33.勇者
誰かが私の城の中に入り込んだようね。
盗賊か、はたまた違う賊か。
盗賊なら残念だけど、もう私の城に貴方達が好むような金銭的に価値がある代物は残ってないわよ、とでも言ってあげたいわね。
面倒臭いから行かないけど。勝手に無駄骨折って勝手に立ち去ると良いわ。
まだ立ち去らないわね、どうも全部の部屋虱潰しに探ってるようね。
動きが盗賊の類と違うようね、であらば……魔王を討とうとか考えた次期魔王候補さんかしら?
まぁそれはそれで面白そうだけど、兎も角一度逢ってみない事には誰だか分からないわね。
ここで待ち伏せてみましょうか。
――遅い。
何をそこまで慎重に、厳重に確認してるのかしら。
あんまりにも遅いから向こうのテーブルチェアセット引きずってきて、挙句お茶まで準備出来ちゃったじゃない。
……うん、美味しい。
まだかまだかと待ち続け、
ようやく空間の歪みから勢い良く飛び出して来たのは、一人の人間の女性だった。
まだ若い、十代後半位であろうか。まだ顔にあどけなさが残っている。
良く晴れた澄み切った青空のような色をした、肩に掛かる程度の長さの髪を後ろでリボンが無造作に縛り上げ束ねている。
ドラグノフ程酷い訳では無いが、あまり手入れがされていないのか髪はややボサボサしている。
長年の使用で所々痛みが見える道具袋を腰から提げ、鞘から引き抜いた剣を構えている。
(あの剣は――!!)
一目見て私は理解する。
見間違う訳が無い、あの剣は人間の希望だった者……
――先代勇者が、用いていた剣。
かつて私が対峙し、幾度と無くその身を切り裂かれた聖剣。
それを携え、単身魔王の城であるここへ乗り込んで来た。
この状況が意味する事は、一つしかない。
「いらっしゃい。遅かったから待ちくたびれちゃったじゃない」
大海のように深い、群青色の瞳がこちらに向く。
一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに真剣な表情へと戻る。
「ようこそ魔王城へ、良かったら一緒にお茶でも飲まない?」
「――は?」
「あぁでも椅子が無いわね、待ってて今持ってくるから」
「いえ、その」
「はいお待たせ。ほらここに座って座って」
まぁでも、来たタイミングが悪かったわね貴女。
今、この城に魔王は不在。
ゆっくり待つと良いわ、可愛らしいお嬢さん。
折角だし、貴女のお話色々聞きたいわね。
―――――――――――――――――――――――
「貴女、お名前は?」
「私の名はアレクサンドラだ、こちらは名乗ったんだからそちらの名も聞かせて貰おうか」
「私はカーミラ・カーンシュタイン、貴女が今通ってきたカーンシュタイン城跡の主よ」
「あの地の主だったのか……ズカズカ入り込んで済まない、あんな荒れ果てた城に人が住んでるとは微塵にも思わなくて……」
そこまで言い掛けて、アレクサンドラの表情が戦慄で歪む。
降ろし掛けていた剣を再び構え直す。
「魔王城と通じている城の主だと!? 貴様、一体何者だ!」
「あら怖い顔。そんな顔してると折角の可愛い顔が台無しよ?」
「良いから答えろ! 返答によっては――」
私を斬る、と言いたいみたいね。
やだなぁ、そんな事されたら痛いじゃない。
「何者だと言われてもねぇ。私はカーミラ、それ以上でも以下でも無いわよ」
「そんな言い訳が通るか!」
「だって本当の事言ったら貴女絶対私の事攻撃して来るじゃない」
「その口振りからしてやはり貴様は敵なんだな……!」
やばっ、口が滑った。
「私は貴女の敵じゃないわ、じゃなきゃ貴女の目の前でのんびりお茶を嗜んでたりしないわよ」
「それも私を油断させる為の罠だろう」
「ま、どうせ人間である貴女がこの城に来た理由なんて決まってるわね」
ましてやその聖剣まで持って来られちゃ、それ以外の理由の方が不自然過ぎる。
彼女、アレキサンドラは魔王を討つべく魔王城に忍び込んだ勇者。
魔王を倒せば、人間に平和が訪れると信じている無知な人間。
魔王が死んで、めでたしめでたしは御伽噺の中だけなのに。
――こんな考え方をするようになってしまった辺り、私も大分人間という立ち位置から離れてしまったんだなと痛感する。
私も元は、人間だった筈なのに。
まぁ、諦めが肝心と言うし。私も諦めて私の仕事を果たすとしましょうか。
溜め息一つ漏らし、椅子に下ろしていた腰を上げ、立ち上がる。
「こんにちわ勇者ちゃん、貴女は魔王を討ち取って、それでどうするのかしら?」
「決まっている! 我々人類に死を振り撒く根源を討ち、安寧を取り戻す!」
「それが、貴女の答えかしら?」
「当然だ!」
「――分かったわ。そんな浅い考え方なら、私もそれ相応の態度を取らせて貰うわ」
「浅いだと……!?」
「では、改めて名乗らせて貰うわね」
それにしても随分と未熟な勇者ね。
私が以前に遭った勇者は、今の魔王よりも遥かに凄まじい殺気と実力を身に纏っていたというのに。
まぁ弱いに越した事は無いわ、私が負けるのも嫌だし。
「ようこそ魔王城へ。私はカーンシュタイン城跡の主、カーミラ・カーンシュタイン……そして、魔王に仕える四天王の一人、『吸血姫カーミラ』よ。私の城を通って魔王に近付く外敵を排除するのが私の役目。その命に従って、お相手させて貰おうかしら」
さ、掛かって来なさい。
貴女に、私を殺せるかしら?




