63.集合
黒衣の男――ルードヴィッツと邪神に呼ばれた男は黙して語らない。
しかしながら目の前の見た目は子供、中身は邪神。その名はアーニャ……から視線を切らずに注視している。
見た目が子供だからと見くびる事も無く、されど逃げ出す訳でも無く。
不可解な物を見たような様子でアーニャを興味深く観察している。
しかしそんな様子見に邪神が付き合う義理は無いと言わんばかりに地を蹴り、ルードヴィッツ目掛け弾丸のように飛び出す。
拳に魔力を乗せ、唸り声を上げつつルードヴィッツに拳を叩き込む。
その一撃をルードヴィッツは両腕を交差させ、腰を落とし受け止める。
とても拳から放たれたとは思えない程の衝撃音が辺りに響く。
一撃を受け止められたが、邪神はそのまま身体を捻り左足で蹴り上げ気味に蹴撃を放つ。
拳以上の一打の為か、ルードヴィッツは防御姿勢こそ崩さなかったが大きく後ろへ蹴り飛ばされる。
構えを解き、一瞬邪神を見やったが。何かに気付いたかのように視線を邪神から上へ向ける。
鞘から再び紅く揺らぐ剣を引き抜き、飛来したソレを剣の峰で受け止める。
緑と赤の入り混じった長髪を風に乗せてなびかせ。
朱槍を構え、ドラゴン特有の双翼を持ちいて高空からその一撃を見舞う。
気付かれた事は然程気にしてはいなかったが、自らの渾身の一打が避けられるのではなく受け止められた事に驚くドラグノフ。
即座に翼を打ち鳴らし、ルードヴィッツから一撃離脱の要領で大きく距離を取る。
「よう、ちびっこ! 何か面白そうな奴と戦ってんな! あたいも混ぜろよ!」
とても楽しい玩具を与えられたかのように、目を輝かせながらドラグノフは邪神へと提案する。
新手が現れたが、男はさして問題とは思っていないのか。未だその表情は無表情を保ったままである。
「もう、何なのよこの喧しい声は……それと、誰よコイツ? アンタ達の知り合い?」
城内に響く警報音と戦闘音、その音に半ば追い出され半ば誘われといった具合で。
不機嫌そうに黄金色の瞳を邪神とドラグノフへ、そこからルードヴィッツへ向けて滑らせる。
ウェーブの掛かった金髪をかき上げ、大胆に素肌を晒した姿でカーミラはルードヴィッツと対峙する。
冬にその格好で寒くは無いのだろうか?
「カーミラさん、露骨に私を無視しないで下さい」
「ん? あぁ、居たんだクレイス」
「居ましたよ最初から!」
「――何だ? 貴様は」
カーミラとクレイスのやり取りを遮り、ルードヴィッツはその場の誰に聞くでもなく呟く。
視線が邪神に向いている為、ルードヴィッツのこの言葉は邪神に対してなのだろう。
「ん? って、サミュエル……? そんな所で何してんのよ?」
「そうだった……! 魔王様! 一体何が――」
視界の端に身動き一つ取らずに硬直する魔王が映り、不思議そうにカーミラは尋ねる。
ハッと思い出したかのようにクレイスがそれに続く。
「何だ? はコッチの台詞だ。――お前、魔王に何をした?」
ルードヴィッツの問いに、邪神は質問で返す。
「――まぁ良い。直接確かめれば良いだけだ」
「質問に答える気は無い、か。そうよね、敵に聞くだけ無駄だものね」
ルードヴィッツはクレイスにではなく、邪神に向けて再び歩みだす。
そんな相手のペースに合わせる気は毛頭無いと言わんばかりに再び地を蹴り、ルードヴィッツに詰め寄る。
ルードヴィッツの手にした刀剣と、邪神の拳がぶつかり合う。
まるで鉄塊同士がぶつかったかのような鈍い金属音が轟く。
拳を引き、身体を捻り。
回し蹴り、身を屈めての掌底、アッパーと怒涛の肉弾戦をルードヴィッツに仕掛ける邪神。
対しルードヴィッツは攻撃する気を一切見せず、無表情のまま淡々と邪神の攻撃を刀剣で防ぎ続ける。
「今度は何考えてるのよ? 破壊神なんかに協力してさぁ! 世界を滅ぼす手助けなんて正気じゃ無いわね!」
邪神の言葉にルードヴィッツは答えない。
しかし無表情のルードヴィッツがその言葉で僅かに表情を曇らせる。
「破壊神って……何言ってるの?」
「おいそっちの槍持った奴! その槍でそこで固まってる魔王を叩いて来い!」
カーミラの問いを無視し、邪神はドラグノフに指示を出す。
ドラグノフは頭に疑問符を浮かべつつも邪神の言葉に従い、魔王の元へ駆け寄る。
「あとそこの優男とデカチチ! この黒尽くめの馬鹿ぶっ倒すから手を貸せ! 貸す気が無いなら尻尾巻いてどっかに引っ込んでろ!」
「優男……」
「デカっ……随分今回は口が悪いわね」
カーミラへの蔑称よりはマシ、といった具合の微妙な表情を浮かべるクレイス。
「アンタを巻き込んでも良いってなら手伝ってやるわよ?」
「巻き込まれる程、私は弱くないから」
眉をピクピクと動かしつつ、身体的特徴で呼ばれたカーミラは怒りを抑えつつも邪神に加勢する事を告げる。
ルードヴィッツ目掛け、飛び蹴りを放ちつつ。
カーミラの攻撃など容易く避けられる、そう断言する邪神。
そんなやり取りの横で、明後日の方向へ勢い良く転がっていく魔王サミュエル。
ドラグノフの手にした槍、ガジャルグで魔王の身体を叩いた途端。
凍り付いた時が動き出したかのように、魔王は何も無い場所目掛け剣を降り抜いていた。
その様子に向けてルードヴィッツは僅かに視線を投げる。
「余所見なんて舐めた真似してんじゃないわよ!」
小柄な体躯を生かしてルードヴィッツの懐に潜り込んだ邪神は、怒鳴り声と共に渾身の正拳突きを放つ。
剣による防御を許さない、精確に放たれた邪神の一撃は。
ルードヴィッツの下腹部に重い音と共に突き刺さった。
新年明けましたおめでとうございました




