4.椅子
魔王サミュエル。
第54代魔王にして『炎獄の支配者』の異名を冠する魔王。
身の丈は2mに迫る程の巨体で、生き血を啜ったかのように真っ赤に染まったセミロングの髪。
身体は筋肉質で、深い青の肌に所狭しと刺青が彫ってある。
深遠の底のように黒いマントを羽織り、その下には禍々しく黒光る甲冑を着込んでいる。
脇には年季が入り黒ずんだ剣を携えており、
その剣もまた魔王に相応しい存在感を放っている。
有数の魔族が束になろうと敵わぬと言われる膨大な魔力を有し、
その戦闘能力を存分に活用し魔王の頂に上り詰めた腕力家の魔王。
凍将クレイス。
武の魔王であるサミュエルを支える頭脳派の側近。
魔王の四肢として仕える四天王という立場に就いているダークエルフで、
必要とあらば仲間ですら容易に切り捨てるその冷酷さを見せ、
氷に関する魔法を使わせたら魔族で右に出る者は居ないと言われており、
それらを併せ『凍将』の称号を戴いた狡猾なる四天王。
「すいませんでした許して下さい」
「魔王様と同じく」
そんな二人が私の方を向いて土下座している。
随分と情け無い声で謝罪を述べる。
魔王サミュエルの上には私の娘、アーニャが座って酒をあおっている。
子供が酒を飲むんじゃないと言いたいが、とても言い出せる雰囲気じゃない。
この世界に置ける魔族の長、魔王が完全に椅子扱いである。
私達の村が襲われた際、魔物達を指揮していた男。その正体は四天王であったようだ。
四天王の一人、クレイスは背中に酒瓶を置かれ、こちらはテーブル扱いだ。
こんな惨めな格好をしていても、相手はあの魔王だ。
この世界に混沌をもたらすと言われている、あの魔王だ。
こいつ等のせいで、大切な村の皆。それ以外にも沢山の人々の命が失われた。
そして、その沢山の人々を生贄に捧げた何らかの魔法によって、私の娘がこんな状態にされた。
それは絶対に許せない。
だが、私はただの村人だ。
物語に伝えられるような、圧倒的な力も、秘められた伝説の力も、何も無い。
私など、魔王がその気になれば1秒と待たず殺されてしまうだろう。
「……お前達、私の娘に一体何をしたん……ですか……?」
そんな恨みと畏怖が混ざり合って、どう対応すれば良いのか分からない。
複雑な心境は言葉遣いにまで現れる。
恨みに任せて見下したい、暴言を吐き掛けたい思いと、
殺されるかもしれない、相手は魔王だという畏怖の念が。
「魔王様……」
「……」
何やら魔王サミュエルと目配せで会話しているクレイス。
この二人は目配せで会話出来る程長い付き合いという事だろうか。
「さっさと質問に答えろや」
「えごっ!?」
サミュエルの上に座っているアーニャが、踵でサミュエルの脇腹を蹴る。
まるで大人が子供をいじめている位の圧倒的力量差に思える、
本当に、アーニャはどうなってしまったのだ。
「くっ……クレイス、答えろ」
「……我々が彼女に施したのは、我等魔族に伝わる禁呪。古文書に記された、大邪神を復活させる儀式の法です」
「この娘は、その依り代に選ばれただけに過ぎん」
大邪神の、依り代。
「つまり、私のアーニャに……大邪神が宿っている、と……?」
「そうなります……くっ、何故私がこんな人間如きに頭を下げねばなれぶぅっ!?」
「お前さん滅多な事考えるもんじゃ無いで。親父に手ぇ出そうもんならおどれの一族末代まで生まれた事後悔するまで追い詰めて殺るけぇのぉ」
サミュエルの上に座ったまま、テーブルを蹴り上げるようにクレイスのどてっ腹を蹴り上げるアーニャ。
その衝撃でクレイスの背中に置いてあった酒瓶が倒れ、クレイスの頭が酒まみれになる。
「あらやだ、お酒が靴に掛かっちゃったわ。魔王さん、舐めて綺麗にして下さる?」
アーニャはそうサミュエルに告げ、立ち上がると土下座した魔王の頭の前に立つ。
「……ッ! 貴様ァ!! この私、第54代魔王であるこの私に靴ぶっ!?」
「キ・レ・イ・に・し・て・く・だ・さ・る?」
怒り立ち上がろうとしたサミュエル目掛け、残像すら見えない程早い踵落としをアーニャが放つ。
それが踵落としだと判ったのは、サミュエルの頭にアーニャの踵が突き刺さり、
サミュエルがその額で床にヒビを走らせていたからに過ぎない。
「ぐっ、ぐううぅぅぅ……!!!」
「んっふふふ……王を手玉に取る私……良いわぁ、ゾクゾクしちゃう……!」
地獄の底から響いてくるような、怨嗟が混じった呻き声を上げながらサミュエルがアーニャの靴を舐め始める。
アーニャはそれを見下ろしながら、およそ子供が浮かべる表情とは思えない愉悦と快楽に溺れた笑顔を浮かべていた。
クレイスは何やらブツブツ呟きながら涙を流している。
お前達魔族も泣くんだな、あれだけ血も涙も無い所業をやったってのに。
「……アーニャを元に戻す方法はあるんですか?」
「そんな物があったならとっくにやってこんな小娘殺べっはぁ!!」
気付いたらクレイスは壁に叩き付けられ、力無くその場に倒れ伏した。
「あー、取り敢えず8割位はスッキリしたわ」
子供らしい間隔の短い足取りでアーニャは私の足元に駆け寄る。
私の側に寄るや否や邪神の物と思える気配がアーニャから消える。
「おとーさん、まおうってよわいんだね!」
春の陽気のように暖かい笑顔で微笑んでくるアーニャ。
見た目も、この私に見せてくれる可愛らしい仕草も、間違いなくアーニャのものだ。
だからこそ思う。
何故、こんな事になってしまったんだ。