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67.温泉へ行こう!

 元レオパルド領、現魔族の地。

 この地にあるクロノキア鉱山地帯は鉱石貴金属の産出が有名だが、それと同時に温泉の名所でもある。

 鉱石採掘の際に時折熱水が噴出する事があり、その湯水を地上へ引き込み温泉として利用しているのだ。

 この温泉は評判が良く、クロノキアにて働く鉱夫は勿論、わざわざ遠方から入浴の為に訪れる者もいるとか。

 冷え性や肩こり、切り傷や古傷等にも効果的で美肌の効能もあるらしい。


「という訳で、温泉に行こう」

「どういう訳か全く理解出来ん!」


 邪神に急に呼び出され、一同集められたと思ったら一通り説明を受けた上で温泉へ行こうという話になっている。

 温泉か、聞いた事はあったが見た事は無いな。


「ほら、クレイスの以前負った傷の件もあるだろ?」


 切り傷や古傷、の部分を前面に推しながら提案を続ける邪神。

 それを与えたのは邪神、貴方だと聞いているのですが。

 勿論、不可抗力だというのは分かっているが。


「古傷にも効くって話だし、行こうぜ全員で」

「何故私達が貴様の道楽に付き合わねばならんのだ!」


 サミュエルが怒りながらすぐ横の机に向けて拳を振り下ろす。

 魔王の力を以ってすれば、こんな机程度簡単に壊せるのだろうが、大きな衝撃音を立てただけで机自体は無事である。

 日頃から邪神とドラグノフに城内備品を破壊されて書類の山に押し潰されていると聞いている。

 これ以上備品を壊したくないという思いがこの一時でひしひしと伝わってくる。

 怒っているようだが机を壊さない程度に理性は残っているようだ。


「えー? 別に良いじゃない、たまには息抜きも必要よ」

「毎日が息抜きの貴女にだけは言われたくないですね」


 邪神の提案に面白い匂いを感じたのか、カーミラは賛同の意見を述べる。

 カーミラの言動を皮肉るクレイス。


「温泉って何だ? 美味いのか?」

「いや温泉は食べ物じゃないから。と言うかドラグノフ、アンタ温泉知らないの?」

「知らないなー。食べ物じゃないのか」

「良い? 温泉って言うのはね――」


 頭の上に疑問符を沢山浮かべているドラグノフに、カーミラは説明する。

 それを他所に、腕を組み邪神を見下ろす。


「随分とクレイスに対して優しくするのだな、今まで散々我等をいいようにしておいて、どういう風の吹き回しだ?」

「何も気付けないボンクラに話す気なんて更々無いわよ」

「ボンクラだとッ!?」


 目の前に居るのはこの世界に住まう全ての魔族の頂点、最強の証たる魔王の名を戴くサミュエル。

 そんな彼を前に好き放題罵る邪神。

 アーニャに宿る邪神の持つ強さ故に許される暴挙であろう。


「貴様とてこの間、黒装束の男になす術も無くあしらわれていたでは無いか!」


 あの時、私はその場に居なかったが。

 魔王を軽々あしらった邪神が何も出来ずに終わった黒尽くめの男が居たらしい。

 全てがただの伝聞なので私は完全にこの話の件では置いてけぼりである。


「――そうよ」


 魔王の言葉に対し、邪神はその表情を曇らせ、肯定する。

 アーニャの物であるその小さな手で握り拳を作り、その手を震わせる。


「あの男が、ルードヴィッツが生きていた。この世界を滅ぼそうとした者に従事した、生きる全ての者にとっての裏切り者が」


 自らの記憶を振り返るように、邪神はその口を動かす。


「あの馬鹿を野放しにしたら、どうなるか分かったもんじゃ無いわ。場所変えて特訓よ、あんた達全員鍛え直してやるわ」


 一転、表情に険しさを取り戻した邪神が断言する。

 真剣なその眼差しが、この場に居る全員に文句は言わせない。

 そう言いたげな様子である。



―――――――――――――――――――――――



 翌日、正面入り口前のエントランスへと私達は集合した、またはさせられた。

 意気揚々と鼻歌交じりで来ている者もいるが、

 大半は不本意ながらも、という気持ちを表情で表している。


「何故こんな事に……!」

「何で私まで……」


 アレクサンドラとサミュエル、対極の二人から同じ意味の愚痴が口を衝いて出る。

 一瞬互いに見合ったが、すぐにその視線を反対へ向ける。


「私が全力で戦ったら、この城タダじゃ済まないわよ。住処残す為にわざわざ場所変えてやるんだから感謝しなさいよね」


 邪神が何故この城ではなく場所を変えるかの理由を述べる。

 その言葉を聞き、ドラグノフもあの辺何も無いもんなー、と納得がいった様子である。

 以前は所構わず魔王やクレイスを痛め付け、城を破壊して回っていた暴風雨みたいな邪神であったが、

 ここ最近は少し落ち着いているように見える。こうして魔王に迷惑を掛けぬように少しばかり気遣いする程度には。


「鍛えるだなどと上から目線で話しおってからに……!」


 不快そうな表情を先程から浮かべっ放しの魔王だが、以前のように激昂して邪神に襲い掛かったりはしない。

 何度も何度も叩きのめされて、魔王も不本意ながら邪神の強さを認めている。

 勝ち目の無い戦いをする程、魔王も馬鹿ではないようである。


「我等の居ぬ間、城の警護は任せたぞ!」


 魔王はその身を翻し、城内に響く程の大きな声で指示を出す。

 甲冑や巨大な像が並んだ広間に魔王の声が響き渡る。

 この場には私達以外居ないのだが、魔王は一体誰に指示を出しているのだろうか?


「さっさと出発するぞ。クロノキアはここから東だ」


 邪神は私とアレクサンドラにフード付きのコートを手渡し、

 自身は子供の体格に合わせた同一の物を羽織る。

 この城に人間が居るのは魔王にとって都合が悪いだろうから、身を隠す為の代物である。

 私とアレクサンドラがそのコートを着込んだの確認した邪神は、正面の門へと向かう。

 私達はその邪神の後に続いた。

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