皆、武器を手に取り襲い掛かってくる者ばかり。だから貴方みたいなタイプは珍しいわね」

「そうなんですか、やはり四天王ともなると戦う事が多くなるんでしょうか?」

「さぁどうかしら? 他の四天王がどんな事してるかなんて知らないし。……久し振りの普通の人ね……」


 私をしげしげと舐めるように見てくるカーミラ。視線がこそばゆい。

 ……武器、か。

 私にも戦う力があれば、魔王や四天王に対し戦いを挑んでいたのだろうか?


 ――いや、無いな。

 魔王なんて、御伽噺で聞くような存在。倒せる者が居るとすれば、それは同じく御伽噺の存在、勇者位な物だろう。

 アーニャ?私の娘は特別だ。何せ邪神の力が不本意ながらも宿ってしまったのだから。

 最も、倒すか倒さないかは置いておいて。

 このアーニャの状態を何とかして貰うまで魔王に死んで貰っては困るのだが。


「戦おうにも戦う力も無いですし、どう足掻いても貴方達のような規格外になんてなれませんからね。もう貴方達は天災の類と思う事にしたんです。私はただの農民です、諦めが肝心ですよ」

「諦めが肝心、ね。確かに……そうなのかもしれないわね」


 カーミラはポツリと呟く。

 その様はまるで、自分に言い聞かせているようにも思える。


「カーミラおねえちゃん! かくれんぼしてあそぼー!」

「かくれんぼ……?」


 アーニャは目の前に居るのが魔王に仕える四天王の一人と知ってか知らずかという様子で、人懐っこくカーミラのマントを引っ張る。


「うん! おねーちゃんがおにだよ! わたしがかくれるの!」

「……そうね。付き合ってみるのも悪くないかもね」

「へ? 良いんですか?」


 意外な言葉が出た事で思わず間抜けな声が出てしまう。


「あら、貴方の娘がそうしたいと言ってるのよ?」

「ですが、その……」


 四天王である彼女が、一人の人間の子供とかくれんぼで遊ぶ。

 かなり異質な光景だ。

 今まで聞いていた魔物や魔族の印象とかけ離れた、平和ボケした光景である。


「……あぁ。大丈夫よ、他の連中がどうだか知らないけれど。私が彼女に危害を加えるなんて事無いわ」

「あ、いえ確かにそれもそうですが……」


 カーミラは私が言葉に詰まっている様子を、自分の娘に危害を加える心配をしているのだと解釈したようで、そう告げる。

 確かにそこも不安だが、今までの様子を見るにカーミラに敵意が無いのは重々理解している。


「何なら誓いましょうか? 私、カーミラ・カーンシュタインの名に誓って――」

「い、いえいえそんな滅相も無い!」


 そもそも誓いを立てられても、彼女はあの魔王に使える四天王。

 その気になれば私なんて簡単に消され、反故にされるだろう。

 私に拒否権なんて無いのだから言われるがままに従うしかない。


「そう? なら……アーニャちゃんだったわね。お姉さんと一緒に遊ぼうか?」

「うん!」

「アーニャ、何かあったら私の元に戻って来るんだぞ」


 申し訳程度にアーニャに注意を促すが、邪神の力が宿っている娘には余計なお世話なのだろうか?

 こうして、カーミラとアーニャによるかくれんぼが開催されるのであった。

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