43.パルメハイン村
私は執務室の中から、窓の向こうに覗く景色を眺めていた。
窓の外は、青々とした枝葉も、赤々とした紅葉もすっかりとなりを潜め、散った枯れ葉が風によって空中へと舞い上げる。
城内も暖房無しでは指先の冷えが感じられる頃合で、暖炉の本格稼動も間近であろう。
もうすぐレオパルドにも本格的な冬が来る、今年はどの程度の積雪になるのだろうか。
――もう、そんな季節なんだな。
多忙に追われ、気付けば一月、また一月と月日は流れて行く。
それでも、私は一生忘れない。
……私の故郷が、消えた日を。
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「魔王様、私用で大変申し訳無いのですが。一週間程お暇を頂きたいのです」
「な、何だと!? クレイス! お前は私を見捨てる気か!?」
冗談ではない、という鬼気迫った表情でまくし立てる魔王。
最近の邪神の動向は大人しいのだが、代わりにとばかりに近頃、魔族の失踪報告が相次いでいる。
事前に何処かへ行くという言伝や書置き等が残されているので、事件性は低いと思うのだが。
その書類処理で未だにこの執務室はてんてこ舞いである。
「うっ、大変心苦しくはあるのですが。こればかりは私も譲れないのです」
「――もうすぐ、彼女の命日ですから……」
一瞬考え込むが、すぐに魔王は察する。
「そうか。もうそんな時期なのだな」
「近況を墓前で報告したいのです、宜しいでしょうか?」
「分かった、気の済むまで滞在すると良い。馬車を手配した方が良いか?」
「いえ、そこまでお手を煩わせる訳には」
この忙しい状況だと言うのに、二つ返事で了承してくれる魔王には頭が上がらない。
彼が居たから、私は死なずに済んだ。
彼が居たから、私は仇を取る事が出来た。
同じ魔族として、私は魔王を誇りに思う。
「最近事務仕事ばかりで身体を動かしていませんからね、長いですが道中は徒歩で行こうと思っています」
「確かにデスクワークばかりでは身体が鈍って仕方が無いからな、しかし流石に護衛は付けて行けよ?」
「出来れば一人で行きたいのですが」
「個人としては心情的にもそうしてやりたいのだが、魔王としては残念だが却下だ」
「最近、魔族が失踪する報告が多々上がって来ている。事件性は低そうだが、万が一もある。お前ほどの男を万が一の注意を怠ったという情けない理由で失う訳には行かないからな、護衛を付けるのは命令だ、分かったな?」
「……分かりました、魔王様がそうおっしゃるなら従います」
この位は仕方ないだろう。
一人で行きたかったが、流石に譲歩せざるを得ないか。
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パルメハイン村とレオパルド城の直線距離上にはカーンシュタイン城跡があり、
素直にレオパルドから発つより、カーンシュタイン城跡からゲートを通り村の跡地を目指した方が旅路的には圧倒的に短くなる。
とはいえそれでも短縮出来るのは全道程の三分の一程度であり、残りの三分の二は自力で行かなければならない。
魔王程ではないが、私もそう長々と城を留守にする訳にも行かない。今回はこのゲートを利用するとしよう。
私が城に踏み込んだ途端、最高に不愉快です。とでも言いたげなカーミラが無言の歓迎してくれたが、彼女に構う気は毛程も無いので無視してここを発つ。
冷たい外気が肌を刺す中、レオパルドから見て南東の方角に向け歩を進める。
冷え込みが厳しくなってきたので多少厚着をしているが、それでも周囲は私の服装を軽装と言う。
子供の頃から私は寒さには強い体質なので、素肌を晒しさえしなければ大抵の寒さはこれでしのげる。
レオパルドから私の元故郷、パルメハイン村は非常に距離があり、そう気軽に行き来できる距離ではない。
この魔族領の端から端まで横断する旅ではあるが、それでも年に一度は赴き、墓前で彼女に報告をしている。
距離こそ長いが、通い慣れた道だ。迷う事は無い。
後ろを振り向き、護衛と称し私に付いて来た連中を見やりつつ、こう思う。
(どうしてこうなった)
「おとーさーん、のどかわいたー!」
「あんまり沢山飲んじゃ駄目だぞ」
「おめーの故郷なんだってな! あたい見るのは初めてだぜ!」
ドラグノフは、まあ良い。
彼女は戦力的に考えれば魔王にすら匹敵する最高戦力の一人だ、護衛としてこれ以上の贅沢は無い。
私と彼女がいるなら、何者かが不意打ちした所でいとも容易く撃退出来るだろう。
だが、何故あの邪神までここに居る! しかもあの人間と一緒に!
この人間の二人が護衛の一体何の役に立つと言うのか。
(不安だ! 凄く不安だ!)
一週間と言うのは全力で行って帰って来てという際の最短時間だ、
今回はカーンシュタイン城跡から近道しているとはいえ、もたもた歩いていては結局一週間以上掛かる事になってしまう。
現状の問題に頭を抱えつつも、先を急ぐ事にする。




