57.彷徨う影
パルメハイン村跡地。
雑草がまばらに生えた大地が深々と抉られ、地面にはおびただしい量の真新しい血痕が残されている。
新たな争いの爪痕が癒えぬこの地に、一人の男が訪れていた。
背丈は高い。身の丈2m近くはありそうである。
衣服の上からでも分かる筋骨粒々のその体躯に、黒のトレンチコートを羽織っており。
それに色を合わせるかのように全身を黒の装束で覆っている。
とても男の物とは思えぬ、きめ細かいセミロングの銀髪を風に靡かせ。
その蒼と紅の左右で色の異なる目で、目的地以外を一切視野に入れずに真っ直ぐ突き進む。
黒い軍靴の足音が、男の目的地で止まる。
視線を足元に落とす。
男の足元には叩き折られた剣――クレイスが所有していた剣があった。
その身を屈め、折れた刀身を手に取り注視する。
何かを探っているように見えるが、男の表情からその真意を読み取る事は出来ない。
手にした刃を地面へ転がし、静かに立ち上がる。
「――血の臭いに誘われたか」
呟くように男の口から言葉が流れ出す。
オッドアイの視線を横へ向けると、そこには何処から現れたか。魔物の群れが存在した。
数は恐らく数十匹程。
どす黒い体毛に覆われた野犬のような風貌であるが、問題はその大きさである。
一頭一頭が男の身の丈の3倍はあろうかという巨体を誇り、
その肉食動物特有の鋭い牙が覗く口は、牛すら丸呑みに出来そうな程に大きく裂けている。
男が呟いたように、血の臭いに誘われたのだろう。
魔物は腹の底から不気味に唸り声を上げる。
その目は獲物を狩ろうとする野生動物の持つ鋭い眼光を放っている。
魔物のその巨体からは想像も出来ないような機敏な動きで、円を描くように魔物が男の周囲を取り囲む。
だが、男に焦りや恐れの類は見受けられない。
――男の背には、剣らしき物が背負われている。
鞘ではなく布に包まれたその刀身に、革のベルトが拘束具のように巻き付いている。
布に包まれず覗いている柄には特に名剣らしい輝きは見られず、黒くくすんでいる。
黒い指貫の革手袋を締め直し、男が背負った剣の柄に手を伸ばそうとするが。
その手をピタリと止め、ゆっくりと腰元に落とす。
「必要無いか」
男は腰に携えた二本の剣の内、一振りを抜剣する。
青く、神秘的な煌めきを放つその刀身は、剣の価値が判らぬ者でも一目で名剣だと悟れる程の存在感を放っている。
抜剣した男の身動きに一瞬、魔物の群れは身体を震わせたが。
次の瞬間、魔物達は一斉に男へと飛び掛かった!
群れで暮らす魔物らしく、統率された見事な動きである。
岩すら噛み砕きそうな強靭な顎と、鋭利な牙が男の身体へと伸びる!
――男は、意に介さず目を閉じた。
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「――レオパルド、か。またあの地へと赴く事になるとはな」
男は脇目もくれず、魔族の支配する地……レオパルドへと足取りを向ける。
肩で風を切り、何事も無かったかのように歩みだす。
――野犬の姿をした魔物の群れは、断末魔の悲鳴を上げる暇すら無く。
一頭残らずその全てが、輪切りにされた肉塊の山と成り果てた。
THE☆厨二病降臨。




