20.魔剣
「――ふぅ。大分事務仕事も落ち着いてきたな」
「えぇ、最近はあの邪神の破壊活動が落ち着いていますからね。何を企んでいるかは分かりませんからまだ油断は禁物ですが、やっと平穏が戻って来た感じがしますよ」
一向に愚痴の絶えない執務室だが、最近の悩みの種であった邪神の娘の沈静化と、
ドラグノフが今回の案件の地へ出向したお陰で惨状は回復へと向かっている。
忙しい事には変わりないが、まともに寝る時間が確保出来ているだけマシである。
「――所でクレイス、ドラグノフの言っている事が本当として。今回のドラゴンの案件についてどう思う?」
「そうですね……彼女の与り知らぬという事が事実として、把握に漏れが生じるとすれば……ドラグノフさんが言った通り、我等が調査する事が出来ない人間の地から飛来したか、もしくは死亡した扱いになっていたのが何らかの事情で生きていたかですね」
クレイスは淡々と可能性を羅列する。
やはりそうなるか。
「他の可能性は思い付きませんね。夢物語のような選択肢でもあれば話は別ですが」
冗談交じりに、首を横に振るクレイス。
冗談を言える程度には体力が回復したようだ、クレイスが倒れやしないかと心配していた私としては一安心である。
一息置いた間に響く乾いたノック音。
視線を修理した扉の方向へ向け、クレイスは入室を促す。
「入れ」
「失礼します。クレイス様、先日のクロノキア鉱山地帯の件の追加報告書が届きました」
「分かった、目を通しておこう」
「それでは自分は持ち場に戻ります、失礼しました」
豊かな体毛を湛えた獣人族の男が、深々と頭を下げて退室していく。
「魔王様、追加報告の案件です。読み上げて宜しいですか?」
「構わん、始めろ」
「では……」
報告書の内容は、クロノキア鉱山地帯の追加調査内容であった。
日時はドラグノフがこの城を発つ前日のようだ、
ドラゴンが居ると分かったにも関わらず、詳しい情報を得ようと増員を掛けて洞穴に派兵したらしい。
こちらが到着するまでに、ドラゴンの鮮明な正体を確認しこちらの手数を掛けまいという気遣いのようだ。
その気配りは大変嬉しいのだが、相手はドラゴンで命の関わる事態だ。
こちらへの配慮よりも魔族の命を守る事に重点を置いて欲しかった。
とはいえ、今回派兵したのが四天王であるドラグノフだなどと向こうの者は知る由が無いから仕方ないか。
ドラグノフは頭はアレだが、力は申し分無いからな。
例えそのドラゴンが何か罠を仕掛けて待ち構えていようが、力技で捻じ伏せてしまうだろう。
――それが、普通の相手ならば。
報告書に書かれているそのドラゴンの詳細な姿を読み上げるクレイスの手が震えだす。
身の丈は恐らく小さな山程度はあり、体皮は闇に溶け込むような黒一色。
瞳の色は赤色で、左目の下部に傷があり、完治していないようで常に血が滲み出している模様。
非常に獰猛で、言葉を解す知能もある模様。
故に魔族と断定するが、知性が無い魔物なら兎も角……
読み上げているクレイスの声を遮るように、私は驚愕と疑念が混じった、半ば怒声に近い声を張り上げる。
「馬鹿な……! 何かの間違いだ!?」
脳裏に過ぎるそのドラゴンは、確かにその詳細に見事なまでに合致する。
だが、奴は生きていられる訳が無いのだ。
「間違いなら良いのですが、あの者に及ぶ者が現れたというならそれはそれで大問題です」
確かに私は、奴の死体を直接この目で確認した訳では無い。
それは確認する必要が無かったからと言える。
腰に携えた、先代魔王から受け継いだ一振りの剣に目を落とす。
この剣は、そこいらの鍛冶師が鍛えた量産の剣などとは訳が違う。
特別な魔力を宿した、魔剣である。
この魔剣の名は、ティルフィングと言う。
普段は見ての通りただの黒ずんだ剣であるが、これは魔剣の力が封印された状態だからである。
真の名を唱え、魔力を込めるとこの剣は黄金色の輝きを放ち始めるのだ。
この剣は、真の力を解放する事で持ち主に勝利をもたらすと言われている。
だがこの剣は呪いを宿しており、尚且つその力は有限である。
三度まで持ち主に勝利を与えるが、三度目の勝利が訪れた後、必ず持ち主の命を奪う。
これは例え魔王の力を持ってしても逃れられない力のようで、
先代魔王も、先代勇者との戦いの際にこの剣の三度目の力を解放した結果、相討ちという形で命を散らした。
「黒竜王ノワール……! 生きていたのか……? もしそうなら、一体どうやって……」
それ程の力を持った剣の、二度目の力の解放を行い、片腕に致命傷となる斬撃を加えたのだ。
加えてこの剣は、その宿した呪いが及ぼす影響なのか『切り傷が治らない』という付随効果がある。
これは致命傷でなければすぐに傷が癒えてしまうドラゴンにとっても有効な一撃であり、
ましてやこの剣で致命傷を与えたのであれば、最早疑う余地は無い。
奴は死んだのだ、生きている筈が……
だがもし、万が一に奴が生きていたら?
黒竜王ノワールは、最後の最後まで私と魔王の座を賭して争った強敵だ。
その力は魔王を名乗るに足るだけの説得力を持っており、
私もティルフィングの力を借りねば勝利は望めなかったかもしれない。
奴が生きていたと仮定するならば、
四天王であるドラグノフを派遣し一安心。という考えは愚の骨頂だ。
黒竜王ノワールの力が以前戦った時と同じだとすれば、その戦闘力はドラグノフをも上回る。
そして今の私は、もうティルフィングの力を解放する事は出来ない。
三度目の開放をする時は、私が死ぬ時だからである。
ティルフィング無しで、今の私に勝てるのだろうか。
「杞憂ならそれで良い、無為にドラグノフを失う位なら無駄足を踏む方が何倍もマシだ。クレイス、私もクロノキアに向かうぞ」
「魔王様、私も一緒に」
「お前は引き続き城で事務に当たれ。それに、私もお前も両方居なくなったらあの邪神が暴れ出した時どうなるか検討も付かん」
付いて来ようとしたクレイスにそう述べて、城に引き止める。
クレイスを連れて行きたいのは山々だが、ドラゴン討伐を終えたら城が無くなってました。なんて事態になったら洒落になってない。
「……分かりました。御武運をお祈りしております」
言いたい事を察したクレイスは、椅子から立ち上がる私をそれ以上口出しする事無く見送ってくれた。
移動速度では空を飛べるドラグノフの方が早いだろう、急いで合流しなければ。
ドラグノフの性格からして単身で突撃するのが目に見えているからな。
神話の武器、良いよね……心くすぐるわ。
名はティルフィングですが、欲しい設定の都合で同じ魔剣のダーインスレイヴの設定も拝借。




