131.新たな時代、変わり行く世界
クリスマス?
ああ……良い奴だったよ、本当。
本当……残念だ……まさか、あんな事になるなんて、な――
四季は巡り、世界はその歩みを止める事は無い。
一体、どれだけの暦が過ぎ去っていっただろうか。
時に私の知らない所で、時に私の目の前で。
数え切れない程の命が育まれ、数え切れない程の命がその輝きを散らせて逝った。
だけど私は死なない。
何処まで行ってもあの時の姿のまま、何も変わらず、何も変えられず。
ただただ無為にこの世界を生きている。
人と魔族の悔恨が渦巻くこの世界で、流され生きている。
私一人如きに出来る事なんて本当に些細で、たかが目の前の命の一つや二つ、時に摘み取り時に守ろうとも。
何も世界は変わらない。
何も変えられない。
時間だけは腐る程あったけれど、それでも私という個の力には限界があった。
憎しみが続く世界を終わらせたいとは思うけれど、その方法が分からない。
どうすれば人と魔族は手を取り合えるのか?
どうすれば異形の存在を相手が受け入れてくれるのか?
その答えが、見付からない。
気負わないように気を付けていたけれど、流石に塵も積もれば心に重く圧し掛かってくる。
例え肉体が死ななくとも、心は死ぬのだ。
……ここで何時までも思い出に浸っていても仕方ないか。
淀んだ空気を入れ替える為に、私はこのカーンシュタイン城から出る事にした。
だが、私の知らない所でも世界は常に動き続けている。
古巣に引き篭もり続けている内に、世界は見違える程にその姿を変容させていた。
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私は今、目の前ににわかには信じがたい事実を突き付けられている。
闘技場都市ラドキアアリーナ。
ファーレンハイト領ラドキア半島、その旧フロテア村付近に建立された、新興都市。
今代の魔王と聖王都ファーレンハイトの現国王が手を結び生まれたのが、この街である。
半信半疑で来てみたけど、まさか本当にこんな日が、こんな街が出来るなんてね。
見下ろした先には、往来を行き交う人々の流れ。
商人らしき小太りの中年の人間が、目の前の山羊頭の魔族を相手に商談を繰り広げ、
馬が合ったのか、犬面のコボルトの魔族とファーレンハイトの国章が施された鎧を着込んだ中肉中背の男が肩を組み街中を闊歩する。
恐らく酔っているのだろうか、顔を赤らめ、意気揚々と歌を歌いながら大通りを怪しい足取りで進んでいる。
街中は上層と下層で別れており、下層は良くある下町といった様相を呈している。
そしてその下層部の上を、街の中心である闘技場に向けて集中線のように走る歩道。ここが上層部である。
上層部は下層部と違い隔離が徹底的に成されており、上層部と下層部は街中では完全に往来が不可能になっており、
また上層部もレオパルド領側の道とファーレンハイト領側の道が交わる事は無く、
上層部は余計な混乱を誘発させないよう管理が徹底されているようだ。
まだまだ人と魔族が互いに手を取り合うには時間が必要なようだが、
それでも国同士が手を取り合い、融和への道の最初の一歩を踏み出した。
だがこの上層部は観光や街の収益目的に据えられた場所であり、この街の本質ではない。
この都市の本質は下層部にある。
この街、下層部のルールは、至ってシンプル。
殺しといった、大きく公序良俗に反する類の事柄以外は、その全てが弱肉強食。
人と魔族、その両者が歩み寄り出来たのがこの街だが、共同生活をするに辺り細かいなれども多々問題は浮き出てくる。
そういった揉め事は、この街の象徴にして存在意義。闘技場にて解決するのがここのルール。
文句があるなら、拳で語れ。その為の舞台は用意してやった、って事かしらね。
この街では珍しく、大々的な賭博が容認されている。
胴元はこの街の長、多分この都市の運営資金調達が目的かしら?
賭けの対象は当然、闘技場にて戦うその参加者である。
この賭博を目当てに訪れる者も多く、試合が終わる都度、高揚した者、消沈した者が生まれる。
だけど、博打なんて自己責任よね。
それに、賭博が原因で何かトラブルが起きたなら、それこそその問題は闘技場にて力で解決する、そういう寸法ね。
博打や娯楽目当てで来ている人達は兎も角、少なくとも戦いが目当てで来ている輩は腕っ節が無ければ生き残れないでしょうね。
ファーレンハイトとレオパルド、その双方から強力な治癒術師が派遣されているから、滅多な事では死亡事故は起きないけれど、それでも怪我位は日常茶飯事。
魔族達が生き続けてきた、弱肉強食の世界。
やっぱり、元々そういう世界で生きていた影響かな。
闘技場で名を連ねている連中は7対3位の割合で魔族が多そうね。
でも人間達も中々負けてないわね、ザックリ見ただけでも明らかに抜きん出た人も少なからずいるわね。
どうせ時間は考えるのが意味が無いレベルで有り余っているのだし
別段目的地も無く、下町を歩いてみる。
それにしても、一体何時の間にこんな街が出来たのかしら?
長年引き篭もってる間に随分と世界に置き去りにされちゃったみたいね。
まぁ、私の知らない所で世界が様変わりしたのは別段今回が初めてという訳ではないのだけど。
だからこういう時は落ち着いて……
「すいません、ちょっと地図を売って貰えないかしら? 何処かに落としてしまったみたいで」
「地図かい? ここいら周辺ので良いか?」
「いえ、世界地図の方を貰えるかしら?」
「それなら銀貨1枚だな」
「……随分良心的な価格なのね。金貨の間違いじゃないのかしら?」
「いや、何処もこんなモノだろう?」
「まぁ良いわ。それを貰えるかしら?」
街角で座り込み、屋台を広げていた鳥人の魔族から地図を売って貰う。
売って貰った地図は別段粗悪な代物ではなく、十分に実用に耐える物であった。
それにしてもこれ程に精巧な地図が銀貨1枚で買えるなんて、一体この世界はどうなっちゃったのかしら?
職人が正確に書き上げて作る物でしょうこれは?
兎も角、色々疑問は尽きないが、次なる目的地へと向かう事にする。
次で最終回なんだ、すまんね