3.大邪神アーニャ
「お゛どーざーん゛!!!」
安堵したアーニャが、顔をクシャクシャにしながら私の元に駆け寄り、泣きじゃくる。
衛兵が倒され自由になった私は、身体を起こす。
一体何がどうなっているのか分からないが、一先ず何時も通りアーニャを抱きしめ、頭を撫でてやる。
アーニャが泣いた時は、何時もこうして慰めてやっている。
……アーニャ、だよな……?
先程人間とは思えない程の動きで男と衛兵を薙ぎ倒していたが、
私の胸の中で泣いているのは、間違い無くアーニャだと断言出来る。
「き、貴様……」
男がふら付きながらも立ち上がる。
再び長刀を私達に向ける……
が、その瞬間。私が抱き止めていた筈のアーニャが腕の中から消えていた
「オノレさっきはよーやってくれたのぉ! 往生せぇやァ!!!」
アーニャが男目掛け拳を放った、ような気がする。
余りにもアーニャの動きが早過ぎて目で追うのが精一杯である。
気付けば再び男が吹っ飛び壁に叩き付けられる。
「おとーさん、わるいやつらかたづけてくるね!」
昔となんら変わらない、何時も通りの笑顔を向けるアーニャ。
さっきまで泣いてた筈なのに、もう元に戻っている。
「悪即斬! 我が剣の錆になるが良い!」
「おみゃーら生かして帰さへんでぇ!!」
「任務了解、復唱開始。目標、魔王城内全敵対勢力。速やかに鎮圧する、ミッションスタート」
いや、元に戻ってない。
アーニャの様子がさっきからおかしい。
まるで、無数の別人が乗り移ったかのようだ。
喋り方も口調も、まるで安定していない。
木製の扉を軽々と開け放つ、というか吹き飛ばし。
悠々と城内へと入っていくアーニャ。
そしてテラスに取り残される私。
――ここに居てもしょうがない。
どうすれば良いのか、何がどうなっているのか。
まるで分からないが、アーニャが行ってしまった奥へ向かう事にする。
生きる暴風雨。
それが今のアーニャに対する感想であった。
殴り飛ばされたであろう無数の魔物や魔族達。
皆仲良く壁や床、天井に頭を突き刺している光景が広がる。
歩いても歩いてもアーニャの姿は見えず、
薄闇の奥底で轟く悲鳴の数々が聞こえるばかり。
歩いてたら追い付けないかもしれない、走った方が良いのかもしれない。
日々の農作業で多少なりは体力に自信があるが、流石にずっと走りっ放しという訳にはいかない。
少しずつ休憩を挟みながらアーニャの元へ急ぐ。
道中、無数の魔物や魔族が倒れていたがその全てが一撃で倒されていた。
これを全部、アーニャが倒したのか?
アーニャは一体、どうなってしまったのだ?
何時からだろうか、急に静かになった。
さっきまで無数に倒れていたこの城の衛兵と思わしき者も、まるで見掛けない。
そして走っている廊下の荘厳さも際立ち始めた。
金の額縁に飾られた、豪華な衣服を身に纏った人間の絵。
赤緑金、色とりどりに模様を描かれた壺の数々。
魔族が人間の絵を書くなどと聞いた事が無いので、
これは元々ここが人間の住まう土地だった時の物なのだろう。
事実相当な年季が入ってそうな様子が見受けられる。
不気味な程静まり返った廊下を、アーニャ探しひた走る。
走り続けて、とうとう奥まで来てしまったようだ。
アーニャが破壊したと思われる掛け金や止め具が吹っ飛んだ扉が視界に映る。
金糸の刺繍が施された真紅の絨毯が目に入り、
その上で、誰かが倒れている。
「お前、今からあたいの舎弟だかんな。あたいの命令には絶対服従、良いな?」
「ば、馬鹿な……あの術で、私が……」
「返事をしろっつってんだよ!」
「ぐふぅっ!?」
小さな影が、地面に転がっている巨大な影を蹴り上げる。
勢い良く天井に叩き付けられ、元居た場所に落下し再び倒れ込む。
「あー一暴れして喉渇いたな。おう魔王、ちょっとひとっ走りして果汁酒持って来いや」
――そして、今に至る。
私の可愛い一人娘、アーニャは。
魔王城に居る全ての兵を殴り倒し……
魔王を、舎弟にしてしまった。