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44.終焉の地

 カーンシュタイン城から発ち、早二日が過ぎた。

 今は焚き火を焚いた野営地で簡素な夕食を取り、後は眠りに付くだけという状況である。

 私は邪神に言われた通り、常に手渡された武器を所持している。

 一時的に持つだけなら兎も角、常に抱えていると流石に身体に来る物がある。

 ましてや今回、このレオパルド領をほぼ端から端まで行って帰ってくる旅路だと聞いた。

 日中歩きっ放しの影響で、もう完全に身体が睡眠状態になっている。

 足が鉛のように重たい。しっかり睡眠を取らないと明日に影響が出るな。

 寝床に寝転がり、空を仰ぐ。

 冬に見られる雲一つ無い澄み切った夜空に、光を湛えた満月が浮かぶ。

 流石に日の無い夜間は空気が冷え切っており、白い吐息が月と重なる。


「そもそも、ドラグノフさんは兎も角。何で貴方達が付いて来るんですか」

「あーん? 俺が付いて来たら悪いってのか? え?」

「い、いや、その……」


 横になりながら、声のする方向へ目線を向ける。

 そこには文句をたれるクレイスを邪神が一喝し、言葉に詰まっていたクレイスがいた。

 やはり見た目は非常にシュールである。


 何故私がクレイスと一緒に行動を共にしなければならないのか。

 納得が行かないが、邪神がクレイスと一緒に行くぞ、などど言い出すから拒否しようが無かった。

 中身は兎も角、その身体は私の娘の身体なのだ。

 万が一に傷でも付けられたら悔やんでも悔やみきれない。

 いや、あの魔王を倒している邪神に万が一なんて無いとは思うが、気持ちの問題である。

 娘が目の届かない場所に行くのは不安で仕方ない。


「良いじゃねーかクレイス。お前と二人きりとか暇だけど、ちびっこと一緒ならあたい楽しいしな!」

「目の上のたんこぶ連れて来て楽しいは無いでしょう楽しいは!」


 裏表の無い笑い声を上げながら、クレイスの背を叩くドラグノフ。

 ドラグノフとクレイスの相性が悪いのは性格的に何となく分かる気がする。

 野外活動派と屋内活動派の違いだ、合わないのが普通である。


「こまけー事気にしてるとハゲるぞクレイス」

「ハゲるとしたら間違いなく貴女とこの邪神のせいです」

「ごちゃごちゃうっせーぞ、男の癖に髪なんか伸ばして色気づきやがって。毟るぞ」

「痛っ! ちょっ、やめ……やめろォ!」


 クレイスの頭に飛び付き、毛髪をプチプチと毟り始める邪神。

 その表情はドラグノフと正反対で、非常に邪であった。


―――――――――――――――――――――――


 三日後、もう間もなく日没になるであろう時刻。

 私達は浅く陥没した奇妙な円形状の地形へと出た。


「頃合ですね、今日はここで野営するとしましょう」

「んー? 何だこのだだっ広い場所は?」


 ドラグノフも私同様、疑問を浮かべる。

 そこはどう見ても数百メートルでは済まない非常に巨大な地形で、そこには何も無かった。

 木々が空に向けて枝葉を広げている訳でも無く、雑草が生えている訳でもなく、岩塊が転がっている訳でも無く。

 綺麗にその地形だけくり抜かれたかのように、本当に何も無いのだ。

 私達が歩いている場所は平原ではあるが、街道ではない。

 人の手は当然入っている訳は無いのに、この地形は不自然過ぎる。


「ここはかつて、この世界に存在したと言われる魔神――破壊神とも呼ばれていますね。その魔神が勇者と戦い、討ち取られた場所です」


 ドラグノフの疑問に答えるように、クレイスが解説する。

 その話は私も聞いた事がある。

 幾度も両親にせがみ、夜な夜な語って貰った記憶が蘇る。


「この破壊神を討ち滅ぼしたのが、今代まで続く勇者の源流……初代勇者だと伝わっています」

「おー、その話かー。それならあたいも知ってるぜ!」


 魔物を統べる破壊神が、この世界を闇で覆ったその時。

 希望の光を背負い、精霊様の加護を受けた勇者達が立ち上がった。

 勇者は数多の苦難を乗り越え、遂に破壊神を討ち滅ぼした。


 そう語り継がれている、勇者の物語。

 この世界で本当にあったと言われている、伝説。


「確か破壊神とかいう奴が元々人の住んでたこの場所を滅ぼして、魔族の地にしたんだよな?」

「……結果はそうですが、微妙に違いますね。破壊神は魔物を引き連れてこの世界に現れたが、破壊神が現存している最中はこの世に『魔族』は存在しなかったようです」


 あれ、そうなのか?

 子供の頃聞いた物語の中では、そんな事は語られていなかったな。

 子供にも分かり易くする為に物語を簡潔にする内に、削られてしまったのだろうか?


「破壊神が勇者によって討ち取られたその後、残った魔物から少しずつ魔族を自称する物が現れるようになったと伝わっています」


 クレイスが補足する。

 私の聞いた物語は子供が聞くような物であり、人間視点から語られた物である為、こういう魔族視点からの話は新鮮である。


「この場所は破壊神と勇者の戦いの影響で、見た通りの惨状となっているのです」

「これが、ですか」


 改めてこの地を見渡す。

 西日で伸びた私達の影以外には何も無い、不毛の大地。

 雑草すら生えないという事は、ここで作物が育つ事も無い。

 動植物が一切存在しない、言うなれば死の世界。


「――――」

「んー? どうしたちびっこ?」

「いえ、何でもないんです。気にしないで」


 アーニャの中の邪神が何か言っていたようだが、気を散らせていたせいで何を言っていたか聞き取れなかった。

 その目は、とても暗く。何処か寂しさを宿していた。


「なーんかこの辺、変な感じがするな」

「変な感じ、ですか?」


 何らかの違和感を感じ、訴えるドラグノフ。

 私は何も感じないが。


「ドラグノフさんが感じてるのは恐らくこの地の魔力の事でしょう」

「魔力? あぁ、言われてみれば何かそんな気がするな!」


 違和感の正体が分かり、相槌を打つドラグノフ。

 魔力、魔法か。

 結局私には魔法を扱う事は出来なかったな、カーミラには申し訳無いが。


「魔力は地域によって濃淡こそあれ、この世界の何処にでも少なからず存在します」


 それは、確かカーミラから教わったな。

 魔力が少ない地域では農作物が育ち辛くなるし、

 逆に魔力が多い地域では沢山作物が収穫出来るとか。

 魔力が特に濃い地域では魔法研究も盛んに行われる為か、人が集まり街が出来る事もあるとか。


「しかし、不思議な事にこの地には魔力が一切存在しないのです。この地だけまるでこの世界から切り離されたかのように魔力が断絶しているのです……この地では魔力が無いから魔法は使えません。まさか私達を相手に無法を働こうとする者が居るとは到底思えませんが、有事の際にはドラグノフさんに任せます」

「おぉ、喧嘩なら任せとけ!」


 日中歩き通しで、私達のペースに併せる為にわざわざその翼で飛ばずに歩いているというのに、一切疲れた様子も無く元気に槍を振るうドラグノフ。

 これがドラゴンという種族が持つ生まれ付きの体力の差なのだろうか?

 こちらはもうさっさと地面に転がって休みたい程疲れているというのに、少々理不尽さを感じる。

 そんなドラグノフを様子を見て、恐らく私とは違う理由で頭を抱え、溜息を漏らすクレイス。

 そのまま悩み続けてハゲてしまえ。


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