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35.捕縛

 一度目は右手と首を同時に刎ねた。

 二度目は心臓を貫いた。

 三度目は左腕を切断し、

 四度目は両足を切り落とした。


 だが死なない、殺せない。

 切り落とした部位は黒い霧となり、その霧は間髪入れずに本体に集まり再生する。

 トカゲのしっぽが再生するというレベルではない。

 魔法による治癒でもない。

 何度殺そうと、それがまるで自然の理であるかのように当たり前に彼女は復活する。

 こちらは少しずつ傷を負い、疲労も溜まり消耗していっているというのに、

 彼女は一瞬でその身を復元し、笑みを湛えてこちらの様子を伺っている。


 ――こんなの、反則だ……!


「もうバテたのかしら? 随分早いのね貴女」

「くっ、はぁ……! ま、まだだ――!」


 死なない存在。

 御伽噺でしか聞いた事の無いような夢物語。

 そんなファンタジーの存在が今、正に目の前で敵として立ち塞がっている。

 一般的に不死身に近い存在と言われているドラゴンや吸血鬼、

 彼等とて完全な不死身である訳では無い。

 首を刎ねられたり、心臓を刺し貫かれれば有無を言わさず死ぬのだ。


「威勢が良いのは好きだけど、言葉に身体が追い付いてないわよ?」


 だが彼女は違う。

 吸血鬼を自称しておきながら、首も心臓も弱点になっていない。

 人間どころか魔物や魔族であろうと死を免れない、致命傷を一切意に介さない。


「この……化け物め――!」

「――そう言われるのは、慣れてるわ」


 自嘲気味に笑うカーミラ。

 不死、そんな馬鹿な!

 頭の中で何度否定しても、目の前の存在がそうさせまいと歩み寄ってくる。

 不滅の存在など有り得ない、生きとし生ける者である限り必ず滅びの時は訪れる。

 それがこの世界の至極当然な摂理の筈だ。

 もし不死なんて物があるとすれば、それこそ精霊様や神の御業。

 あったとしても、間違っても魔物達の手にあるような物ではない!


「分かり切ってた事だけど、貴女では私を殺せない。先代勇者も、先代魔王も。そして現魔王も、結局私を殺す事は叶わなかった。現勇者様はまだやる気かしら? それとも降参する?」

「誰が降参など――」


 頭上から降り注ぐ声に反論するも、身体が重い。

 口ではそう言っても、身体が言う事を聞かない。

 足の裏に根が生えてしまったかのようにその場から動けない。

 先代勇者が用いていたと言われる聖剣が、今では杖代わりの情けない姿をしている。


 苦しい戦いは今まで何度もあった。

 だがその戦いも時に勇気を奮い、時に知識を駆使し、苦戦しながらも勝利を収めて来た。


 しかしこの相手は違う、まるで勝ち目が見えない。

 倒す為の糸口や取っ掛かりの類が微塵も見当たらない。

 今まで戦った相手と明らかに格が違う。


 これが、魔王に仕える四天王の力……。

 不死の姫(ノーライフプリンセス)カーミラ――


「疲れて動けないならもう貴女の負けで良いわね」

「ぐっ!」


 疲弊した身体での抵抗はまるで意味を成さず、あっさりと私は組み伏せられる。

 

「貴女がここまで来るのに随分と時間が掛かってたから、私も色々準備しておいたのよね」


 カーミラが自らの胸元に手を滑り込ませると、その指に紐状に見える代物を摘んでいた。

 その中央には宝石が据え付けられており、ネックレスかと思うかもしれないがこんな飾りっ気の無い無骨なネックレスなど存在しないだろう。

 良く見ると宝石には魔法陣が刻み込んであり、魔法が関与する物騒な代物である事は確かであろう事が伺える。


「これ、何だか分かるかしら?」

「なんだそれは」

「これはね、対魔法使い用の拘束具よ。勇者様は見た事無かったみたいね、まぁ珍しい道具だから無理も無いかもしれないけど」


 カーミラの言う拘束具が、私の首に巻かれる。

 その首輪が巻かれたのを確認すると、抑え付けていたカーミラの力が緩む。


「その首輪を巻かれた以上、貴女はもう魔力を使う事は出来ないわよ? 使う事は死を意味するんだから」

「何?」

「その首輪には魔力伝導率が非情に高いミスリル銀の糸が使われてるの。その首輪を付けている状態で貴女が魔法を使おうとすれば――」


 ボーン! と、カーミラは身振り手振りで大げさに爆発の様子をジェスチャーする。


「ってな具合に、その中央の魔石に刻まれた致死級の上級爆破呪文が発動するわ。魔法防御も無しに零距離でそんな物が発動すれば、例えそれが勇者や魔王であってもタダでは済まないでしょうね。それと引き千切ろうとしても駄目よ、そんな手荒な事して、ミスリル銀糸が切れたりしたらそれでもやっぱり爆発するからね」


 つまり、この首輪から逃れる事は出来ないと。

 私の命は目の前のこの人類の敵に握られたも同然という事か!


「あらやだ怖い目付きね。折角殺さないで生かして置いてあげてるのに」

「情けなどいらん! さっさと殺せ!」

「嫌よ。それに私さっき言ったわよね? 人間と魔族、この両者の戦いって魔王が死ねば、勇者が死ねば止まる物なの?」

「止まる!」

「止まらないのよ。貴方達人間の住んでる場所にも話は伝わってるでしょう? 先代勇者と先代魔王は壮絶な戦いの後、相討ちで命を落とした。そして貴女は次の現勇者としてこの城にやってきた。私が仕えている現魔王も、先代魔王の死後にその遺志を継いで現魔王となった。魔王も勇者も死ねば次の者が成り代わるだけ」

「ならば、貴様等魔族を根絶やしにするだけだ……!」

「人間か魔族、どっちかが完全に滅ぶまで戦い続けるのね。じゃあ滅ぶのは何時なのかしら? 1年後? 10年後? 馬鹿馬鹿しい、そんなの例え1万年経とうとも終わる訳無いじゃない」


 何処か悲しさを帯びたカーミラの言葉は、何故かとても重く、私の心に突き刺さる。

 敵である相手の言葉が何故こんなにも重いのか。 


「――これは先代魔王の遺志だけど。先代魔王と先代勇者は、共に人と魔族による争いが無い世界を作ろうとしていたわ」

「そんな馬鹿な戯言を私が信じると思うのか……!」

「別に信じなくて良いわ。結局、先代の考えは失敗に終わったみたいだし。けどね」


 私の言葉を無視し、カーミラは話を続ける。


「先代魔王や勇者が辿り着いた、人と魔族が殺しあった果てに未来は無いって答えだけは否定させたりしないわ。私は魔族だけど、少なくとも相手が人間だから、魔族だからなんて下らない理由で相手を殺した事は一度も無いわ」

「嘘を付くならもっとマシな嘘を付いたらどうだ」

「嘘じゃ無いわよ。勿論、私に敵対した相手を殺した事は何度もあったけれどね。そこは私は否定しないわ、私に危害を加える者には容赦しない」

「私も同じだ、私達を傷付ける貴様等魔族を許したりしない!」

「貴女が間違っているのはそこなのよね」


 私が間違っているだと?

 一体何処が違うと言うのだ。


「貴女は勇者、人々の希望。人に危害を加える悪しき者を討つ存在」

「そうだ」

「貴女が倒すべき相手は、人々を殺め傷付ける者であって、魔族では無い筈よ」

「そんなの、屁理屈じゃないか!」

「なら、貴女に問うわ。貴女は生まれたばかりの何の抵抗も知らない、魔族の赤子をその手で殺せる?」


 私は勇者だ、魔物や魔族を討つ存在。


「魔族の赤子も、人間の赤子と一緒。生まれたばかりでは歩く事さえ至難で、貴方が一度剣を振れば、何の抵抗も許されず、一思いにも嬲り殺しにも出来るわ。――貴女が本当に倒すべき相手が魔族だと言うなら、この質問には即断出来なければいけない筈よ?」

「それは……」

「……まぁ、私の理想を語った所で現魔王が中途半端にしか聞いてくれないからねぇ。ましてやクレイスのヤツに至っては完全に私の事敵視してるしさぁ」


 気の抜けた愚痴を零すカーミラ。

 魔族と言えども一枚岩ではないといった様子が会話の節々から滲み出ている。


「兎も角、この首輪を付けた以上貴女の命は私の意のままって事。これが今の貴女の現状よ」

「私を、魔王に突き出す貢物にでもする気か?」

「勇者がこの城にやってきたという事実を魔王に隠すのは流石に無しね、貴女の事は魔王に報告させて貰うわ。だけど、もし魔王が貴女を何の考えも無しに人間だから殺せ、なんてアホな回答したら……私、魔王と敵対しちゃうかもね」


 カーミラは笑顔を浮かべていたが、その目は決して笑っていなかった。

 彼女は魔族な筈なのに、話を聞いている限りどうも人間にも魔族にも完全に寄っている様子が見えない。

 中立という言葉が一番しっくり来る。魔族の、よりにもよって魔王直属の四天王という立場の者がこんな考えを持っているのか。


「まぁどの道、今この城には魔王は居ないわ。ちょっと所用で出掛けてるからね、戻ってくるまでは――」


 一緒にお茶でもどうかしら?

 最初に会った時と全く同じ、美しい笑顔を向けて。カーミラは私に微笑んだ。

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