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56.奇跡の時



 ――声が聞こえた。



「人間が憎いですか?」



 憎いに決まっている。

 何故私達がこんな目に遭わせられねばならないのだ。

 私の故郷を、知人を、家族を。

 愛する者を奪った人間が憎い。



「貴方の故郷を、家族を奪ったのは人間です。仇を討たねば、彼女達も報われないでしょうね」



 そうだ、その通りだ。

 せめて、シアの無念を晴らさねば、彼女の死が無意味になる。



「押さえ込む必要などありません、悪いのは相手なのですから。さぁ、存分に後悔させてやりましょう」



 誰の声だったのだろうか?

 何時、何処で聞いたのかも思い出せない。

 だが、その言葉は嘆きの洪水に為す術なく流され、溺れもがいていた私を救ってくれた。

 抗う事を止め、憎しみに身を委ね、人間を殺し続けた。

 そんな事をしても、シアが蘇る訳ではない事など分かっている。

 憎悪という名の黒い濁流は止め処もなく溢れ続け、纏わり付き、心を焼き続けた。

 黒い汚泥のような感情が、身も心も蝕んでいく。

 泳ぐ事、抗う事を止めた私には何処を進んでいるのかも、何処に向かっているのかも分からない。

 四方はとうに闇に包まれ、何も見えなくなっていた。



 ――私は貴方に復讐なんて望んでない。



 黒の濁流の中、何処かで声がする。

 声のする先に目を向ければ、蛍火よりも微かな光。



 ――確かに私達を襲った人間は悪い奴かもしれない、だけど全ての人間が悪い訳じゃない。



 光は徐々に強く、光明が闇を裂く。

 誰の声だろうか?

 酷く懐かしい感じがする。



 ――貴方がやっている事は、この村を襲った人間と同じ事じゃない!



 光の先から、声が聞こえる。

 この声を、私は知っている。

 もう二度と聞く事が出来ないその声……


 光に向けて、歩みを進める。

 憎しみと嘆きの声が身体に纏わり付くが、振り切って前へと進む。

 そこに行かねばならない気がした。

 大切な何かが、そこにある気がして。


 光が膨張し、闇を消していく。

 眩く輝くその光に対し、思わず腕をかざし目を覆う。


 ――世界が、白に包まれる。



―――――――――――――――――――――――



 光が収束し、眩い光明も鳴りを潜めた。

 腕を下ろし、前を向く。

 色素が抜け落ちた世界だが、そこには見知った光景があった。


 切り倒した木材で簡単に組み立てただけの簡素な家屋。

 空まで覆うように張り巡らされた枝葉に、それを支える一本の大樹。


 私の故郷、パルメハイン村だ。

 焼け落ちた筈の家屋はその当時の姿を取り戻し、

 村には住人であるエルフ達が道端で談笑し、子供達が枝を剣に見立てて振り回している。

 しかし、私の存在に気付く者は居ない。

 まるで何も見えていないかのように振る舞い、

 道行く者に手を伸ばせば手の中を通り抜けて行く。

 ここは一体何処なのだろうか?

 村の中を進み、辺りを見渡す。

 相も変わらず灰色の世界であり、音も無く、匂いもしない。



「――クレイス」



 私の名を呼ぶ声が聞こえる。

 大樹の根元の方から、静かに誘うように。

 確かに聞き取れた、彼女の声の元へその足を向ける。



 村の中心であった大樹の根元に、彼女は居た。

 風景同様、彼女からは色が消え失せていたが。それでもその顔を忘れる事は無い。


「――シア、なのか……?」


 呟き声が零れ落ちる。


「シア……うん、きっとそう……なんだよね?」


 風景に皹が走り、砕け散る。

 何も無い空間に、私と彼女だけが取り残される。


「もう、自分の名前も思い出せない。私の家族の名前も、顔も。自分が生まれた季節さえも」


 一度風が吹けばそのまま消えてしまいそうな程に儚い笑顔を浮かべるシア。


「でもね、最期まで貴方の事だけは忘れないよ。貴方の名前はクレイス」

「何でお前がここに……? お前は、確かにあの時……」


 死んだ。

 そう続けようとした言葉を飲み込む。

 言ってしまえば、何かが終わってしまう気がして。


「――ごめんね、クレイス。私、もう殆ど何も覚えてないんだ」


 申し訳無さそうに視線を外すシア。

 しかしすぐに視線を元に戻す。


「貴方が進むその道を阻む、それだけを考えてた」


 シアが歩み寄ってくる。

 その希薄な存在が、吐息が掛かる程の距離まで。


「結局最後は誰かに助けて貰っちゃったけどね」


 笑顔を浮かべ、残念そうに頬を掻くシア。


「――私ね、もうすぐ本当に消えちゃうんだ」

「消える……?」

「でも、後悔はしてないよ? 私がどういう人だったか覚えてないけど、きっと望んでこの道を選んだ筈だから」


 灰色のシアの身体が、崩れ始める。

 先程の景色と同じように、砕けて散って行く。

 観念したように最期の別れを切り出すシア。


「もう、時間みたいだね。最期に一つだけ約束して欲しい事があるんだ」

「約束って、何だ?」

「――人間を憎むなって言っても、多分無理だろうから。憎んでても良いから、これ以上その手を罪の無い人達の血で汚さないで」

「そんな事――」

「お願いだから!」


 声を遮り、突き付けるようにシアは言う。


「お願いだから……もう、これ以上……私達のような人を生まないでよ……!」


 顔を伏せ、今にも泣き出しそうな悲痛な声を上げる。

 答えを待つシアの身体は、時の無常さを伝えるように崩壊を止める事は無い。


「――シア」


 ゆっくりと、口を開く。

 もうすぐ彼女は……消える。


「今すぐは、無理かもしれない。私の全てを奪ったのは人間達だ、決して許す事は出来ない」


 未だ顔を伏せたままのシアの表情は窺い知る事は出来ない。


「だけど、それを約束する事でシアが安心出来るなら――」


 ――シアは、死んだ。

 だが死して尚、私の前にこうして存在する。

 どうして彼女がここに居るのか、理由は分からないがとにかく存在する。

 なら、今の私に出来る事をしてあげたい。

 それで彼女が救われるなら、それが彼女の願いだと言うなら……


「約束するよ。もう、シア達を言い訳に人間を殺したりしない」


 その言葉が耳に届いたのか、シアは顔を伏せたまま目元を手で拭う。

 顔を上げ、こちらの目を真っ直ぐに見詰める。


「……うん、ありがとうクレイス」


 死期を悟らせないような満面の笑顔で、礼を言うシア。

 その身体は、もう大半が消え失せている。


「最期の奇跡の時間もこれでおしまいだね、もっとクレイスと一緒に居たかったけど、そうもいかないよね」



 ――さようなら、クレイス。



 シアの別れの言葉が発せられた直後、身体が完全に砕け、果てる。

 砂粒となって消えて行くシアの身体を見届けた後、

 そこで私の意識は途絶えた。

この物語の主人公って誰なんだろうか?

書いてる本人がまるで分かってない。

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