30.制裁
不味い、先程受けたノワールの雷系魔法の影響で身体の動きに若干不具合が出ている。
こんな状態で、あの小娘と戦う事になったら……
――明確な死が見える。
こちらの心情を知ってか知らずか、アーニャが横目で視線を送ってくる。
ニタァ、と蛇よりも醜悪な笑顔を浮かべて……駄目だ、私はここで死ぬのかもしれない。
身体の震えが止まらない、ノワールの一撃を食らった影響もあるのだろうが、それ以上に目の前の小娘が怖くて仕方ありません。
「何だ小娘、邪魔だ」
羽虫を追い払うような仕草で、片腕をアーニャ目掛け振るうノワール。
その一薙ぎは、容易く10や100の命を摘み取る事が出来る凶悪な代物である。
あーあ、私は知らないぞどうなっても。
「――今、何かしたのか?」
避ける動作も無く、その場で仁王立ちするアーニャ。
立ちはだかる巨岩の如く、その場から一歩足りとも動く事無くノワールの一撃をその身で受け止めた。
当然の如く傷を負った様子も見られない。
ですよねー、あんな程度で死んでくれるなら私はこんなに困ったりしないもん。
「!? き、貴様! ただの人間では無いな!?」
「だったらどうしたこのデカブツ。手前、このあたいに手を上げるたぁ良い度胸してるじゃねぇか」
何者かが宿ったアーニャが、スタスタとノワールの懐に歩み寄る。
静かに片腕を上げ、上げた片腕の親指と人差し指で丸い輪を作りつつ、ノワールの胴に狙いを定める。
「さっきのはデコピン一発で許してやるよ」
そう言い終わるや否や、アーニャの手元から炸裂音としか思えない爆音が響く。
鋼の如き強度を誇る竜鱗に覆われている筈のノワールの胴体に、クレーターのような窪みが浮かび上がる。
想定外の衝撃と威力の為か、困惑と痛みが混ざり合った苦悶の表情を浮かべ、口元から盛大に吐血する。
それデコピンの音じゃないです。
「あ……が……ッ!? ぐっ、き、貴様アァ!!」
あの小娘に接近されては不味いと本能的に悟ったのか、折角仕込んでいた魔法陣の位置から飛び退いてでも距離を取るノワール。
「汝は槍、穿つは紫電の閃光! ライトニングスピア!」
ノワールの詠唱をあっさりとアーニャは許し、詠唱が完了してしまう。
空気が爆ぜる音と共に魔法の槍が実体化し、アーニャ目掛け雷の槍が飛来する。
音すら置き去りにし飛来するその高速の槍を片腕であっさり捕らえ、手際良く切っ先をノワールに向け、投げ返す。
なにそれこわい。
放たれた時より速度を増して手元から飛び出した雷の槍は深々とノワールの胴体を貫き、ノワールは大気が震える程の呻き声を上げる。
「術なんぞ使ってんじゃねぇ!」
そう叫ぶように腹の底から野太い声を張り上げるアーニャ。
一切の詠唱も魔法陣も無しに魔法が発動、ノワールの頭上目掛け降り注ぐ氷槍の雨。
お前も魔法を使っているじゃないか。
ノーモーションによる魔法発動は私でも出来るが、効力が激減してしまう筈なのに何故あれだけの威力が出るのか。
「欠伸が出る魔法攻撃だな、それで攻撃のつもりか? 攻撃とは、こういう物を言うのだ!」
瞬き一瞬の間に、再びノワールの懐に潜り込むアーニャ。
その手元から真っ直ぐに放たれた、愚直で単純な拳がノワールの腹部に突き刺さる。
身の丈1メートルもあるかどうかというその小柄な身体から放たれた拳の威力で、
ノワールは身体を一回転半させつつ数百メートル程吹き飛ばされる。
近くの山にその身体を叩き付けられ、土砂が舞い上がる。
「くっ……お、おのれぇ!」
恨みがましい声と共に、土埃が吹き飛ばされ視界が開く。
そこには翼を広げ、大空へ飛翔するノワールの姿があった。
一切の迷い無く、明後日の方向目掛け飛び立つ。
「興が削がれた、この勝負預けるぞ! 小僧! 次に遭う時こそ貴様の最後だ!」
「……ハッ!? 逃がさんぞノワール!」
余りにも清々しい捨て台詞と共に逃げていくので、一瞬呆気に取られたが、逃がす訳無かろう!
足元に魔力を集中させ、疾風の如くノワール目掛け飛び出すが。
「何処行く気だよ、また何か悪さする気か?」
「おぐえっ!?」
羽織っていたマントを掴まれ、急停止させられたせいで体勢を崩し地面に叩き付けられる。
「いけませんねぇ、魔王ともあろうお方が私の目に付かない場所でコソコソ動き回るなんて。ゴキブリじゃないんですから」
「は、離せ! 離さんか!」
あのノワールを放って置く訳には行かないのだ、
奴は他の罪無き魔族を手に掛け、私の描く理想に反抗する者。
今この場で討たねばなr
「うるせえ帰るぞ、殺されてえのか手前」
「はい、分かりました」
両肩を掴まれ、殺気に満ちた目でこちらを見据えるアーニャ。
もう駄目だぁ、おしまいだぁ……!
――こうして、黒竜王ノワールとの戦いは盛大な横槍によって幕が下ろされた。




