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65.墓標

スルメうめぇ

 一人の男が駆ける。

 黒い影の如く、肩で風を切り。目的地目掛け直進する。

 道無き道を走り、空高く跳び上がり、森を超え。

 白銀色の髪が風で靡く。

 少なくとも刀剣を3つも抱えた身重な装備にも関わらず、

 それを一切感じさせない軽やかな身のこなしである。

 目を細め、蒼紅のオッドアイで彼――先刻、レオパルドにてルードヴィッツと呼ばれた男が見詰める先。

 そこにあるのは、かつての爪痕。


 『破壊神』と『勇者』が戦い、『彼等』の物語が終わった地――



―――――――――――――――――――――――



 人の身であらば、一週間近くは掛かるであろう距離を半日足らずで踏破し、この地に立つ。

 その命を文字通り燃やし尽くし、戦った彼等の物語が残る地。

 もうここに来る事は無いと思っていた。


 ――いや、あってはならないと。


 動植物は無く、瓦礫すら見当たらない。

 見渡す限り何も無いこの地は、未だ忘れ得ぬあの『魔力』の痕跡を湛えていた。

 延々と残り続けるこの魔力から、今も尚この地に破壊神が居るという存在感を肌身に感じる。

 そう、奴はここに今も封印され続けている。されている筈。

 だがしかし、奴とその分身しか知り得ない憎悪の種。

 それが現に今、滅ぼされた後のこの世界に未だ存在する。

 予感はあの村の跡地で疑惑となり、レオパルドに居たあの魔族を直接確認して確信に変わった。

 第三者がこの術式を用いているならまだ良いのだが、その可能性は無いだろう。

 そもそもこの憎悪の種という魔法を知っている者など、破壊神とそれに仕えた者。

 もしくはそれを摘み取って回った勇者一行と憎悪の種の被害者程度だ。

 破壊神は組する者全てが討ち取られ、勇者達もまたその戦いの最中でその命を散らして逝った。

 被害者の数がどれ程居たかは分からないが、これ程の術式を理解出来る者が偶然近くに居た。

 そんな都合の良い状況がたまたまあったなど、考えるだけ無駄だろう。

 ならば答えは一つしかない。

 ここで封印された筈の破壊神が何らかの方法で動き出し、再びこの世界で暗躍している。

 これ程の魔力を放ち続けられる者など、破壊神の他を置いて存在しない。

 ――いや。かつてはもう一人存在したが、それは今関係無い事だ。

 その存在を確かめるように、背負った剣の柄を握り締める。

 刀身に巻き付けた布を解き放ち、鈍色の刀身が露になる。


 ……破壊神と相対するにはまず、この封印を破る必要がある。

 この剣の力を以ってすれば、切り裂く事は容易だろう。

 だが、そうして破壊神と相対してどうする?


 ――今の俺に、奴を倒す事は出来るのか?


 倒すという言葉の意味が、破壊神をこの世界から完全に消し去るという意味ならば、不可能だろう。

 かつて俺は、破壊神のその理不尽なまでの力量を間近で見続けてきた。

 初代勇者とこの世で呼ばれるようになったあの男とその一行ですら、この地に縛り続けるのが限界だったのだ。

 仮に初代勇者と俺が手を組んだとしても、同様に不可能だろう。

 だが、今の俺ならば。

 滅ぼすという意味での倒すは不可能でも、無力化するという意味での倒す事ならば可能かもしれない。


 ――何故俺は、こうも積極的に動いているのだろうか?


 ふと疑問が湧く。

 この世界の人や魔族、そんな者がいくら死のうが消えようが、俺には関係無い事では無いか。

 少なくともかつての俺はそう考え、その通りに行動してきた。

 ――この俺もまた、奴とその仲間のように。変わったのかもしれんな。

 自嘲気味の笑みが零れる。

  

 何も無いその空間に向けて、剣を構える。狙うは、中心点。

 この世とこの世ならざる地を結び付ける、術式の結合点――!

 一歩左足を踏み込み、腰を落とす。

 両手でしっかりと剣の柄を握り、真横一文字に剣を振り抜く!

 何も見えない、何も存在しない筈のその空間に、抵抗するかの如く青い光が迸る。

 封印の楔となっている根元の術式を、力任せに両断する。

 抵抗を切り裂き、破砕音が何も無い空間に響き渡る。

 そこには、破壊神と呼ばれた――



 ……可能性の一つとしては考えていた。

 だが、いざその可能性が今の現状だと知ってしまった今。やり切れない気持ちになる。

 封印を切り裂き、無力化した。

 そこには破壊神が存在する、していなければならなかった。

 だが、そこには破壊神の残り香以外の何者も存在していなかった。

 楔を切り裂いた事で、この地にも風が吹き抜けるようになった。

 数百年振りにこの地を撫でた風が、破壊神の残り香を吹き消した。


 ――破壊神を討ち取る為に、命を散らした勇者達の英雄譚。

 その命を賭した封印は、何の意味も無かった。

 奴等の死は、ただの犬死にだった。


 ――犬死にだと?

 かつての俺を打ち負かした男が、何の意味も無く死んだだと?

 唯一この俺に黒星を付けた男の形見――手にした剣に握り潰さんばかりに力が篭る。

 あの男の死が、犬死にであってたまるか。

 破壊神よ、貴様は倒されねばならない。

 欺き、逃げ果せたというのならば。今度は俺が貴様を倒すのみだ。

 地の果てまで追い掛けて、必ず貴様を倒す。

 そうしなければ……一体、一体奴は何の為に死んだんだ。

 この世界は、勇者によって救われた。

 物語の結末はそうあらねばならない、そうだろう?


 破壊神は今もこの世界の何処かで暗躍している。

 今の所目立った動きが無いのは、恐らくまだ本調子ではないからだろう。

 なら俺にとって好都合、何も全快するまで待ってやる義理は無い。

 とはいえ、手掛かりは無い。虱潰しの捜索になるな。

 最早この地に用は無い。

 彼等の墓標たるこの地は、このまま静かに自然に帰るべきだ。

 魔力を込めた脚で駆け出し、俺はこの地を後にした。

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