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77.薪拾い

 荷馬車の置いてある、露天温泉の場所にまで引き返して来た頃にはもう完全に日没を迎え。

 夜の帳に僅かばかりの月明かりが差し込む。

 気温も低く、冷え切った空には雲一つ無く、月明かりを阻む物は存在しない。


「あれ? まだアンタ達温泉に入って無かったの?」


 油皿に種火を灯した簡素な光源を頼りに、

 荷馬車から降ろしてきた簡素な机の上で何やら資料を広げているクレイスと魔王。


「少々、今後の相談をな」


 私達が帰って来た事に気付き、カーミラの問いに返答する魔王。

 まだ温泉に入っていない為か、日中に被った土埃に塗れたままである。


「おう、何かまーた余計な事企んでんやないやろうな?」


 机上に広げられた資料にサッと目を落としつつ、魔王とクレイスを恫喝する邪神。

 相変わらずコロコロと豹変するな、邪神って一体全体どういう物なのだろうか?


「何も企んでませんよ。そもそも、こんな事態を招いたのも元を辿れば私が原因です、なら私が蹴りを付けるのは至極当然の話じゃないですか」

「痛め付けられたくないもんねー。ま、私には関係無い話だけど」

「余計な茶々入れないで貰えますかカーミラさん」

「あれ、そういえばドラグノフは何処行ったの?」


 ドラグノフの不在に気付き、周囲を見渡すカーミラ。

 そんな中、上空から間の抜けた返答が飛んでくる。


「おーい、持って来たぞー」


 ドラゴンの持つ力強く立派な翼を打ち鳴らし、勢い良く空から地面へ降り立つ。


「ああっ! ちょっと! 資料が!」

「この位あれば良いかー?」


 ドラグノフが降り立った際、翼から舞い起こった突風が机上の種火を容易く吹き消し、ついでと言わんばかりに資料を宙へ舞い上がらせる。

 慌てて舞い上がった資料を掴み取り、拡散を阻止するクレイス。

 当然、暢気に質問するドラグノフに返答する余裕は無い。


「何処行ってたのよドラグノフ?」

「え? いや、クレイスの奴が燃やす用の木を持って来いって言ってたからさ」


 夜間は冷え込むし、明かりも必要だろう。

 だから燃料を集める為に木を持ってくるのは分かる。

 だが、ドラグノフが持っているのは本当に「樹」であった。

 外見はドラゴンと人が半々で混ざったような風貌だが、やはりその正体はドラゴンであり、魔族であり、四天王だった。

 自らの体格を優に上回る大木を丸々一本、両脇に数本抱えて戻って来たようだ。


「あの、これを燃やす気ですか?」

「え? 木って燃えるだろ?」


 私の質問に「何を言ってるんだコイツ?」と言った様子で返答するドラグノフ。

 道理で月明かりが良く差し込むと思った。

 良く見れば日中ここに到着した時より周囲がえらくサッパリしている。

 持ちきれなかった分の木々はその場で横倒しになったままである。


「何だよ、もしかして足りないのかー? ならもうちょっと持ってくるぜ?」

「いえ、そうじゃなくて。この木は本当に切り倒したばかりですよね? 生木は燃え辛いわ煙が出るわで燃料として不適当なんですが」

「そーなのか? 木って全部燃える物だと思ってたぜ」


 火力が十分なら最終的には燃えるからその認識も間違いでは無いのだが。

 種火も無く幹ごと丸々一本は流石に豪快過ぎてどう返答すれば良いのか逆に困る。


「ドラグノフさん……私は薪を拾って来いと言いませんでしたか?」

「え? だから薪って木だろ?」

「ああ、そうでしたね。貴女に戦闘以外の頼み事をした私が馬鹿でしたよ」

「何だよー! あたい馬鹿じゃねーぞ!」


 頬を膨らませるドラグノフを無視し、期待した自分が馬鹿だったとばかりに大きく溜息を付くクレイス。


「もう良いです、薪は私が拾って来ますからドラグノフさん達は先に温泉にでも入ってて下さい」

「なら私も付き合うぞクレイス」

「なっ! 魔王様のお手を煩わせる必要はありません! このような雑用は私の役目です!」


 クレイスの言葉に続き、同行を試みようとする魔王を諌めるクレイス。

 確かに、薪を拾い集める魔王の姿を想像すると尊厳が一気に地に落ちる気がする。

 既に見た目が少女の邪神に叩きのめされて十分尊厳は地に落ちている、などとは口にしないが。


「よければ、私も手伝いましょうか?」


 薪拾い程度の作業なら、私でも出来る。

 それに、村で生活していた時は何度もやった作業だ。

 薪が無くて困るのはクレイスと魔王だけでは無いのだし、私にも手伝えるような事ならば。


「いえ、それは結構です」

「確かにな、貴様はここで大人しくしていろ」


 善意での提言は、魔王とクレイス両名一致であっさりと却下された。


「こんな夜更けに、貴方が出歩いて万が一があったら困るんですよ」

「冬場は餌が減って凶暴化した魔物も多い、貴様はそこいらの魔物の腹の中に納まりたいのか?」


 夕暮れ時に倒した、魔物の姿を思い浮かべる。

 確かに、一体でも出くわしたなら私の命は無いかもしれない。

 邪神から散々教わったが、銃という武器は剣のように真っ向から睨み合うような距離で鍔迫り合う戦いをする武器ではない。

 距離を取り、物陰から隠れて撃ち抜く。

 言うなれば狩人の弓の扱いが近い。

 その威力こそ弓とは到底比べ物にならない代物だが、こういう森の中、物陰から急襲してきた魔物と戦うには不向きな武器だ。

 この武器が真価を発揮出来ないなら、何の戦う術も持たない人と同じである。


「それも、そうですね」

「それに、お前に万が一があったらあの邪神の小娘が一体何をしでかすか……!」


 顔色を青くする魔王。でも肌の色は元から青である。

 魔王同様、顔を青くするクレイス。彼等が邪神に味わわされた痛みの数々は私には到底想像も付かない。


「ですから薪は私が取って来ます、貴方はここで大人しく待っていて下さい。カーミラさんにドラグノフさんがいるなら万が一は無いでしょう」

「だからお前一人に働かせはせんぞ、私も付いていこう」

「いえ、ですから魔王様はここで」

「それに傷は粗方完治したとはいえ、お前は病み上がりではないか」

「しかし、魔王様に薪拾いなどという雑用をさせる訳には……」

「ではこうしよう、薪はお前が拾え。代わりに私はお前の護衛を勤めるとしよう。周囲を警戒する必要が無い分、多少は楽になるだろう?」

「……それなら、まぁ」


 魔王に苦労はさせまいと仕事を背負い込もうとするクレイスを、譲歩した提案で黙らせる魔王。

 クレイスも渋々といった様子だが、魔王の提案を了承する。

 他の四天王は割と奔放というか、好き放題やっている気がするが。

 魔王とクレイスの関係は他の四天王とは違うように思える。

 ただの上下関係というより、信頼関係と言った方がしっくり来る。


「ならさっさと行くとするか。薪を集めて暖を取らねば、温泉で暖まった所ですぐに湯冷めするからな。ドラグノフは知らんがカーミラは絶対に文句垂れるだろうからな」

「あの口喧しい愚痴を聞きたくはありませんからね……吸血鬼が風邪なんか引くのかが甚だ疑問ですが」


 カーミラの愚痴は聞きたくない、と愚痴りながら夜の森の奥へと消えて行く魔王とクレイス。

 確かにクレイスの言う通り、魔物に襲われたくはないのでこの場所で大人しくしていよう。


 温泉を堪能しているドラグノフ、カーミラ、アレクサンドラ、アーニャの四人の声が聞こえるか聞こえないか程度の距離で、

 吹き消された油皿に再び種火を灯す。

 女三人集まれば姦しい、と言うが。四人居れば随分と賑やかなようである。内容は聞き取れないが。

 私はこれまた散々邪神に言われ続けた、銃の手入れを行う事にする。

 この武器は余り人目に晒すなと邪神に言われていたが、先程の出来事を鑑みて自分なりに納得する。

 これ程強力な武器なら、間違いなく争いの種に成りかねない。それを避ける為に、という事なのだろう。

 手入れをするなら、魔王達もカーミラ達も居ない今が丁度良いだろう。

 鬼の居ぬ間に洗濯、魔王の居ぬ間に手入れである。

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