45.滅んだ村
「思ったより時間が掛かりましたが、何とか着きましたね」
「だらしねーなー。こんなのちょっとした準備運動だろー?」
出発から五日後、私達は目的地であるパルメハイン村という場所に辿り着いた。
ハイペースの行軍で疲労困憊の余り、崩れ落ちるようにその場に膝を付く。
クレイスの冷たい視線が私に突き刺さるが、呼吸を整えるのでそれ所ではない。
そもそも、私はただの農民だ。
貴方達と違って一般人なのだから貴方達の体力基準で考えないで欲しい。
「おとーさん、だいじょうぶ? つかれたの?」
「あ、あぁ。大丈夫、だよ。アーニャ」
その場に座り込んでいる私を気に掛け、顔を覗き込むアーニャ。
息は荒いままだが、心配させないようにその頭を優しく撫でる。
「――ここから先は私一人で行ってきます、ドラグノフさんは私が戻るまでここで待機してて下さい」
「えー?」
「魔王様の命令ですから連れて来ましたが、護衛というなら不審人物が来ないようこの周囲を守っていればそれで済む話でしょう。では行ってきますよ」
付いて来るな、と言わんばかりにドラグノフをこの場に残し、奥へと一人歩き出すクレイス。
ドラグノフはそれをつまらなそうな表情で見送った。
「おーい、何時までそこで座り込んでんだー?」
クレイスが去った事でドラグノフの興味の対象が私へと向けられる。
散々走らされて乱れた呼吸も大体落ち着いてきた。
私の存在を考慮して手は抜いているのだろうが、
それでもよくあの規格外相手の徒競走に付いて行けた物だ、我ながら驚愕である。
「大分落ち着いて来ました、でも帰り道を考えると……」
億劫だ。
パルメハイン村という場所に行くと邪神に聞かされていたが、ここがそうなのだろうか?
周囲を見渡すが、村と言うより――
「……廃墟?」
「あ、おめーもやっぱそう思う? 故郷って聞いたけど、人っ子一人いねーよな」
屋根は剥がれ落ち、家を支える木の柱は横倒しになり、
積み上げられた石壁は風雨に晒され、最早壁の形を成していない。
伸びっ放しの雑草がこの地に人の往来が無い事を物語っている。
「引っ越した……って訳じゃねえみたいだな」
「分かるんですか?」
「んー? ほら、これ見てみろよ」
そう言ってドラグノフが地面から拾い上げた物を確認する。
赤茶色に錆びているが、それは私にも見覚えがある物だった。
「これは……矢尻、ですね」
「そこいらに結構沢山落ちてるぞ、それに転がってる板切れとかにも良く見ると焦げ跡が付いてる」
ドラグノフが指差す苔に覆われつつある木材も、そう言われて注視すると黒く焦げた跡が確かに確認出来る。
「多分、この村は誰かに襲われたんだろーな」
「おそわれ、た……?」
「アーニャ?」
心ここにあらずな様子で呟くアーニャ。
その目は何処か遠くを見詰めている。
「そう、襲われた。私の村が、皆が。必死に守ろうとしたけど、駄目だった」
「ん? どうしたちびっこ、急に喋りだして」
「頑張って抵抗したけど、逆らった人達は皆殺された」
「おい、アーニャ。アーニャ?」
アーニャ、いや邪神か?
でも何だか何時もより様子がおかしい。
目の焦点が定まっていないし、こちらの呼び掛けにも応じない。
何がどうなってる?
「生き残った皆も連れ去られて、私は一人ただこの場で――」
「おいどうした! しっかりしろ!」
アーニャの身体を揺さぶり、大声で呼び掛ける。
呼び掛けに気付いたようで、アーニャはハッとしたように呼び掛けに答える。
「ここ、は……」
「ここはパルメハイン村だよ」
「パルメハイン……クレイス、クレイスは何処?」
「クレイスだったらさっきこの奥に行っただろ? ちびっ子は見てなかったのか?」
「クレイスに、会わなきゃ……!」
私の手を振り払い、村の奥目掛け走り出すアーニャ、いやあの反応からして邪神の方か。
「ん? おいちびっこ。何処行く気だ?」
「アーニャを放って置けません、私も奥に行きますが構いませんか?」
「おっ、そうか。ならあたいも行くとするかね」
「あの、クレイスの命令は?」
「だって一人でここに居てもする事無いじゃん、どうせこんな所に悪党なんか来ないって。それに一人だと暇だし!」
命令より個人的感情を優先しクレイスの命令の反故を決めたドラグノフ。
四天王という立場の者がそんなんで大丈夫かとも思わなくも無いが、
それより奥に一人で入っていったアーニャの方が心配だ。
ドラグノフと共に、パルメハイン村の奥へと私は走り出した。




