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46.シア

 パルメハイン村跡地の奥には、一本の大樹がこの地に根差している。

 この地の恵まれた土壌の恩恵をしかと受け、仰ぎ見る程の高さまで成長した樹木だ。

 枝葉が天を覆い隠すかのように所狭しと広げられ、僅かばかりに木漏れ日が注ぐ。


 かつてこの木はこの村にとって象徴とも言える存在であり、

 子供達が駆け回り、それを微笑ましく見守る父母があり。

 豊作だった月には木の下で祭りが行われたりと、この村の社交場として機能していた。


 しかし既にここの住人は一人たりとも残らず、消え失せた。

 抵抗しない者、出来ない者は連れ去られ。抗った者は皆殺された。


 ――そして、彼女も殺された。


 ここを襲った者の正体は人間だと分かったのは、彼女の遺言があったからに過ぎない。

 もし私がここに来るのがもっと遅かったら、誰がこの村を滅ぼしたのかすら判らず仕舞いだっただろう。

 いや、むしろあの時私がもっと強ければ――


 これ以上考えるのはやめよう。

 歴史にもし、なんていう物は無い。

 あの時の私は弱くて、手遅れで。何一つ誰一人として守れなかった。

 静寂に包まれた村の跡地が、その現実を残酷なまでにわたしに突き付けた。



 この巨木の根元に、彼女の墓はある。

 近場にあった手頃な石に文字を刻み込んだだけの、簡素な墓だ。

 その隣には彼女の愛用の品であった数打ちの剣が突き立てられてある。

 多少装飾の類がはがれ落ちてはいるが、ここに眠る主を守らんと言わんばかりにその刃は輝きを失っていなかった。


 彼女や村の皆を弔った時は手一杯で、あまり手の込んだ事は出来なかった。

 落ち着いた頃に改めてとも考えたが、これ以上死んだ彼女達の眠るこの場所で騒ぎ立てるような真似をしたくなかった。

 彼女の墓前に立ち、静かに手を合わせる。


「シア、今年も来たよ」


 この報告が彼女に届く事は無いが、それでも続ける。


「人間の領地に連れ去られた村の皆は、残念だけどまだ救えていないんだ」


 人間の住まう地。

 その内、国と呼べる規模を誇る地域は2つの地である。

 一つは熱砂が支配する不毛の地、ラーディシオン。

 そしてもう一つは現在最大の脅威であるファーレンハイトである。

 この二国がレオパルドと海を隔てて隣接しており、国境付近でしばしば戦闘が行われている。

 我等魔族がいかに強靭であろうと、この二国は人間の治める地の中でも最大規模の国家であり、攻め込むのは容易ではない。

 この村の皆を救おうと私自身も奮闘しているが、足踏み状態が続いているのが現状である。


 連れ去られたこの村の皆は、ファーレンハイト領へと逃げ込んだ事は判っている。

 しかし、そこから先へ進めず既に十数年の月日が経過してしまっている。

 卑劣な人間に連れ去られた同胞が、今も何処かで苦しんでいると考えると救えない自分の不甲斐なさと罪悪感に押し潰されそうになる。

 この村の皆を救わなければならない。そうでなければ一体何の為にシアは死んだと言うのだ。


 シアの死に報いる為にも。そしてもう二度とこの村の皆のような被害者を出さない為にも。


「大丈夫、私が必ず救い出すさ。そしてもう二度とこんな悲劇が起こらないように、この地上から全ての人間を根絶やしにする。だから、それまでここで待っていてくれ、シア……」


 返答は無い。だが私の中で答えは決まっている。

 シアの仇討ちを済ませねば、私はここから前へ進めない。


 墓前への報告を済ませ、そろそろ帰ろうかと考えていた矢先。背後から近付く何者かの足音に気付く。

 敵か? いや、足音は一つだ。誰だか知らないが私を討とうなどと考える敵勢力であらば、私の実力も熟知しているはず。

 なら一緒に付いて来たドラグノフだろうか? いや無いな。

 足音が軽いからだ。彼女がこっちへ近付いているならもっと騒がしい足音になっている。

 私の真後ろで、足音が止んだ。

 腰に携えた剣の柄に右手を添えながら、後ろを向く。



 そこには、邪神をその身に宿した人間の小娘。

 シアの仇である人間、アーニャがいた。

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