17.元
レオパルド王国とは、かつてこの世界に存在したという亡国である。
現存したという当時は、魔法ではない全く別物の技術と概念でこの世界に威光を轟かせていたらしい。
レオパルドの民はそれを『機械』や『科学技術』と称し、魔法に負けず劣らずの力を有するその御業でこの世界を統一する一歩手前まで行ったという。
しかしある日突如、破壊神を名乗る一団がこの国に現れ。僅か一夜にしてレオパルド王国は滅ぼされたという。
レオパルドの民はこの自らが有する技術が漏洩する事を強く恐れていた為、その知識を国家の威信を賭けて秘匿し、自らの国の内だけで使い続けていた。
その行為が仇となり、彼等が用いていたというその技能は破壊神が襲撃した一夜を最後にこの世界から途絶してしまった。
その後、世界を大きく揺るがす戦いを経て、どうこうした結果今はこの元レオパルド王国は魔族の住まう地となった。
「――って、私は記憶しているけど」
目的地へ向かう道中、懇切丁寧にカーミラは邪神に語る。
レオパルド城内の薄暗い廊下を闊歩するアーニャ、その後にカーミラ、そして私と続く。
照明は灯っておらず、カーミラが頭上に浮かべてくれている光球が無ければ三歩先すら見えない。
あれも魔法なのだろうか、便利な物だな。
「――そうか。レオパルドは、滅んだのだな……」
予測はしていたが、と漏らすアーニャ。目的地に着いたのか、歩みを止める。
顔を覗き込むと、心なしかアーニャの表情に影が差したようにも見える。
「しかし、過去ばかり悔やんだ所でどうにもならんな。もうこの世に私達の国も民も無いというならば何の憂いも躊躇いも無い」
今、私達が居るのはレオパルド城の地下の倉庫である。
私達が以前ここに連れてこられた際に閉じ込められていた牢屋、
そのすぐ隣にあたる部屋であり、整然と積み上げられた樽や布を被せた木箱の山が所狭しと置かれている。
倉庫に照明は不要なのかはたまた消えてるだけなのか、カーミラの使用している光源が無ければ何も見えなかっただろう。
……ん? 何か違和感があるような。気のせいか?
「ここ、ただの物置よ? 一体こんな所で何をしようって言うのよ?」
疑問符を頭上に浮かべながらアーニャに訪ねるカーミラ。
「勝手に物置にしたのはお前達だろう。全く、通路にこんな邪魔な物を置きおって」
呆れた口調で誰を叱責するでもなく漏らすアーニャ。
通路って、どう見ても行き止まりにしか見えないんですが。
「そぉい!」
良く分からない掛け声と共に山のように積み上げられた木箱が一気に壁際まで押し退けられる。
邪神の力って便利なんだな、まぁあの魔王を倒す力ならこんな荷物を退かすなんて簡単なんだろう。
「機密保持の為だから必要だったとはいえ擬態させ過ぎるのも考え物だな」
アーニャは何も無い、レンガの積み上げられた壁を向いてぶつぶつと呟いている。
何箇所か無造作にレンガの一部を押し込むと、腹の底に響くような鈍い音と共に足元が揺らぐ。
「な、何だ?」
「床が、下がってる……」
規則正しく鳴り続く無機質な音。
その音が鳴り止んだ頃、上を見上げれば遥か彼方に天井を仰ぎ見る事が出来た。
目測からして三階から四階分位の深さだろうか、かなり下まで降りてきたようだ。
「電源は……生きているようだな、駄目ならこじ開けねばならなかったからこれは好都合だ」
横から目に差し込む強烈な光に反射的に手をかざし目を逸らす。
カーミラの灯した魔力の光とも、陽光とも蝋燭の明かりとも違う。温かみを一切感じない冷たい光が室内を満たす。
その光を頼りに周囲を見渡すと、すぐ横に丸い巨大な金属の蓋をされた物体が鎮座していた。
アーニャはそのすぐ横に置かれた見た事も無いような箱のような物体を操作している。
両者共に年季を経ている為か、一部赤茶けた錆が浮き出ている。
むしろこれが無ければこの物体が金属だと分からなかったかもしれない。
「開いたぞ、こっちだ付いて来い」
何かを高速で叩く音が耳に届いた後、横にあった金属の蓋が軋む音を響かせながら扉のように開く。
開いた途端、室内に埃とカビが混じった淀んだ空気に満ちた。
何十年も開いてない倉庫、いやそれ以上にキツい臭いだ。
「これって、まさか滅んだっていう機械技術ってヤツ……?」
「そうだ、これが我々レオパルドの民が用いていた科学の結晶。魔力の才覚で劣る我等が編み出した生きる術だ」
「これが、機械という物ですか」
カーミラの推察に対し肯定の意を示す邪神。
この城に来てから驚きの連続だな。
まさか世界で滅んだと言われていた代物をその目で見る日が来ようとは。
機械など、昔話でチラッと聞いただけの過去の話だと思っていたが。
「――尤も、この生きる術は力及ばずだったが」
皮肉を込めつつ邪神は吐露する。
確かにレオパルド王国は元が付いてしまいましたしね。
「これを持て」
「何ですか、これ?」
「四の五の言わずさっさと持て。持ったら外に出るぞ」
邪神が突き出してきた手に握られていたのは、良く分からないが杖のような形をした物だった。
一部が木製だったりするが、その殆どは金属製のようだ。
受け取ると、その杖はかなりの重量があった。
鍬より遥かに重量があったが、取り回すのが無理という程重くはないようだ。
「魔法が使えない? それがどうした。魔法が無くたって我等人間に戦う術が無いと思われては困るな。アルフ、貴様には私が直々に付いて訓練してやろう」
「え?」
「おー何だか知らないけどガンバッテネー」
邪神の、アーニャの目が怪しく光った気がした。
他人事なのを良い事に茶化すようにカーミラが続ける。
もしかして私は迂闊な事を言ってしまったのだろうか?
でもアーニャを守りたい、今のままでは駄目だというのは素直な気持ちだと今でも思っている。




