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53.共闘

 憎悪の種を宿し、己が負の感情に身を任せ。

 目に映る全てを破壊せんと攻撃魔法を吐き出し続けるクレイス。

 黒い槍が二度三度と飛来するが、点の攻撃である分回避は容易い。

 この攻撃が続いている限りは、種の宿主であるクレイスは生きている。

 だが先程の攻撃でクレイスには重傷を与えており、胴体には痛ましい傷跡が刻まれたままだ。

 その身を動かす都度、身体を伝って足元に血の池を作り続けている。

 早急に手を打たねば、クレイスの命が無い。


「……良いのか?」


 槍を引き抜き、再び槍を構え戦闘態勢を取るドラグノフが、私に背を向けつつポツリと呟く。


「あの野郎は心底人を憎んでた。クレイスを助けたらまた人間を殺すぜ? だったらいっそ、ここでくたばらせてやった方がちびっ子としちゃ有り難いんじゃねえのか? お前は、人間なんだから」

「――確かにな」


 ドラグノフの言う事は、ある意味とても正しいのだろう。

 クレイスは、魔族だ。私達人間に敵対し、その命を奪う者だ。

 彼をこの場でそのまま殺してしまえば、ひいてはその後彼に殺されるはずだった人々の命を救う事になるのだろう。


「ドラグノフ、アレの正体を教えておこう。あの黒い霧の正体は、憎悪の種と言う」

「憎悪の種?」

「憎悪の種はその者が抱いた負の感情を増幅していくが、決して負の感情を抱かせる物ではない」


 クレイスに仕掛けられた魔法は、生まれた負の感情に水を与え、肥料を撒き、大きく育つように仕向ける物だ。

 成長を促す物ではあっても、決して有りもしない負の感情を無理矢理植え付ける代物ではないのだ。


「即ち、クレイスが人を憎み恨む感情は本物だという事だ」

「種だか何だか知らねーけどさ、だったら尚の事……」

「だが、誰にだって誰かを恨んだり妬んだりする感情はあるだろう。この世に生きる命が全員聖人君子でもない限りな」


 あの魔法がこの時代に存在するという事は、

 消し去ったはずの憎悪の種を再び撒く存在が現れたという事だ。


「アレはクレイス自身が気付く事も無く、その心を縛り続ける外道の術だ。私にはあの憎悪の種を根絶やしにする責務がある」


 傷付き、悲しみ涙する。

 それは人として当然の感情だ。

 しかし、時に人は涙を堪え、悲しみ背負って立ち上がる事が出来る。

 だが、憎悪の種は誰しもが持っているはずのその強さを奪い去る。

 だから私はあの存在を許さない。

 己の感情という誰にも支配出来ない自由な存在を縛る、あの憎悪の種を許さない。


 ――さて、どうするか。


 感情論だけではあの種は倒せない。

 あの憎悪の種を滅ぼす為に、以前は私の仲間であった一人の力を使用した。

 その力は過去に例の無い特殊な力であり、どんなモノでも消し去るという驚異的な力だ。

 感情が可視化されているだけのあの黒い霧状の本体は、どれだけ攻撃を撃ち込もうとも消える事は無い。

 当然だ、感情などという物に形は存在しないのだから。

 その形の無い物ですら消し去れるのが彼の力だったが、今この場に彼はいない。

 そしてどういう訳か、『私達』の中にもいない。

 あの種を滅ぼす手段が、私には無い。


 ……いや、待てよ?


「ドラグノフ、お前が戻ってきてくれたお陰であの憎悪の種を討つ目処が立ったぞ」


 破魔の槍、ガジャルグだ。

 ドラグノフが振るうこの槍には魔を破る、破魔の力がある。

 彼の力には到底及ばないだろうが、こと憎悪の種に対してだけであれば彼と同じ事が出来るのでは?


 これで駄目ならば――


「あの黒い霧の中に、一際魔力が集中している箇所がある。そこをお前の槍で攻撃しろ」

「魔力がって、そんなのあたいに言われてもわかんねーよ」


 彼女は魔法が不得手なタイプか、参ったな。

 さてあの位置をどう伝えたものか。


「何かあの霧の中に妙な感じが集中してる場所なら何となく分かるけどよ」

「……多分そこだ。その場所をその槍で突いても斬っても良い、とにかく一撃を入れろ」

「それだけで良いのか? まぁ分かり易くて助かるけどよ!」


 魔力というものが分からずとも、戦士の経験がその存在を感知させたのだろうか?

 何にせよこれで彼女に伝わったと思いたい。


「でもよー、ちびっ子でもあのクレイスの状態何とかできねーのか?」

「……残念だがその通りだ。憎悪の種は、単純な力では滅ぼす事が出来ないのだ」

「ふーん。ちびっ子にも出来ねー事ってあるんだな」

「だがその槍の力があれば種を滅ぼせるかもしれん。だから任せたぞドラグノフ、この体格ではその槍を上手く捌けんのでな」

「ハッ! ちびっ子と同じ位の大きさの剣振り回しておいて良く言うぜ!」


 一笑しつつも、ドラグノフの視線は憎悪の種から切れる事は無い。

 様子を見ている憎悪の種が動き出したら即座に手を打てるように用心している為だ。


「前衛はお前に任せた、私は後ろからお前の援護をさせて貰おうか」

「ちびっ子が手伝ってくれるたぁ心強いねぇ。そんじゃ、あたいも遠慮無く暴れさせて貰うぜ!」


 ドラグノフが土を蹴り上げ、種に向けて猛進する。

 それを見て再び動き始める憎悪の種。

 私は攻撃をドラグノフに任せ、憎悪の種の動きに合わせ対抗魔法の詠唱を始める。


 恐らく史上初かもしれない、人と魔族による共闘が期せずして開始された。

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