72.勇者と邪神
気付けば投下開始してから1周年だよ!(空白期間から目を逸らしながら)
「この面々で、一太刀も浴びせられないとは……ッ!」
「申し訳ありません魔王様、不甲斐ない醜態を……」
「あっはっは! いやー、やっぱちびっこ強ぇなー!」
「意味分かんない、何がどうしてこうなるのよ」
日が傾き始めた頃、魔王と四天王の面々が稽古という名の模擬戦……恐らく魔王達は本気で戦ったのだろうが、ともかくそれを終えて戻って来た。
クレイスの髪が少し焦げてたり、サミュエルの鎧が大きくへこんでいたりはしていたが大きな怪我をした者はいないようだ。
魔王と四天王の内の三人というほぼ魔王軍の全力にも関わらず、何一つ疲れた表情を見せずに悠然と魔王達の前を闊歩する邪神。
「おとーさん、ただいま!」
「おかえり、アーニャ」
身を屈め、娘の亜麻色の髪を優しく撫でる。
多少の土埃を被っている為か、ザラザラとした感触を肌で感じる。
天真爛漫なアーニャの笑顔が歪み、その小さな手が私の肩を叩く。
「よーし、次はアルフとアレクサンドラの番だな」
ニタリと笑う邪神。
ああ、今度は何をやらされるんだろうか。
「お前等はもう今日は休んで良いぞ、というかこれからこの二人鍛えるから付いて来るな。邪魔だ」
大げさな身振り手振りで、魔王達一行をまるで野良犬でも追い払うかのような仕草を見せる邪神。
魔王をこんな風に扱えるのはこの邪神位のものだろう。
対する魔王は、相変わらず忌々しい物を見るかのような目で睨み付けてくるが、手は出さない。
出しても自分が酷い目に遭うだけだという事を否応無しに痛感したのだろう。
「ですが、そういう訳には……」
消極的な発言だが、邪神に反論するクレイス。
彼の言いたい事は分かる。
私と勇者、そして邪神を宿した私のアーニャは『人間』だ。
邪神に城から引き摺り出されてここまで来たが、『人間』である私達が魔族の地であるこのレオパルドで好き放題に振舞われるのは問題だと言いたいのだろう。
軟禁というにはかなり自由に動き回っていたが、私とアーニャをずっと城に押し止めていたのもこれが原因だろう。
城の中では魔王権限で緘口令を敷けただろうが、野外ではそうもいかない。
いくら人目に付かない地を選んでいても、万が一という事もあるだろう。
クレイスの言いたい事を邪神は珍しく汲み取り、提案する。
「まぁ、お前の言いたい事も分かる。なら仕方ない、カーミラだけなら一緒に来ても良いぞ」
「頼めますか、カーミラさん」
「はぁ、仕方ないわね。行けば良いんでしょ行けば」
さっさと温泉入ってサッパリしたいのに、と愚痴を零すカーミラ。
目線を置く位置に困る程に素肌を晒しているというのに、あの特訓を経て尚、傷一つ無い綺麗な肌をしている。
邪神が手加減していたとしても、あれだけ派手に戦って擦り傷一つ無いとは、これが四天王の実力か。
とはいえ傷は無くとも土埃で汚れているので身なりを綺麗にしたいという気持ちは分からないでもない。
「では行くとするか。三人共付いて来い」
魔王達の目に付かないよう、距離を取る為に歩いて移動を開始する。
こうして移動するのも恐らく私の持っている武器が原因なのだろう。
邪神としては魔王達に知られたくない、という事だろうか?
私としても、この武器はあまり衆目に晒したくないという気持ちはあるが。
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「この辺りで良いか、始めは……そうだな、勇者とか呼ばれている小娘からで良いか」
温泉と馬車の置いてある拠点から四半刻程歩くと、先程とはまた違った開けた地に出る。
こちらは何者かが暴れた痕跡も無く、ただ偶然開けた地になっているだけのようである。
邪神は周囲を流し見て確認をした後、アレクサンドラの足元に剣を放る。
飾りっ気の無い、良くある数打ちの鉄製の剣である。
「その剣を取れ、俺が直々に鍛錬してやろう」
邪神は上から目線で話すが、残念ながら邪神の宿っている身体はアーニャの物である。
それ故にアレクサンドラを見上げながら言い放つ。
「剣を取れと言われてもな……私にはこれが」
アレクサンドラは片手で、自らの首に巻かれた首輪に触れる。
「ああ、そういえばそんなの着けさせてたわね。すっかり忘れてたわ」
忘れてましたごめんね! といった軽い口調でカーミラは言い放つ。
「この女……自分で着けておいてよくもヌケヌケと」
「それで? この首輪外さないと駄目なの? 正直この娘、外したら逃げ出しそうでイヤなのよね」
「逃げるだと! この私が魔王を前にして逃げると思っているのか!」
以前、アレクサンドラはカーミラと戦い、そして敗れたと聞く。
そのせいなのか、アレクサンドラはカーミラに噛み付くように言葉を投げる。
「外すには及ばん。アレクサンドラ、お前はその状態で剣を振れ」
「何を馬鹿な事を! これを付けたままでは」
アレクサンドラは反論するが、異論を認めず遮るように邪神は続ける。
「その首輪、魔法を発動すれば爆発する仕組みになっているようだな。寧ろ好都合だ、魔法に頼らず剣を振れ」
邪神は自らが持って来ていた、もう一本の数打ちの剣を構え、アレクサンドラに向ける。
「剣の刃は潰してあるから、切れる事は無い。だが叩かれれば普通に痛いぞ? それで俺に一太刀当ててみろ、とても弱い弱い今代の勇者殿?」
鼻で笑い、アレクサンドラを挑発する邪神。
対し、言わせて置けばと言いながら足元の剣を手に取るアレクサンドラ。
どうやら彼女は少し煽られるだけで怒り出す、沸点の低い人のようだ。
「どういう理由であの魔王や四天王の一行を従えているのかは分からんが、お前に剣が届くなら魔王にだって届くだろう。なら、やってやろうじゃないか」
どういう理由と言われても、力尽くという一言で済むシンプルな方法ですが。
邪神の挑発に簡単に乗ってしまったアレクサンドラは、手にした剣を構え、邪神目掛け飛び込みながら剣を振り下ろした。
結果は火を見るより明らかだが、大人しく勇者の戦いを見学するとしよう。




