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51.悲劇を煽るモノ

 視界を奪う吹雪の中、衝撃音や轟音が風の音を物ともせずに響いてくる。

 魔法によって引き起こされたこの悪天候の中では流石にアーニャ――邪神の様子を伺い知る事は出来ない。

 数刻の後、一際甲高い金属音が響く。

 その音の後、一切の戦闘音が聞こえなくなった。

 それ所かあれだけ猛威を振るっていた吹雪の勢いが急激に失われていく。

 戦闘が終わったのだろうか? アーニャは無事なのか?


 視界が開けてくる。

 そこには大地に倒れたクレイスと、クレイスを俯き様子を伺う邪神の姿があった。


 アーニャの元に私は駆け寄る。

 近付くと途端に血の臭いが鼻を突く。

 アーニャの身体を見渡すが、少々焼け焦げた跡はあるものの、流血しそうな傷らしき傷は見当たらない。


 血は、クレイスの物であった。

 左肩から胴体にかけて深い裂傷が確認出来る。

 明らかな致命傷である事が一目で分かった。


「クレイス……」


 後ろから遅れてドラグノフが雪でぬかるんだ地面を踏み締めながらやってくる。

 倒れたクレイスを一瞥した後、邪神に問う。


「これは、殺し合いだったんだよな?」

「――えぇ、そうよ。私の手で、クレイスを……」


 一巡の思慮の後、邪神は答える。


「そっか。なら仕方ねぇよな」


 その回答はドラグノフにとって納得出来る物だったのかは分からないが、

 表情を変えずにポツリと呟く。

 その直後、小さく唸る声が吹雪も完全に止んだ秋の空に響く。


「まだ、だ……!」


 倒れ込んでいたクレイスは身体を起こし、膝に手を付きつつもその場に立ち上がる。

 その傷で立ち上がると言うのか。


「おいクレイス。それで生きてるのは正直驚いたけどよ、もうここまでだよ。それ以上やったら本当に死ぬぞ?」

「この世から人間を根絶やしに出来るなら、私は命などいらない……!」


 砕けた剣を再び邪神に目掛け構えるクレイス。

 尚もおびただしい量の血が傷口から流れ落ちており、生きているのが不思議な位だ。


「邪マヲすルナ、ドラグノフ……!」


 クレイスの声に、一瞬違和感を感じる。

 直後その背後に黒い湯気のような靄のような、得体のしれない霧状の物が発生する。

 それを視認した直後、私の身体が大きく移動する。

 横を見ると、驚愕と困惑が混じった表情を浮かべ、槍を構えるドラグノフがいた。

 どうやらドラグノフが私を抱え飛び退いたようだ。

 ドラグノフ同様、邪神も大きくクレイスから距離を取る。


「そうダ、殺す、殺す、殺ス……! 人間ヲ、根絶ヤシニ……!」

「おい……クレイス! 何だ、それは!?」


 ドラグノフの問い掛けにクレイスは答えない。

 と言うより、耳に届いていないように思える。


「馬鹿な――! それは、いやしかし何故……!」


 アーニャの中の邪神が、意味を成さない一人問答を始める。

 邪神がこれ程に困惑する所を今まで見た事が無い。

 背筋に冷や汗が走る。

 何が起こっているかは私には分からない、

 だがそれでもこの状況が何かとても恐ろしい事態になっている事だけは、直感で感じ取った。


「何故だ! 何故それが貴様に――!」

「深遠よ、我が敵を貫け! ブラッディランス!」


 邪神の悲鳴にも似た声は、クレイスの詠唱によって掻き消される。

 折れた剣の先端に紫光が灯り、刀身が無いというのに勢い良く剣が突き出される。


 直後、私達の目の前は闇に覆われる。


「我等を守れ、聖なる守護の光! セイクリッドサークル!」


 私とドラグノフの前に咄嗟に邪神が飛び込み、瞬時に詠唱を終える。

 激流に抗う巨岩のように立ち塞がった邪神は、その身を挺してクレイスの魔法攻撃から私達を守った。

 邪神を中心に真っ二つに闇が裂け、光と闇の境界が描かれる。


「考えてる暇は無いか! おい、アルフと言ったな貴様! 今すぐこの場から逃げろ!」


 捲くし立てるように邪神は私に指示を出す。


「逃げるって」

「四の五の言うな、命が惜しかったらさっさと退却だ! お前を庇って戦う余裕は無いんだ!」


 怒声を張り上げ、私に逃げるように邪神は催促する。

 邪神を――アーニャを置いて私に逃げろと言うのか。

 抱え込んだ『戦う術』を強く握り締める。

 これは、私がアーニャを守る為の力になれないのか。


「私も、戦――」

「おい、ドラグノフと言ったな。お前は私の戦力に数えて良いのか?」

「ん? お、おう」

「ならその馬鹿を安全な場所まで引き摺っていけ、その後戻って来い」

「分かった、それまで死ぬんじゃねえぞちびっこ!」


 襟首を掴まれ、まるで猫を抱えるように私を掴み上げて大空に飛び立つドラグノフ。


「ちょっと、何処へ行く気ですかドラグノフさん!」

「分かんねえのか! クレイスは……いや、『アレ』はヤバい! お前が居たら邪魔で戦えねえんだよ!」


 ドラグノフに一喝され、押し黙る。

 アーニャを守る為にと邪神に与えられたこれは、戦う為の力ではないのか。

 私は結局、一人娘であるアーニャすら守れないのか。

 『戦う術』を握る手に力がこもる。

 所詮、一般人は彼等規格外の戦いには一矢すら報えないのか。


 胸に渦巻く悔しさは、現状を何も変える事は無かった。

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