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79.温泉タイム(女性編)

うー……頭が痛い、重い

でもそれは投下しない言い訳にならないよね?

 卵の腐ったような独特の匂いが立ち込める白煙の中、滾々(こんこん)と溢れ出る湯水が水面を掻き乱す。

 とても広い、とは言い難い湯船ではあるが。それでも3人と子供1人が入るには十分だろう。

 

「おー、これが温泉かー……何か、身体にしみる感じがするぜ……」

「……温かいな」


 縁にうつ伏せに寝そべるような体勢で温泉を堪能するドラグノフ。

 時折ひらひらと翼を動かしながら、その心地良い温度にうつつを抜かす。

 だらけた様子のドラグノフに対し、角で膝を折り、足を抱え込む体勢でこぢんまりと入浴しているアレクサンドラ。


「折角の温泉なんだから、こっち来てもっとくつろぎなさいよ」


 傷一つ無い綺麗な手で、角で縮こまっているアレクサンドラを手招きするカーミラ。

 その様子を見る事無く、顔を伏せたまま返答する。


「くつろぐなど……故郷では、恩人達が苦しい生活を送っているというのに……」

「まーたその話ー? 私達倒した所で何も変わらないんだから別の解決法考えなさいよ。と言うか、折角息抜きにクロノキアまで来たんだから頭空っぽにしてくつろぎなさいよ、頭固いわねぇ」


 暗い表情を浮かべたままのアレクサンドラにちょっかいを出すべく、水面をかき分けアレクサンドラの隣を陣取るカーミラ。


「神様じゃないんだから、自らを取り巻く環境が一瞬で劇的に変わる訳無いでしょ?」


 溜息交じりで、アレクサンドラを諭すカーミラ。


「こういうのは逃げるにしても戦うにしても、少しずつ変えていく、変わっていく物なのよ。焦った所で良い事無いわよ」


 自ら体験した事を振り返るかのように、助言する。

 だらけたり楽しい事ばかりしているように思えるカーミラにも、それなりに苦労しているようだ。


「貴女はまだ若いんだし……魔王を倒す以外に問題解決の策も見付かるかもしれないわよ?」

「……そんな物、あるのだろうか」

「少なくとも煮詰まってると良い考えなんて浮かぶ訳無いわよ、もう少しリラックスしましょうよ、ね?」


 カーミラの白い指先が、アレクサンドラの健康的な肌を撫でるように這う。

 カーミラの視線と指先が、下へと落ちる。


「それにしても……貴女って着痩せするタイプだったのね。思ったよりあるじゃない」


 下から掬い上げるような手付きで、アレクサンドラの胴を伝い、水面に沈んだ二つの小山に手を宛がうカーミラ。

 白魚のようなカーミラの指先が、アレクサンドラの血色の良い肌に食い込む。

 カーミラの予想だにしない行動にアレクサンドラは目を白黒させつつも咄嗟に飛び退き距離を取る。


「んなっ、なっ、何を一体……」

「そんなに慌てなくても良いじゃない、軽いスキンシップよ」

「な、何がスキンシップだ! 行き成り何をする! この変態魔族め!」

「あら、変態だなんて酷いわねぇ。貴女が可愛らしいからちょっとちょっかい掛けただけじゃない」


 クスクス、と妖しい笑みを浮かべるカーミラ。

 一方、何か良からぬ予感を感じ取ったのか、温泉に浸かっていたにも関わらず青い顔になるアレクサンドラ。

 詰め寄るカーミラ、退くアレクサンドラ。

 ただ入浴しているだけにも関わらず、何とも言えぬ緊張感が漂う。


「だ、大体! 私達は女同士だろう!? こ、こんな」


 縁にまで追い詰められ、アレクサンドラの表情に絶望の色が強く浮かぶ。

 その前には、息が掛かる程の距離にまで詰め寄ったカーミラの姿。


「あら、人と魔族なんていう種族の壁に比べたら、男か女かなんて些細な問題だと思わないかしら?」


 アレクサンドラの耳元で、艶かしい声色で囁くカーミラ。


「お、おい! この変態を何とかしてくれ!」


 逃げ場を失い、助けを求めてドラグノフと邪神に向けて視線を投げるアレクサンドラ。


「んー? 何とかって、何が?」

「だっておかしいだろう! 女同士でこんな風に裸でち……乳繰り合うなんて!」

「んー……あたい、そういうの良く分かんないや。怪我する訳でも痛い訳でも無いんだろ? なら良いじゃん」

「良くない!」


 頭にクエスチョンマークを浮かべ、果てに分からないから良いや、と思考放棄するドラグノフ。


「痛い訳無いじゃない、寧ろ気持ち良い位よ?」

「お、おい! 邪神とか言ったな! この頭が茹った馬鹿を何とか――」


 藁にも縋る思いで、邪神に向けて声を飛ばすアレクサンドラ。

 しかし、そこに邪神は居なかった。

 すぴー、と間の抜けた小さな寝息を立てるアーニャ。

 温泉の縁を枕のようにして頭を乗せて、熟睡している。


「温泉に入りながら寝るんじゃない! 風邪引くぞ! じゃない! くそっ、こうなったら!」


 口で言って分からないなら実力行使だ、と言わんばかりにアレクサンドラは水柱を立てて温泉から飛び出し、

 柵の脇に固めておいた自分の衣服、手荷物の場所まで跳ぶ。

 彼女の持つ聖剣を手にし、カーミラの元まで駆け寄る。


「貴様なんぞに私の貞操をっ?!」


 アレクサンドラの台詞は、途中で途切れる。

 直後、鈍い音が響き。アレクサンドラは地面に転がる。


「温泉で物騒なの振り回してんじゃないわよ、少しは頭冷やしな」


 眠りこけていた筈のアーニャ、いや邪神が騒動に気付き、カーミラ目掛け駆け寄るアレクサンドラの足元に石鹸を発射。

 良く濡れた石鹸を不意に踏み付けたアレクサンドラは大きく体勢を崩し転倒。

 頭を強く打ち付け、気を失ってしまう。


「って、あれ……まさか気絶しちゃう程とは思わなかったわ……わりぃけどさカーミラ、この馬鹿面倒見といてくれるか?」

「あれ、貴女さっきまで寝てたわよね?」

「ん? 何かそうだったみたいだな。良く分からないけどさ」

「まぁ、良いわ……剣を振り回すなら、それ相応の覚悟も持っているはずだものね、ふふふ……」


 アレクサンドラの裸体を上から下まで視線で舐めるように滑らせるカーミラ。

 その健康的な裸体は、カーミラの色白な肌とはまた違った方向性で魅力的ではある。

 カーミラ自身も立派なモノを持っているというのに、自分の身体では満足出来ないのだろうか。


「っと、でも気絶しちゃったら反応が楽しめないじゃない……しょうがないわね、先に上がってるわよ?」

「おー……あたいはもうちょっとのんびりしてから戻るぜー……」


 文字通りの意味で羽根を伸ばすドラグノフを尻目に、気絶したアレクサンドラを担ぎ上げて浴場を後にするカーミラ。

 カーミラ達が柵の向こう側に消えたのを確認し、邪神はポツリと呟く。


「にしても、どうなってんだこの身体? ルードヴィッツの野郎が何かしたのか? でもあたしは確かあの時――」

「ん? 何か言ったかちびっこ?」

「いや、何でもねぇよ」


 何がどうなってんだ。

 小さく呟いた邪神の声は、湯煙の中へと溶けて消えていった。

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