37.午後のティータイム
以前からアーニャ……いや、邪神がこの城の地下から持ち出した代物を使った特訓は続けているが、
これで本当に強くなれるのだろうか?
時に魔法にすら勝る、とは言われたが正直とても信じられない。
魔王から宛がわれた室内でそんな事を考えていると、山羊頭の魔族の執事から言伝があり、カーミラが呼んでいるとの事。
丁度昼食を終えた私はカーミラに呼ばれて中庭へと向かう。
先日、クレイスを引き摺りながらこの城を発ったアーニャの安否は気になるが、
今の私には無事戻って来てくれる事を祈るしか出来ない。
「良く来たわね、さぁ座って座って」
大げさに手招きするカーミラに促されるまま、中庭に置かれた椅子に腰掛ける。
ティーポットを手にしたカーミラは音を立ててお茶をカップに注ぎ、そのカップを私の手元へ置く。
その後自らも席に付き、既に用意していた自分のティーカップに口を付ける。
「ラーディシオン地方から取り寄せたお茶なんだけど、他のと比べてあっさりした味わいね。暑い地方だからこういうのが好まれてるのかしら?」
「……あの、カーミラさん? この方は?」
席に付く前から気になっていたが、見知らぬ女性が隣に着席している。
年は私より低いだろうか、まだ顔立ちに幼さが残っており、
群青色の腰まで伸びた髪を後ろで無造作に紐で括っている。
首元には宝石をあしらった首輪を身に着けていて、
澄み切った空色を湛えた瞳は私とカーミラに視線を交互に送っており、何処か緊張した様子が感じられた。
髪の長さはカーミラと同じ位だが、余り手入れはされていないようで、一部は髪が跳ねている。
胴にはなめし革を編み合わせた鎧を着ており、その下には私達と変わらない平民が着るような服を着ている。
鎧を着ていなければ普通の旅人と間違えそうな風貌だが、着ている以上戦闘を行う類の職種の方なのだろう。
しかし、いかんせんあの魔王の身に付けていた黒金の全身を覆う鎧を見た後だと物凄く頼りない軽装に見える。
流石に魔王と比較するのは可哀想か。
「ん? あぁ、勇者よ」
「――え?」
「だから勇者だって」
カーミラの口から飛び出した言葉に、間抜けな声で返事をしてしまう。
勇者って、え? あの!?
何でそんな方がここに――いや、魔王を倒しに来たのか。
じゃなくて、何でカーミラと一緒にお茶を嗜んでるんだ!?
「勇者って、あの精霊様の加護を受けていると言われている……!?」
「アレクサンドラだ。一応、勇者を名乗っている。所でお前は誰だ?」
「わ、私はアルフという者です。フロテア村で農夫として暮らしていました」
「フロテア村の住人か! 連れ去られたと聞いていたが、あの有様で良く生きていたな、他の者は無事か?」
「いえ……残念ながら、私と娘以外の全員が……殺されました」
「そう、か……何だか辛い事を思い出させてしまったみたいだな、すまない」
視線をお茶の注がれたカップに落とすアレクサンドラ。
貴方が謝る必要なんて無いのに。
「いえ、生きているだけ十分幸せですよ。死んだら、もう何も感じる事は出来ないのですから」
「フロテア村にはこの城に来る道中で立ち寄った。酷い有様だった、あれはやはり魔王の指示なのだな?」
「そう聞いています」
「おのれ、魔王め……! 何の罪も無い人々を!」
握り拳を力任せにテーブルに叩き付けるアレクサンドラ。
陶器のカップがその振動で音を立て、注がれた中身に波紋が走る。
「憤怒するのは勝手だけど、貴女は私に負けたんだからね。ちゃんと大人しくしててよー?」
「くっ!」
カーミラを恨めしそうに睨み、歯噛みするアレクサンドラ。
負けた……? そういえば先程に地震のような妙な振動を城で感じたが、
もしかしてあれは戦闘の余波だったのだろうか。
彼女とカーミラが戦闘を行い、彼女は敗れた、と。
「カーミラさんと勇者である貴女が何で一緒に居るのかと思いましたが、そういう事だったんですね」
「こんな反則な相手が、四天王に居ると知っていれば直接魔王を――」
「直接魔王を討っていた、か。無理よ貴女じゃ。不意打ちで一撃、仮に与えられた所でそれでも貴女は魔王サミュエルには勝てない」
「やってみなければ――」
「分かるわよ」
遮る様にカーミラは割って入る。
「それが分からなかったから、貴女は私と戦い、敗れた。貴女は勇者所か、暗殺者にすらなれない雑魚よ」
「……」
反論せず、悔しそうに顔を伏せるアレクサンドラ。
四天王とは呼ばれているが、ドラグノフや普段から散々アーニャの中の邪神に振り回されているクレイスやサミュエルと違い、
カーミラは一体どのような戦いをするのかを未だ直接見た事は無い。
別に見た所でどうという訳では無いが、やはり魔法を使って戦うのだろうか? 少しだけ気になる、少しだけ。
「カーミラさん、随分彼女に強く当たりますね」
「あら、だって彼女は勇者。人々の希望だとしても、私達魔族からすれば恐怖の象徴。挙句この私を何度も殺してくれちゃって。キツく当たるのがそんなに不思議かしら?」
それは、そうだな。
私達からすれば勇者は崇め奉る位の味方だが、
カーミラは魔族。それも魔王に直接仕える四天王の一人。
主君を討つ勇者という存在が敵で無いなら何だというのだ。
ん、あれ?
「ん? 殺された!?」
「えぇ、でも確か確実な致命傷だったのは2回だけだったかしら? サミュエルのヤツは17回は私を殺したってのに、今回の勇者は随分と不甲斐無いわねぇ」
「殺されたって、え!? 何で生きてるんですか!?」
「あれ、言ってなかったっけ? 私、不死身なのよ。何度殺されても、決して死なないの」
「いや初耳ですが」
手を振って否定する。聞いた覚えが無いです。
私の驚きを他所に、さも当たり前のように話を進めるカーミラ。
不死身ってそんな馬鹿な。御伽噺じゃあないんですから。
死なないなんて冗談、そうでしょう?
と、カーミラに尋ねるが白い歯が眩しい笑顔を浮かべたままだ。
あ、カーミラさんって犬歯あるんだ。吸血鬼っぽい。いや吸血鬼か。
勇者であるアレクサンドラにも尋ねるが、悔しそうに視線を逸らす。
……本当、なのか……?
「――例え私が弱かったとしても、私は立たねばならない。人々の平和を守る、勇者として」
搾り出すように、腹の底から声を上げるアレクサンドラ。
声が震えており、その震えの正体が恐怖なのか、それとも怒りなのか。私には分からなかった。
「まぁ、そういう時もあるわよね。そして貴女は負けた、貴女の命は今は私が預かってる」
命を預かってるって、何?
事態を良く飲み込めないのですが。
「私をどうするつもりだ」
「それはまだ考え中なのよねぇ~。かつての勇者と魔王が何を考えていたのか、私には分からないけど。取り敢えず今貴女を殺しても何も変わらないからね」
カーミラとアレクサンドラの戦いで勇者であるアレクサンドラは敗れ、
カーミラの言い成りとなってその命を握られた。
そういう状況なのだろう、今までの会話からして。
大丈夫、置いてけぼりな状況はアーニャの中に居る邪神のせいで慣れた筈だ。
そう自らに言い聞かせる。
「ほら、私って死なないでしょ? 代わり映えしない世界って見てても退屈なのよね。貴女が馬鹿な戯言と言って捨てた世界、私は見てみたいのよ」
頬杖と付きながら、午後の秋空に視線を向けるカーミラ。
「人と魔族が血を流し合わない世界、本当にそんな物があるのならどんな世界なのか。あの二人が見ようとしていた景色を私が代わりに見届ける。それが多分、生き残った私の義務だと思っているから」
カーミラの横顔は、何処か憂いを帯びているような気もした。
四天王、吸血姫カーミラ。彼女は一体何を思い、何を考えているのだろうか。
高々二十数年生きた程度の私の考えでは、彼女の心の奥底を汲み取る事は到底敵わなかった。
前回で既に到達してたけど、
祝10万字突破。
だからどうした。




