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19.黒い影

 酷暑の時期も大分過ぎて来た頃。

 邪神によって壊滅させられた我が部隊の再編成も8割方終了したが、

 生憎と私やクレイスに降り注ぐ書類の雨の勢いが止む事は無かった。

 それもこれも大体はあの邪神のせいだ。

 あの小娘の破壊活動に加えて、今はドラグノフの奴が更に被害を量産し続けている。

 散々ドラグノフに帰るよう促したが、


「あそこに居るの飽きた。それより、このアーニャって奴と戦ってた方が楽しい!」


 と、馬耳東風何処吹く風である。

 人間の住まう領地の最前線にドラグノフを配属させていたのだが、

 ここ最近人間が向かわせてくる兵士共に歯応えが無くなって来ているとドラグノフが言っていた。

 戦いによる疲弊なのか、それ以外の理由なのかは分からないが。人間共が弱くなっているのは我々魔族にとっては有り難い事である。

 しかし、強い奴と戦わせてやるという餌で釣ってドラグノフを動かしていた現状では、その約束が完全に裏目になっている。

 強い相手と戦いたいのに戦う相手は雑魚ばかり。

 そんな時に目の前に自らを負かす相手が現れたら、戦闘狂が食い付くのは無理も無い。

 あぁ、こんな事ならドラグノフを呼び戻すんじゃ無かった。

 後悔先に立たずである。


 羊皮紙にインクを走らせる日々に忙殺され、時折襲撃してくる邪神によって痛め付けられ。

 心身共にボロボロになっていく毎日。平穏なんて存在しない。

 最近の睡眠事情も執務室の机の上で気絶するかのように眠っているパターンばかりである。

 こんな過酷な状況にも関わらず、逃げ出さずに私に尽くしてくれているクレイスの忠誠心には頭が下がるばかりだ。

 クレイスが居なかったら確実に私は志半ばに倒れていたに違いない。


 そんなクレイスが報告書に目を通していた最中に、突如表情が険しくなる。


「魔王様、最優先で見て頂きたい報告があります」


 何かの間違いだと良いのですが、と付け加えて手渡された報告書に目を落とす。

 報告書は、クロノキア鉱山地帯に関する物であった。


 近頃、クロノキア鉱山地帯にて魔族が度々失踪する事件が発生している模様。

 実はもっと以前から家畜が荒らされるという事件は起こっていたのだが、

 近くに身を潜め易い山岳地帯があるという事もあり、魔物か野盗の仕業だろうとタカを括っていた結果、報告が遅れた模様だ。

 こちらに報告を入れる前に大規模な山狩りを何度か実施したが、生憎と事件解決には至らなかったようだ。

 被害が家畜程度ならこちらにわざわざ報告を送るまでも無かったが、被害が魔族に直接及ぶようになった為報告せざるを得なくなったようだ。

 

 最新の報告書によると、今回実施した大規模な山狩りの際に偶然未発見の廃坑を発見したとの事。

 先遣隊をそこへ向かわせたが、誰も戻らなかった為に事態を重く見た報告者は完全武装した一隊を向かわせた所、その部隊も壊滅。

 唯一生き残った者の証言によると、『ドラゴンが居た』との事。


「竜族の統括はドラグノフの担当だろう、今回の件は流させたりさせんぞ。悪いがクレイス、ドラグノフをここに連れてきてくれ」

「了解しました、しばしお待ちを」


 クレイスもこの件を重く見ている為か、自然と足取りが駆け足気味になる。

 その為数分程でクレイスはドラグノフを連れてこの執務室へ戻って来た。


「何だよー。折角今楽しい所だったのにさー」


 ムスッとした表情を浮かべ、暢気に現れるドラグノフ。

 言いたい事は山々だが、先ずは最優先で確認しなければならない事を訊ねる。


「ドラグノフよ、クロノキア鉱山地帯でドラゴンが現れたという報告が上がっている。何か知っている事があるなら全て話せ」

「んー? クロノキア? 何処だそこ?」

「クロノキア鉱山地帯はこの地図上では丁度レオパルドから東に位置する山岳地帯ですね、元々人間達が鉱石の採掘場として使っていた場所です」

「? 良く分かんないけどさ、あたいは何も聞いてないぞ?」

「しかし現にドラゴンを見たという報告が上がっている。離反者にしろ野良にしろ、ドラゴンだと言うのならばお前が始末を付けねばならない筈だが」

「まー、そうなんだけどさぁ。おっかしーなー? 今居るドラゴンは全員把握出来てる筈なんだけどなー?」

「本当に全員なのですか? 信じ難いですが」

「本当だってば。竜族は数が少ないから他と違って把握は簡単なんだよ、今だと100か200居るか居ないかって位じゃねーの?」


 信じられない。と疑惑が浮かぶクレイスに対しドラグノフは付け加える。


「何でだろーなー? もしかして人間達が居る領土の方から飛んで来たのかなー? でもそんな奴が居たなら人間達が大騒ぎしてる筈だしなー」


 ドラグノフの言う通り、ドラゴンが人間の住む土地に居るならば人間達にとって想像を絶する脅威となっている筈だ。

 ドラゴンは、現存する数が非常に少ないが持って生まれた類稀なる力を有している。

 その力は、ドラゴン一体で人間の住む小国一つを相手取って互角に渡り合える程である。

 そんな存在が人間共の領地に現れたなら騒ぎの一つや二つ起きていてもおかしくない筈。


「兎も角、至急調査が必要な案件だ。さっさと準備して現地に向かえ」

「えー!? あたいが行くの!?」

「当然でしょう! 同族の始末は同族が付けるというのが我々魔族のルールです」

「くっそー、あたいに面倒事させやがって」


 ブツブツと文句を言いながら執務室を後にするドラグノフ。


「思いっ切り不機嫌な顔してたな」

「どんな顔してようとも決まりは決まりです。守って貰わなければ今まで築いた物が崩れてしまいます」

「帰って来た時が怖いな……せめてその事件の原因が強いと助かるんだが」

「普通弱いに越した事は無いのですが、彼女にとってはその方が有り難いでしょうね」


 苦笑を浮かべるクレイス。

 強い相手なら、ドラグノフも機嫌を直してくれるだろう。

 色気よりも食い気、食い気よりも戦闘。それがあの女の性分だからな。


 さて再び仕事に戻るか。と溜息を漏らすと、執務室の扉が悲鳴を上げて薙ぎ倒される。


「なーなーまおー? 東ってどっちだ?」

「だからイチイチ扉を破壊しないで下さい!」

「……正面が北になるように前を向いて、右手の方が東だ」

「まさか北と南まで分からないとか言い出さないで下さいね?」

「むぅ、馬鹿にすんなよ! 寒い方が北で暑い方が南だろ!」


 クレイスの皮肉に、それ位知ってるよ! と息巻くドラグノフ。

 そういう覚え方はどうかと思うが。


「で、右手ってどっちだっけ?」

「普段貴女が槍を持っている手が右手です!」

「あーこっちが右かー。分かった、じゃあ行って来るぜ!」


 槍を持つ手がみーぎーてー、と繰り返しながら執務室を後にするドラグノフ。

 無残な姿となった扉と、その扉が吹き飛ばされた際に舞い散った報告書の海。


「魔王様、涙が止まりません」

「泣いても何も事態は変わらない。やるしか無いだろう……」


 もう二度とドラグノフを執務室に通したりしない。

 そう堅く決意するのであった。

 後悔先に立たずである。

文法のルールすら曖昧な自分にガッカリするこの頃。

過去の物は何時か直すよ、何時か。

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