48.大いなる冬
激しく響く金属音。音を頼りに奥へと走る。
木々の切れ間から小さく二つの人影が見える。
「この音――戦闘音か!」
「アーニャ!」
ドラグノフと共に村の跡地の奥へ向かうと、そこには巨大な一本の樹木が根ざしていた。
その根元で、クレイスとアーニャ――邪神が戦闘を繰り広げていた。
「貴様ァ! その薄汚い手で、シアの形見を振るうな!」
身体を鞭のようにしならせ、鋭敏な刃を幾度と無く打ち付けるクレイス。
その攻撃を懸命に防ぐ邪神は、小さく唸り声を上げる。
「おいクレイス! 何やってんだお前!」
「邪魔するなドラグノフ! この餓鬼は私の大切な人の形見をその薄汚い手で触れたのだ! その罪、万死すら生温い!」
ドラグノフが静止を促すが、一体何があったのか分からないがクレイスは激昂しており聞く耳持たない。
クレイスの振るう白刃が邪神に迫り、手にした剣でその攻撃をこれが精一杯といった様子で防いでいる。
「せめて、クレイスは私の手で――!」
邪神も時折間隙を突き攻撃に転ずるが、
怒りに任せ剣を振るっているようにしか見えないにも関わらず、クレイスはその攻撃を都度防ぎ、回避する。
「ん……? 何かちびっこ、何時もよりおかしくねえか?」
「邪神がおかしいのは何時もの事じゃないですか」
「あたいは魔法の事なんか全然わかんねーけどさ、なんつーか……」
言葉に詰まり、頭を掻くドラグノフ。
「気配が毎回毎回コロコロ変わるんだよな、あのちびっこ」
「気配、ですか?」
「何か、そこにいたヤツが急に別人に変わるというか……」
「あぁそういう事ですか。そういう事なら私も感じてますね」
アーニャの中に邪神が宿ってから、アーニャの言動はコロコロ変わるようになってしまった。
まるでアーニャという身体を解して、無数の人格が入れ替わり立ち代りになっているように思える。
「それとさ、何か今日のちびっこ……何時もより弱くねえか?」
「え、それって――?」
ドラグノフに尋ねようとした矢先、邪神を宿したアーニャの身体が大きく吹き飛ばされる。
近くの木に身体を強く叩き付けられた邪神はその衝撃で小さく悲鳴を上げる。
「そんな――!」
邪神が押されている? 何で?
今まで邪神はクレイス所かあの魔王であるサミュエル相手ですら一方的に無傷で倒す程の強さだったはずだ。
なのに何で今になってクレイスに遅れを取っているんだ?
「何でこんなんなってんのかわかんねーけどさ、助けた方が良いんじゃねーか?」
「邪魔しないで!」
ドラグノフが加勢の意を示すと、アーニャの内の邪神はキッパリと拒否を示す。
「クレイスは……私が、私の手で――!」
邪神にトドメを刺そうと地を蹴り、邪神目掛けクレイスが手にした刃を振り抜く。
その攻撃を地面に身体を転がしながら、済んでの所でその斬撃を回避する。
振り抜いた刃はそのまま邪神の背後にあった木を両断し、
大の大人が4、5人程で囲える程の太さの木が一閃の下に切り倒される。
「貴方を野放しにすれば、これからも沢山の人が死んでしまう……だから、私は貴方を止める!」
邪神はその身体を起こし、両手でしっかりと剣の柄を握り締め、クレイスを睨め付ける。
「――! シアを殺した貴様等が……シアを語ると言うのか……!」
邪神が構えた姿を見て、何かを感じ取ったかのようにクレイスの手が震え出す。
それは決して怯えなどではない。
そこにあるのは純粋な怒りであり、クレイスの刀剣を握る手に力がこもる。
「何処まで私を苦しめる気だ……! 村を焦土と化し、皆を殺め連れ去り、挙句死者まで冒涜しようと言うのか……!」
怒りに震える声で、吐き出すようにクレイスは述べる。
怒髪天を突くという言葉が相応しい。
「白銀よ荒れ狂え。汝は檻、永劫封滅する終焉の地――」
クレイスが詠唱を始める。魔法を発動する準備行動である。
その様子に気付いた邪神は慌てて妨害しようと駆け寄るが。
「世界を死で染め上げろ! 大いなる冬!」
時既に遅し、クレイスの呪文詠唱が完了する。
空間が歪み、村の跡地を中心として徐々に、やがて激しく寒風が吹き荒ぶ。
風で木々がざわめき、風が舞い上げる銀雪で視界が白へと染まっていく。
それは正に、一足早く到来した冬の嵐そのものである。
「アーニャ……」
「おい馬鹿そっち行くなって!」
アーニャの身を心配し、無意識に動き出していた私の身体をドラグノフが取り押さえる。
「クレイスの野郎、相変わらずあたい等の事お構いなしかよ! 寒いのは嫌いだってのに!」
ドラグノフの声を余所に、視線を吹雪の中へと向ける。
もう既に視界は完全に白一色となり、この目に何も捉える事が出来なくなっていた。
風が巻き起こす轟音のせいで、戦闘音すら掻き消されている。
邪神の、アーニャの身体は一体どうなってしまっているのか?
尽きない疑問と、消えない不安に答えてくれる者は、誰もいなかった。




