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26.禍根と復讐

 クロノキア鉱山地帯にその日、大きな地響きが観測された。

 震源はクロノキア北西部、時刻は夜が明けて皆が朝食を取ろうと動き出す頃合。

 比較的大きな地震だったが、直ぐに収まった為クロノキア住民に大きな被害や混乱は無かった。



 ――暴れ回る灼熱の奔流が、徐々に止んでいく。

 魔王の放った炎の魔法が、火の粉を散らし霧散する。

 周囲の土砂を全て焼き払った為、周囲は大きな窪地となっている。

 そこには朝日に照らされ、全容を露にした一体の巨竜が佇んでいた。


 以前相対した時となんら変わらぬ、山かと見紛う程の巨躯、鉄のような光沢を放つ黒い竜鱗。

 血を渇望してやまない彼の生き様を象徴するような紅色の瞳、

 窮屈な洞穴から脱し、伸び伸びと広げられた翼はその巨大な身体を更に大きく見せ、

 その巨体たるや太陽すら覆い隠してしまいそうな程である。


 しかしこの黒き竜、ノワールには以前と変わった場所が一つだけあった。


 ――左腕が、無いのである。


「なっ……! まさか、そんな手段でティルフィングの呪いを振り切るとは……!」


 絶句し、自らの振るう剣にそんな抜け道があった事に驚愕する魔王。

 魔剣ティルフィングは決して癒えない傷を与える剣。

 だが、ノワールはそのティルフィングによって傷付けられた部位を切り捨てる事でその呪いから逃れたのだ。

 いかにドラゴンといえど、流石に切り落としてしまった腕までは再生出来ない。

 だが、これにより命を繋ぎ止める事に成功したのだ。

 必殺の魔剣とも言えるティルフィングだが、文字通り捨て身の相手には逃げられる。

 その事実に魔王は初めて直面した。


「左腕を自ら千切り落とす羽目になるとはなぁ……あの時の痛みと恨みは今でも鮮明に思い出せる、

 この洞窟の底で、貴様への復讐を果たす事だけ考え今まで生きてきた」


 邪悪な笑みがノワールから零れ、鋭利な牙が敵意を剥き出しにする。


「もしこの世に神が居るならば、感謝せねばならんな。再び貴様と相見え、屠る機会を与えてくれたのだからな!」

「……神か。もし神が居るなら貴様がすべきなのは感謝ではなく後悔だ。何故なら貴様は私の手で二度も殺されるのだからな」


 魔王を見下ろすノワールに対し、ティルフィングを突き付けるように構え、睨みを飛ばす魔王サミュエル。

 対峙する両者には数百メートルもの距離があるが、彼らからすれば既にそこは射程距離である。

 既に戦いは始まっているのだ。


 先制したのは魔王であった。

 詠唱破棄した速度重視の魔法により自らを加速させ、踏み出した足元から爆発的な土煙が舞い上がる。

 瞬きする間で、ノワールの喉元まで詰め寄る魔王。

 喉笛をかっ切るようにティルフィングを振るうが、一歩身を引いたノワールにあっさりとかわされる。


「早いだけで単調な攻撃だ、そんな攻撃が当たると思っているのか?」

「思ってないな」


 振り抜いた剣の勢いを利用し、その場で身を翻す。

 翻した際にその身に纏った黒いマントにより一時的に魔王の姿が隠れるが、

 再びその姿が現れた時、魔王の剣には魔力が付加されていた。

 魔法剣による一閃が再びノワールを襲う――事は無かった。


「くっ!」


 ノワールはその黒翼を打ち鳴らし、その場から飛び立ち距離を取る。

 小さな山程の巨躯を誇るノワールは、その翼を羽ばたかせる都度周囲に突風が巻き起こる。

 大岩すら転げさせるその暴風の前では、そもそもノワールに近付く事すら困難である。


 距離を取ったノワールが、凍て付く吐息を咆哮と共に吹き出す。

 空中で受身が取れない魔王に、その攻撃が直撃する。

 その攻撃の余波で地上は凍り付き、木々や枝葉はその姿を硬化させ音も無く静止する。

 魔王は咄嗟に直撃をマントにて阻止し、大きく吹き飛ばされつつも着地する。

 マントこそノワールのブレス攻撃が直撃し凍り付いてしまったが、魔王自身は無傷のようだ。

 周囲を銀世界に変える程の攻撃が直撃しても、耐え得る強度を持った恐るべき防御力である。

 魔王がその身に着けるに足ると判断された代物、その性能が窺い知れる。


「もう一度言う。そんな攻撃が当たると思っているのか?」

「チッ……相変わらずデカイ図体してすばしっこい奴だ」

「先程の剣の魔力、以前見た物とは違うな。そんな程度の攻撃では私を倒すなど百年掛けても不可能だ、さっさと奥の手を出したらどうだ?」

「……奥の手は、そう易々と出さないから奥の手と言うんだ。貴様にそれを使わせる事が出来るかな?」

「以前と変わらぬ出し惜しみか、生意気な小僧だ。その驕りが死に繋がる時、どんな顔をするか楽しみだ……!」

「抜かせ! 死ぬのは貴様の方だ、ノワール!」

 

 地に足根ざし、仁王立ちで剣をノワールに突き付ける魔王。

 その剣は朝日を反射し、本来の輝きである黄金色とは程遠い、黒ずんだ鈍い光を放っていた。

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