21.クロノキア
「やーりを持つ手がみーぎーてー。みーぎ手がひーがしでクーロノーキアー」
歌のような物を歌いながら空を切り悠々と滑空するドラグノフ。
時折手持ち無沙汰なのか、手にした槍を振り回してイメージトレーニングを行っている。
空を飛んでいる最中なので周囲に壊す物が無いのが幸いである。
雲海を背翼で自由気ままに割りながら、羽織った緋色のコートを靡かせる。
太陽は既に傾き、空が茜色に染まりつつあったが既に地平線の向こう側から、そびえ立つ峰がチラチラと見え始めている。
あの山岳地帯こそが、今ドラグノフが目指しているクロノキア鉱山地帯である。
クロノキアとは、古レオパルド領がかつて人の住まう地だった頃、鉱石や貴金属を採掘・精錬する為に用いられていた地である。
採掘が最も盛んだった頃は廃棄物や森林伐採により山肌が露出する程荒れ果てた地だったが、
長年の月日が経った今、まばらに木々が生える程度には自然が蘇りつつある。
切り開かれた地には現在魔族が住み着いており、石油や重金属の類こそ魔族は興味を示さないが、
宝石類は魔族にも需要がある為、今はそれらの採掘が主となっている。
町並みは中央に掘削した鉱石の搬送用に整地された大きな一筋の主要通路が延びており、
そこから枝分かれするように細かい路地が延び、その路地に家屋や商店が並び立つ。
レオパルド領の中でも非常に重要な地ではあるが、ここは炭鉱夫が寝泊りするだけの地という前提がある為、
旅人用の宿がある以外は宿舎と日用品を扱う雑貨店が僅かにあるだけで、住民数の規模としては村や町の類である。
勿論警備もそれ相応で、元々大規模な敵襲を想定した装備・人員はここには存在しないのだ。
眼下に迫った中央大通り目掛け降下、地に付く直前で一度大きく翼を打ち鳴らし、勢いを殺してクロノキアの地に降り立つドラグノフ。
「何者だ!」
クロノキアの巡回兵であろうか。鈍色の鎧兜で身を包んだ3名程がドラグノフの側へ駆け寄る。
全員犬そのものの顔付きであり、毛色や瞳の色こそ個体差があるものの、一目で魔族と分かる。
腰に携えた数打ちの剣に手を添え、何時でも抜剣出来るように構えた警戒態勢である。
「ん? あぁ丁度良いや。なーなー、ここにドラゴンが居るって言われたから来たんだけどさ。何処に居るか知ってるかー?」
「質問に答えろ!」
緊張感を走らせている兵に対し、何処吹く風の調子で尋ねるドラグノフ。
「質問?」
「貴様は何者だ! 何の目的でここに来た!」
「あたいか? あたいはドラグノフって言うんだ」
「目的は!」
「ドラゴン退治ー。まおーに言われたからさぁ」
ドラグノフの口から零れた『魔王』という単語が耳に届いた途端、兵の間に動揺が走る。
「魔王様……? 今魔王様と仰られたか?」
「おい、ちょっと待て……確か、今代の魔王様に仕えてらっしゃる四天王の名が確か……」
「竜将――」
そこまで言いかけ、地面に叩き付けんばかりの勢いで頭を垂れる兵士達。
「も、申し訳ありませんでした!」
「四天王のドラグノフ様とは露知らず! 無知な私達をお許し下さい!」
「んあー? 良いって良いって別にー」
手をひらひらと動かし、豪快に笑い飛ばすドラグノフ。
その様子からして今回の無礼は本当に気にしていないようだ。
兵達の安堵の空気に混じり、地響きのような音が轟く。
「んー……なぁ、ちょっと腹減ったから何か飯食える場所無いか?」
「わ、分かりました! 我々の宿舎にご案内します!」
音の正体は、ドラグノフの腹の音であった。
こちらもまた彼女同様豪快なようである。
「先程は私の部下が大変ご迷惑をお掛けしました、私がこのクロノキアの警備長を務めさせて頂いている者です。お腹を空かせているとの事でしたので些細ではありますが、どうぞお召し上がり下さい」
「んおー、おほひふふへーはー」
多少汚れた白いテーブルクロスの上に並べられた、晩餐を貪るように頬張るドラグノフ。
その対面には先程の兵士の長らしき魔族が腰掛けている。
身なりは若干良く、先程の兵士同様犬面のコボルト族だが首飾り等で身を飾れる程度の身分はあるようだ。
そんな彼の言葉がドラグノフに届いているかは甚だ疑問である。
「実は薮に隠れていた既存の坑道とは別の洞穴が見付かりまして、そこで此度報告書で提示した出来事があったという訳です」
「はー、食ったら眠くなって来たなー。なー、そいつ倒すの寝てからで良いかー? 勿論寝てる最中に来るようだったら仕方ないから倒すけど」
「は、はい。直ちに寝床をご用意させて頂きます。汚らしい施設で申し訳ありませんが、どうかご容赦を」
「寝れりゃー別に藁束の山でも別に構わねーけどなー」
「ま、魔王様直属の英雄である四天王の方々にそのような待遇をしたとあっては末代までの恥です!」
魔王の前と何も変わらぬ調子に振り回されっぱなしのクロノキア警備長。
心中お察し致します。
丁度魔王城に追加の報告書が届く、前日のお話である。




