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59.交霊術

「――死人がこの娘の中に居る?」


 囚われの勇者アレクサンドラは私が監視すると言い切っただけあり、カーミラの居城たるカーンシュタイン城跡に居た。

 囚われのとは言ったが別に牢屋に繋がれている訳ではなく、彼女は魔法の光が照らす蔵書庫にて椅子に座っていた。

 暇なのか不服そうに頬杖を付いている。

 相変わらず髪型には無頓着なようで、髪の一部が跳ねている。

 みっともないので櫛で梳かしたい。

 それはさて置き、勇者様である彼女ならばアーニャの状態の事を何か知っているのでは?

 そう思い立ったので彼女に今までの出来事を話した。


「そのような事をアーニャ、ではなくて邪神が言ってまして」

「あの魔王サミュエルと肩を並べて歩いてたから人質にしては扱いがおかしいとは思ってたけど……いや、肩を並べてないか」


 今は元に戻っているアーニャをアレクサンドラは流し目で見下ろす。

 身の丈2メートル近いあの魔王と肩を並べるという表現は確かに変だな。

 アレクサンドラは頬杖を付いたまま視線を虚空に泳がし、低く唸る。


「んー……でも私は得意な魔法をとことん磨くタイプだったからなぁ……そんな魔法聞いた事無いわね……」

「勇者様でも知らない魔法が存在するんですか」

「勇者は勇者、神様なんかじゃ無いからね。そりゃ苦手な事の一つや二つあるわよ」

「あら、二人とも揃ってどうしたの? 脱走の相談?」


 声のした方向に視線を向けるとそこには女性の豊かな二つの山が。

 ちょっとカーミラさん近いです。


「いえ、そんな事ではないのですが」

「じゃあ何を話してたの?」


 相変わらずカーミラはスタイルが良いな、じゃなくて。

 どうしようか、勇者であるアレクサンドラが知らないとなるともう相談する相手が……


「大した話ではありませんよ」

「じゃあ聞いても問題無いわよね」


 カーミラが妙にしつこい。

 どうしよう、カーミラに相談するべきなのだろうか?

 彼女は魔法に精通しているようだし、クレイスやサミュエルのように人間を敵視していない、寧ろ友好的にすら見える。

 彼女になら話しても悪いようにはしないのでは? だが、以前彼女は自分を魔族だと自称していたし……


「聞くだけ時間の無駄だと思いますよ」

「世界で一番時間の価値が安い私に時間の無駄を語るとはね」


 駄目だ、振り切れない。

 カーミラは日頃の様子から伺うに、自分のしたい事は余程の理由が無い限り押し通そうとする様子が見られる。

 彼女の目が正に今その状態になってる。


「……実はですね」


 口達者や頭の回転が速い人ならこの状況を誤魔化す術を思い付くのだろうが、

 生憎どちらでもない私は観念して口を開いた。



―――――――――――――――――――――――



「それって、交霊術の類じゃないかしら?」


 私の話から割りとあっさりカーミラは何かに気付いたようだ。

 変に悩まないでさっさと相談すれば良かった。


「交霊術?」

「交霊術とは何だ?」


 アレクサンドラとほぼ同時に疑問を口にする。

 タイミングが合ってしまったせいで勇者との間に妙な空気が流れる。


「交霊術ってのは霊と交わると書いて、その通りの意味よ。死者と対話が出来るって言う術の事ね」

「死者と交わるだと? やはり魔族は考え方が野蛮だな、死者を愚弄するとは」

「はーい魔族差別禁止、そういう事言ってると嫁入り出来ないわよ」

「生憎だが私は人々の為、故郷の為に戦うと誓ったのだ。嫁などという物に興味は無い」

「可愛い顔してんのに性格は可愛くないわね……」

「あの、それで交霊術の件なんですが……」


 話が横道に反れそうだったので本筋に戻るように促す。


「え、ああそうね。そんな術が存在するとは何処かで見た気がするけど、正直胡散臭過ぎて興味無かったのよね」

「確かに信じられないですね、そんな魔法があるとは思えませんよ」

「でしょ? 自称交霊術の使い手なら今まで何度も見てきたけど、そもそも本当に霊と対話してんのか傍から見ても分からないし」

「霊と話してる振りだけなら、それこそ子供にだって出来るからな」

「俺は霊と話してるんだぞー、って言われてもねぇ」


 カーミラの説明にアレクサンドラが続く。

 どうやら交霊術というのは相当眉唾な存在のようだ。


「それに、アーニャちゃんが豹変する時は魔力の質も変貌する事位、私はとっくに気付いてたわよ」

「そうなんですか?」


 魔力の質と言われても、魔法はからっきしなので。


「だからアーニャちゃんに掛かってる術が交霊術の可能性も既に調べたわ、だけどそれじゃ説明が付かない点があったから除外してたのよね」

「……ああ、そういう事か」


 どうやらアレクサンドラは何か気付いたようで、一人で納得している。


「もし交霊術が本物だとして、交霊術は死者の霊と対話するだけの能力にしか過ぎないわ」

「説明が付かないのは、あの魔王すら従わせるその戦闘力、だな?」

「アレクサンドラちゃん正解」

「ちゃんはやめてくれ」

「10点あげるね」

「何の点数だ」

「10点獲得のアレクサンドラちゃんの言う通りよ、死者と話せる? だからどうしたの? そんなんじゃ魔王は倒せないよ? って訳」


 言われてみればそうだ。

 死者と話せるとして、会話する相手がどれ程の偉人天才現人神であろうと。

 この世に生きる全ての人間の敵にして最強の象徴たる魔王を下すなど出来る訳が無い。

 会話した所で出来るのは助言だけだろう、助言だけで魔王が倒せるなら苦労しない訳で。


「私にもそれだけの力があれば……」


 自身への落胆を露呈させつつ、アーニャを羨ましそうにじっと見詰めるアレクサンドラ。

 アーニャはその視線を不思議そうに思い小首を傾げる。


「――でも、邪神である本人がそう言ったのよね?」

「はい、そう言ってましたが」

「うーん、あれだけの力があるなら嘘を付くなんて馬鹿馬鹿しい事する必要性が無いだろうし、本当の事なのかしら……?」


 自らの白い指先で、唇をなぞりつつ考えに耽るカーミラ。


「もしかして、複合術の類……? でも眉唾と高等術の併せ技って……うーん、これはちょっとクレイスのヤツを締める必要があるかしら?」


 物騒な事を独り言で呟きつつ更に深く考え出すカーミラ。

 これ以上ここに居ても私に出来る事もする事も何もなさそうだ。


「そろそろ帰ろうかアーニャ」

「うん、わかったー。アレクサンドラおねえちゃんバイバイ」

「えっ? ああ……バイバイ」


 大振りで手を振るアーニャに気付き、咄嗟に手を振り返すアレクサンドラ。

 駆け寄ってきたアーニャの手を取り、古書の香りが充満する蔵書庫から薄闇の通路へ向かい、私とアーニャは帰路へと着いた。



―――――――――――――――――――――――



 抑えようとして中途半端に情けなく漏れたクシャミの音が魔王の執務室に響く。


「どうしたクレイス、風邪か?」

「申し訳ありません魔王様……少々埃が舞ってしまいまして」

「うむ……掃除したい所だが、ここには機密書類の類もあるからな。従者の手を入れる訳には行かぬし……」

「掃除する暇も無い、ですしね。最近は邪神が大人しくなったのに反比例するかのようにドラグノフさんが余計な仕事を増やしてくれるお陰で暇が無いですよ」


 執務室に乾いたノックの音が響く。

 クレイスが入室を許可し、立派な角を持った褐色肌の魔族が執務室へと入室する。


 引き攣った表情で、大量の書類を持って。


「し、失礼します。ドラグノフ様が壊した城内備品の請求書ですが――」


 執務室に、嘆きの声が轟いた。

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