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62.ルードヴィッツ

今日は俺の誕生日だぜー!ヒャッハアアアァァァ!!

 魔王の居城の外壁が轟音と共に爆ぜる。

 同時に吹き上がった真紅の爆炎が天より注ぐ白を一瞬で消し去る。

 響き渡る剣戟音、崩落した城の外壁が地面の積雪を巻き上げ白煙と化す。

 魔王の放った剣閃の余波が、舞い上がった雪を薙ぎ払う。

 白い靄の中から現れる、二人の影。

 魔王の一撃を受け止め、鍔迫り合いになる程に肉薄する黒衣の男。


「ほう、魔王たるこの私の一撃を避けるでなく受け止めるとはな。単身魔王城に忍び込むだけあるな」

「――今代の魔王か」


 淡々と確認するように呟く黒衣の男。


「退け。貴様に用は無い……あるのは」


 黒衣の男は視線を魔王から外す事無く、その手にした鉄の剣を自らの頭上目掛け片手で降り抜く。


「何ッ!?」

「この男だけだ」


 黒衣の男目掛け、魔法によって生成された剣を刺し貫くように空中から飛び込んだクレイス。

 死角の頭上から飛び込んだにも関わらず、あっさりとその一撃を感知される。

 刃と刃が交わり、一瞬だけ肉薄する。

 だが自らの体重を乗せた空中からのクレイスの一撃より、黒衣の男が片手で易々と振り抜いた一撃の方が重く。

 クレイスの手にした魔法剣が掻き消され、その身体を空中に再び放り出され、体勢を大きく崩す。

 何とか受身を取り、魔王の元へと着地するクレイス。


「病み上がりの身体で無茶をするなクレイス」

「魔王様、先程は助かりました……あの男に見覚えは?」


 魔王はクレイスの言葉を受け、目の前の黒衣の男に視線を向ける。

 足元から首まで黒一色で統一されたその姿を一瞥し、断言する。


「知らんな。大方私の命を狙って放たれた人間共の刺客か何かだろう」

「生かして捕らえたい所ですが、あの男中々の手練ですね。生け捕りは少々面倒ですね」


 魔王とクレイスの会話に何を言うでも無く、特に動く事も無く。

 ただ静かにその姿を観察する黒衣の男。

 両者を鼻で笑い、手にした剣の刀身を再び布で包み込み、その剣を背負う。


「魔王の名も廃れたな、この程度か」


 落胆しつつも、黒衣の男は再びクレイスに足取りを向ける。

 その目線はクレイスにのみ向いており、魔王は眼中に無い。

 男の態度が魔王の逆鱗に触れたか、はたまた病み上がりのクレイスを守る為か。

 魔王は男目掛け踏み込み、ティルフィングを男目掛け横薙ぎに叩き付けるかのように振り抜く。

 それに対し男は、慣れた手付きで腰に帯剣した剣の一本を鞘から引き抜く。

 燃え盛る大火をそのまま閉じ込めたかのような緋色の刀身が、容易く魔王の剣閃を受け止める。

 男の身体は身じろぎ一つ見せず、クレイスに向けられた歩みが止まる事も無い。

 自身の一撃が男に何の影響も与えられなかったという事実に、魔王は困惑の色を露呈する。


「二度は言わんぞ」


 先程の自身の言葉を再び強調するように、男は魔王に視線を飛ばす。

 並の者ならば怯むだろうが、今ここに居るのは並みの者では断じてない。

 この世の魔族を統べる魔族の王、絶対的な強者の称号。

 魔王の名を冠した者、魔王サミュエルなのだ。


「踊れ炎魔の精、フレイムトルネード!」


 刃が届かぬなら魔法で、と言わんばかりに黒衣の男目掛け魔法を放つ。

 魔王の足元から火花が爆ぜ、巨大な炎の竜巻となって魔王の周囲を焼き払う。

 迫る炎の突風を目の前に、男は小さく溜息を付く。


「――警告はしたぞ」


 男は空いた片手で腰に携えたもう一振りの剣を引き抜き、両手で剣を構える。

 青く冷たい輝きを放つ剣であり、既に手にした紅い剣とは対照的な存在である。

 片手の一刀を逆手持ちへと持ち替え、腰を低く落とし、胴を強く捻る。

 迫る炎の渦に表情一つ変える事無く、その両手に携えた二本の剣を勢い良く一閃する!

 青と赤の残像が交わり、熱風と衝突する。

 まるで何の抵抗も無かったかのように魔王の放った炎の渦は逆袈裟に切り裂かれ、その効力が霧散する。

 勢いを保ったまま男は魔王目掛けその刃を伸ばす。

 その軌道に合わせティルフィングで一撃を受け止める。


 魔王の表情が歪む。

 男の放った一撃は想像以上に重く、構えが崩される。

 手にしたティルフィングが弾かれ、魔王の手から滑り抜け宙を舞う。

 その直後に迫る二撃目。逆手の刃が無防備の魔王の首筋に伸びる。

 刃は魔王の首筋でピタリと止まった。

 鈍い音を立てて宙を舞ったティルフィングが大地へと突き刺さる。

 薄皮一枚切り裂き、首筋に薄っすらと血が流れる。

 魔王はその場から跳躍し、弾き飛ばされたティルフィングを再び手にする。

 魔王の表情に露骨な怒りが浮かび上がる。


「貴様――! 一体何のつもりだ!」


 魔王の問いに男は答えない。

 魔王に背を向け、クレイス以外に興味は無いといわんばかりの態度で答える。

 雄叫びを上げ、男に猛進する魔王。

 うんざりした表情を浮かべつつ、再び男は魔王に身体を向ける。

 両手に携えた剣を鞘に収め。静かに手を伸ばし、魔王の身体に触れる。


「タイムプリズン!」


 ただ一言、男は言い放つ。

 怒りの形相とティルフィングを頭上から振り降ろさん構えのまま、魔王は不自然にその場で硬直する。

 まるで魔王だけ時の流れに取り残されたかのように、瞬き一つせず沈黙した。

 踵を返し、まるで信じられない物を見たような表情を浮かべたクレイスへ再び歩みだす。

 男の動向に意識を取り戻したクレイスだが、既に男の手がクレイスの身体を掴んでいた。


「余計な邪魔が入ったが再び聞くぞ、貴様はあの男と何処で出会った?」


 強い意志が篭った腕が、クレイスの片腕を潰さんばかりに握り締められる。

 痛みに唸りつつも、クレイスは問いに答える。


「くっ……! 何なんだ貴様は……! あの男とは誰の事を言っている?」

「とぼけるか……いや、待てよ?」


 何かに気付いたかのように思慮を巡らせる黒衣の男。

 視線を落とし、何かに感付き再びクレイスを睨む。

 何もかも見透かすような、蒼と紅の眼がクレイスの身体を刺し貫く。

 不気味な視線に何か底知れぬ不安を感じたか、クレイスの身体に震えが走る。


「――やはり、か。となれば先ずは……」


 男の独り言と思わしき発言は、真横から飛来する小さな影によって中断させられる。

 その動きを察知し、咄嗟にクレイスを突き放し。その場から後ろへ飛び退く。


「良くもまぁそのツラぶら下げて私の前に出て来れたもんねぇ……!」


 クレイスは声のする方向を探し、その視線を下に向ける。

 指の関節が乾いた音を立てて打ち鳴らされ、およそ少女の物とは思えぬ低く威圧感のこもった声が黒衣の男に向けられる。


「ルードヴィッツとか言ったわね、私の邪魔をするなら誰だろうとぶっ飛ばす!」


 クレイスの前に飛び込んだ小さな影の正体。

 それは以前、秘術によってその身に邪神を宿した人間の子供――アーニャであった。

祝ってくれる人なんて居ないぜー!ギャアアアアアァァァァ!!

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