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7.不死の姫(ノーライフプリンセス)

 以前の食卓の事件以降、魔王達は毒を盛るという手段は通用しない事が解り諦めたようだ。

 アーニャに宿っている邪神の力という物があれば、毒の察知も可能らしい。

 こればかりは邪神の存在に感謝せざるを得ない。

 そのお陰で私もアーニャも普通の食事を取れている。

 ……いや、普通と言うのは変か。豪勢な食事だ。

 昔の芋粥だけの食事と比べれば雲泥の差だ。

 


 そんな毎日を送っていたが、数日後クレイスが私達の元を訪ねて来た。


「失礼、お時間を頂いて宜しいでしょうか?」

「毎日暇してるからな、別にいくらでも構わないよ」


 以前は農作業に従事していて、暇なんて何処にも無かったが。

 この魔王城に在住するようになってから本当に何もする事が無い。

 アーニャと一緒に遊ぶ位しか何かをした記憶が無い。


「魔王城の書庫を隅から隅まで漁ったのですが、この娘を以前の状態に戻す方法は見当たりませんでした」


 戻す方法が見当たらない。

 この魔族を統べる魔王城の蔵書庫だと言うのに?

 どうやらアーニャの状態はそうとう重篤らしい。


「見当たらないって……」

「ですので、カーンシュタイン城跡に向かおうと思っています。貴方達にも同行して頂きたいのですが宜しいですか?」


 カーンシュタイン城。

 魔族の領土である古レオパルド領に位置し、

 遥か昔はある貴族の領地だったと言われていた。

 レオパルド王国が建立する前から存在し、隣国に攻められ滅んだ城……と説明を受けた。

 

 今は四天王の一人、カーミラが統治する領土となっており、そこへ向かうのだと言う。


「あの城はこの城や街が人間の領地であった頃より昔から存在する場所です、そこならばここより遥かに古い文献があるのではないかと」

「アーニャを元に戻す為なら、何処にだって行くさ」

「それではこれから向かうとしましょう。っさっきから痛いんですよ! 止めさせて下さい!」

「こらこらアーニャ、勝手に上っちゃ駄目だろう?」

「はーい!」


 会話中、ひたすらクレイスの髪を抜き続けていたアーニャを抱え、廊下に降ろした。

 移動手段を中庭に用意したという事なので、中庭へ向かう事になる。





「これは……ドラゴン……?」

「えぇ、そうです」


 二階建ての木造家屋、それよりも更に二周り程大きくしたような大きさ。

 緑を基調とし、所々赤や青の斑模様が入った鱗を纏った体躯。

 手足には白い鋭利な爪を携えており、その背には白い皮膜の翼が広げられている。

 生臭い吐息が漏れるその口には肉食獣特有の鋭利な牙が姿を覗かせている。


「カーンシュタイン城までは若干距離がありますからね、竜将ドラグノフに言って手配させました」

「これに乗っていくのか……?」

「ドラゴンさんだー!」


 アーニャはまるで小動物と遊ぶような感覚でドラゴンに駆け寄る。

 俺はそんな気軽に寄れない。何だろうこの感じ、物凄い威圧感を感じる。


「ドラゴンに乗っていけば、昼前には着くでしょう。この者の手に乗って下さい。爪には気を付けて下さいね」

「おそらとぶの!?」

「そうみたいだね」


 まさかまた空を飛ぶ事になるとは。

 まぁ前回拉致される時に経験しているし、何とかなるんじゃないだろうか。




 アーニャと私は同じドラゴンに乗る事になり、クレイスはもう一頭のドラゴンに乗るらしい。

 ドラゴンの手に乗った空の旅は、それはそれは寒いものであった。


「こんなに寒いなんて聞いて無いぞ……!」


 そういえば、山に登ると気温が低くなると聞いた事がある。

 山に登ってそれなのだ、このドラゴンは明らかに山より高い位置を飛んでいる。

 更に寒くなるのは自明の理である。

 迂闊だった、何か着込んで来るんだった……!


 以前私を拉致した魔族はガーゴイルという種族らしい。

 あの魔族は左程高い位置を飛べないらしく、寒さも無かった。

 アレと同じ様に考えた私が迂闊だったのだ。

 ドラゴンも一応直接風が当たらないように配慮しているが、それでも中々厳しい。

 アーニャは大丈夫なのだろうか。


 そう考えアーニャの居るもう片方の腕を覗こうとしたその時、ドラゴンの身体が大きく動く。

 アーニャの抱えられていたドラゴンの腕が振り上げられ、アーニャを地上目掛け……



 投げ捨てた。



「――アーニャ!!」

「ハッハハハハ!!! 馬鹿めまんまと騙されおって!! この高さから落ちたら助かるまい!!」

「!? 騙したのか貴様!!」

「騙す? この魔族である私が人間風情の言う事をはいはい聞くと思っへっああああああぁぁぁぁぁ!?」

「よいしょっと」


 ドラゴンの手から放られたアーニャは、気付いたらクレイスの居た位置と入れ替わっていた。

 アーニャに突き飛ばされ、ドラゴンの手中から転落。そして悲鳴と共に地上へと消えて行くクレイス。

 確かに見えた訳では無いが、アーニャは空中を走っていたような気がする。


「ドラゴンさんごーごー!」


 無邪気な笑顔と明るい声を上げるアーニャ。

 クレイス、先程の言葉をそのままお前に送ろう。

 この高さから落ちたら助かるまい。




 ドラゴンによる空の旅は確かに昼前に終わったようだ、まだ太陽が頂点に昇ってはいない。

 事前に与えられた命令通りなのか、丁寧にドラゴンは城の中庭らしき場所に降り立つ。

 ドラゴンの手の中から降り、その地に立つ。


 カーンシュタイン城。

 いや、城跡が正しいか。

 石畳の痕跡があるが、その大部分は剥げ上がり、雑草が生い茂っている。

 城の殆どは崩れ落ち、辛うじて建物だった事が解る程度である。

 城ですらこれなのだから、城下町に至っては見る影も無い。

 完全な荒野である。

 

 そんな状態で、書物が残っている訳が無い。

 だがここに古い文献があるとあのクレイスは言っていた。

 ――いや、もしかしたらそれも嘘である可能性があるが。

 何せさっき私の娘を放り投げるように指示した男だ、信用ならない。

 そういえばクレイスは死んだのだろうか?

 死んだら困るといえば困るが、まだ魔王サミュエルは残っている。

 彼が居ればアーニャを元に戻す手段を探す方法は残っているだろう、多分。

 だったらクレイスが死んでも生きててもどっちでも良いか。

 何もする事が無いので、周囲をアーニャと一緒に散策する事にする。

 魔物の類が出たら私では勝ち目が無いが、アーニャが何とかしてくれるだろう。

 娘の影に隠れる父親、虎の威を借る狐の図で何とも情け無い限りではあるが。

 魔王を打ち倒したアーニャが負ける姿は想像出来なかった。



 少し歩いた所で、建物の影に地下へと通じる階段を見付ける。

 周囲に雑草が生い茂っており解り辛いのだが、

 建物の影で暗くなっている筈なのにぼんやりと明るかった為発見出来た。

 明るくなっている原因は蝋燭の明かりであった。

 地下へ入るよう促すかのように壁に明かりが灯っている。

 その階段を降り、地下へと入る。

 地下は地上部分と打って変わって非常に整備されていた。

 多少隅に瓦礫が落ちていたりするが、地上と比べれば天地の差である。


「たんけんごっこだー!」


 嬉しそうにぴょこぴょこアーニャは飛び跳ねる。

 薄暗いが、蝋燭の明かりのお陰で進むのには困らない程度には明るい。

 蝋燭に明かりが灯っている事もそうだし、こんな年季の入った建造物だというのに淀んだ空気特有の匂いが一切しない。

 やはりここには四天王の一人、カーミラが根城として生活しているのだろう。

 私とアーニャは、奥へと進む事にした。




 地下通路を散策している内に、この地下の広さは相当な規模である事が解る。

 地下でこれなら、地上部分は元々どれ程の規模だったのだろうか。

 それともこの地下だけが特別なのだろうか。

 戦場では塹壕とよばれる穴を掘る事があると言う。

 主に敵からの攻撃を避ける為なのだが、穴と穴を繋げて通路にする事もあるらしい。

 この地下にも、そういう役割があったのかもしれない。

 それならばこの広さも納得が行く。

 もしそうなら、この地は昔、相当な戦火に晒されていた事になるが。


 地下は比較的綺麗だった。そう、本当に綺麗さっぱりしていた。

 これだけの規模の地下なのに、調度品や家具といった類が一切無い。

 もしかしたら野党などが侵入し、あらかた盗んで行ったのかもしれない。

 荒れ野だし、止める者も居ないのであらば仕方ないだろう。


「おとーさーん、すっごいおっきなえがあるよー!」


 薄闇の先に進んでいたアーニャが手招きする。

 呼ばれるがままアーニャの元へ向かうと、地下通路から広間へと出た。



 そこには、一枚の立派な油絵が壁に掲げられていた。

 

 

 立派な木枠に収められた、一枚の絵。

 そこにはゆったりとしたローブと外套を重ね着した、

 端整な顔立ちの中年男性が座っており、

 その側にはウェーブの掛かった腰まで伸びた金髪を携え、

 立派なドレスで身を包んだ10代後半位の女性が佇んでいた。

 絵の様子からして、この二人は父と娘の関係だろうか。



(……私にも、この絵のような未来があるんだろうか)



 私もいずれ年を取り、老けていくんだろう。

 そしてアーニャも妙齢の女性に成長していく。

 アーニャは母親に良く似ており、そのまま育てば母譲りの美人になるだろう。


 だが、アーニャはあの魔王達によってその身体に邪神の力を宿らされてしまった。

 一体これからどうなるのか、見当も付かない。

 もしかしたら、普通の人間のような成長が出来なくなっている可能性だってある。


(絶対に、アーニャを元通りにしないといけないな)


 だが、そう意気込んではみても私はただの農民だ。

 今更魔法の技術を学んだ所でどうにもならない。

 結局、私の娘がどうなるかもあの魔王達の手に委ねられているのだ。


(ん、この絵少し傾いてるな)


 別に放っておいても良かったのだが、傾きを直そうと絵画の枠に手を伸ばす。


「――その絵に触らないで貰えるかしら」


 またアーニャが豹変したのか。

 好い加減慣れて来たが、これは余り良くない兆候だよな。

 そんな事を考えながら、声の方を向く。


 そこには、アーニャは居なかった。

 豊かさを湛えた深い胸の谷間がそこには存在した。

 目線を上げると、黄昏が映り込んだような黄金色の瞳と目線が交差する。


「……ッ!?」


 驚きの余り後ろに倒れこむ。

 何時から居た? アーニャは無事なのか!?

 アーニャを探すと、既にアーニャは私の足元に駆け寄っていた。


 倒れた状態でだが、声の主を見上げる。

 ウェーブの掛かった金髪を腰まで伸ばし、僅かにあどけなさを残した顔に先程の黄金色の瞳。

 二度見してもやはり豊満と言わざるを得ないそのバストを黒のチューブトップで覆い、

 ボディラインを強調するようにピッタリとした黒いマイクロミニのスカートを身に付け、

 黒皮のロングブーツでその足を包み込んでいる。

 大胆に露出したその肌は、ろくに日の光を浴びていない為か透き通るような色白である。

 肩には裏地が真紅の黒いマントを羽織っており、服装自体はかなり真っ黒である。

 物凄く男を挑発するような色気漂う格好だが、

 これ程見事な身体つきの美人ならば世の男誰もが放って置かないだろう。


 だけど、何かこの人何処かで見た気が……


「あっ、えにかいてあるおねーちゃんだ!」


 アーニャがそう指摘したお陰で、私も気付く。

 そうだ、さっきまで見てた絵画に写っていた女性だ。

 服装がガラリと変わっていたせいで瞬時には気付かなかったが。


「貴方達は……クレイスが言っていた二人ね。クレイスはどうしたの?」

「クレイス、は……」

「落とした」


 ニヤーッ、といった効果音が似合いそうな不気味な笑顔を浮かべるアーニャ。

 薄明かりの中でそんな笑顔を浮かべるとホラーチックで少し怖い。


「……ふーん、そうなんだ」


 女性は、別にどうなろうと知った事では無いけどと言わんばかりに呟く。


「気にならないのか?」


 アーニャの説明は正にその通りなんだが、落としたの説明だけじゃ何が何だか分からないんじゃないのかと。


「私、四天王なんて大層な肩書きを貰ってるけど。別に魔王に服従してる訳じゃ無いし」


 四天王、と彼女は言った。

 という事は彼女がクレイスが言っていた四天王カーミラなのだろう。

 しかし彼女、カーミラは今まで見た魔族と明らかに毛色が違っていた。

 身体の特徴に、魔族らしい所が一箇所も無い。

 角があったり、爪があったり、牙や鱗があったり。耳が尖っていたり、肌の色が違ったり……

 そういった魔族特有の要素が何処にも無いのだ。

 魔族……なのか?見た目が完全に人間のように思えるのだが。

 それとも魔法の力か何かで人の形に擬態しているのだろうか?


「確かサミュエルとクレイスが貴方の娘に施したっていう術の解除方法を探してるのよね?こっちよ、付いて来て」


 暗がりに紛れていて解り辛かったが、カーミラの歩いていった先には黒い扉があった。

 乾いた音を立てて扉が開き、カーミラはその奥へと消えて行く。

 私もアーニャを連れてその扉の奥へと向かう事にした。

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