47.届かぬ声
「貴様、ここに何の用だ?」
憎悪を超え、最早殺意とすら言っても良い不の感情に満ちたクレイスの視線が、アーニャを射殺さんばかりに突き刺さる。
「クレイス……だよね?」
アーニャ、いや邪神はその目に恐怖しているのか、はたまた別の理由か。
困惑した様子でクレイスに尋ねる。
「ここはシアが眠る場所だ。人間である貴様がこれ以上近付いてみろ、邪神だろうと何だろうと一切容赦はしない」
抜剣し、邪神へとその切っ先を向けるクレイス。
今まで幾度と無く邪神に叩きのめされ続けている彼だが、
怒気に満ちた声とその身に纏う気迫が、今までのクレイスとは違う事を物語っている。
「クレイス、何で貴方はこんな……」
邪神はアーニャの身であるその小さな手を強く握り、拳を震えさせる。
そして意を決したかのように続ける。
「――クレイス。私は、沢山の人達から貴方の所業を聞いてきた。数え切れない程の人間を殺し、涙を流させて。多くの人から笑顔を奪い続けてきた」
「……貴様、一体何のつもりだ?」
邪神の言動が不審なのは今更の事ではあるが、
何時もより一層不自然な言動にクレイスは眉をひそめる。
「昔の貴方はちょっと不器用だけど、他人の事を思いやれるとても優しい人だった。なのにどうしてこんなに酷い事をするの? 貴方はそんな人じゃなかったはずよ!」
「黙れ人間! 何が昔の私だ! 貴様が何を考えているかは知らないが、お前に私を説教する権利など無い!」
邪神の言葉がクレイスの逆鱗に触れたのか、その声が怒声となる。
しかしその怒声にも怯まず、邪神は言葉を続ける。
「クレイス、聞いて。私は貴方に復讐なんて望んでない。確かに私達を襲った人間は悪い奴かもしれない、だけど全ての人間が悪い訳じゃない。人間も私達と等しく、泣きも笑いもする同じ命なのよ!」
「我等魔族と人間が同じだと? 笑わせるな」
邪神の言葉を嘲笑と共に切って捨てるクレイス。
群青色の髪をさらりとかき上げ、邪神を見下すように続ける。
「我等魔族は人間よりも遥かに長寿で、屈強な肉体を持つ者だ。短命で軟弱で卑怯な人間とは違う優等種なのだ」
魔物は人には無い身体的特徴が多々見られる。
強靭な爪、鋭い牙、鋭利な角、空を翔ける翼。
しかし魔物には知性が無い為、人間の手でも倒される事は日常茶飯事だ。
されど魔族は違う。
言葉を交わし、多種族と交流出来る知性を持つ魔物。
即ち人より秀でた身体能力を持ちながら知性をも有する者、それが魔族である。
「そんな魔族である我等が人間と同じである訳が無い」
「いいえ、同じよ」
クレイスの魔族としての誇りを、そんな物は関係ないとばかりに真っ向から両断する邪神。
「人にも人にしかない素晴らしい物がある。それに例え身体が違ったとしても、同じ命である事には変わりは無い」
「違う!」
己が憎悪し嫌悪する人間と同じに扱われ、反射的に感情を吐露するクレイス。
「私は人間などとは違う! 私をあのような卑劣な者と一緒にするな!」
「クレイス、どうして分かってくれないの? 貴方がやっている事は、この村を襲った人間と同じ事じゃない!」
「黙れ――黙れ黙れ黙れェェ!」
邪神の声を聞く事を拒否し、怒声でその言葉を遮る。
自らの村を滅ぼされ、大切な人を奪われた。
憎しみに駆られ、人間への復讐を生きる目的として走り続けた。
既に彼の目は、憎しみの闇に覆われ。人間への復讐という目的しか目に映らなくなっている。
「私はこの世から全ての人間を一掃し、魔族だけの世界を作る! もう二度とこの村の――シアのような者を生み出さない為に!」
そんな彼に今更、言葉による説得など届くはずも無かった。
「クレイス……貴方には、もう私の声は届かないの……?」
顔を伏せ、悲痛な声を漏らす邪神。
ならば、と顔を上げ。子供らしからぬ鋭い眼光でクレイスに睨みを飛ばす。
「だったら――」
邪神は勢い良く地を蹴り、クレイスの懐目掛け走り出す。
その動きに合わせクレイスは邪神を迎撃するように剣で薙ぐ。
それを子供の小さな身体で転がり込むようにかわし、
体勢を立て直しながらその手で柄を掴む。
「これ以上貴方が間違った道を歩まぬように、貴方を――討つ!」
邪神の手に握られた一振りの剣。
それはクレイスの思い人、シアの墓に突き立てられた彼女の愛剣であった。
5日置き更新を心掛け3ヶ月が過ぎた。
何処まで続けられるかな。




