13.竜将ドラグノフ
「まおーのおしろってひろいんだね!」
「そりゃあ、魔物や魔族を率いている一番偉い存在が住んでる場所だからね」
アーニャと一緒に城内を散策中、エントランスへと抜ける。
正面入り口へと繋がっているこの広間は、建物一つがすっぽり収まってしまいそうな広さを有しており、
人ならば軽く1000人は収容できそうな広大な面積である。
奥には白い大理石で組み上げられた二階へ通じる階段があり、その上には真紅の絨毯が敷かれている。
広間の両脇には銀色の良く磨き上げられた甲冑が何十、何百と壁に沿って並べられてあり、
その中央には、まるで正面入り口を守る守護者のようにそびえ立つ巨大な人型の鎧がたたずんでいた。
両腕を組み、仁王立ちするその姿からは圧倒的な威圧感が放たれている。
これは魔族が持ち込んだ物なのだろうか、それとも人が住んでいたというレオパルド王国時代の物なのだろうか。
そんな事を考えながら、その鎧を眺めていた時。
不意に、何の予兆も無く背後から轟音と突風が押し寄せる!
「おわっ!?」
吹き付けた猛風に体勢を崩され、私はその場に倒れ込んでしまう。
心配そうな様子でアーニャが顔を覗き込む。
「おとーさん、だいじょうぶ?」
「うん、大丈夫だよアーニャ」
別に何処かを怪我した訳では無いようだ、
痛い所も無いのですぐに立ち上がる。
「あっれー? 叩いたら壊れたぞー? 弱っちい扉だなー」
突風と轟音が響いた先から声が轟く。
「入っぞー? おーい! まおー! まおーが負けたって本当かー!?」
城内に轟く程の大声で、女性と思わしき者の声が響く。
逆光で姿が見え辛かったが、城内に入って来たお陰でその姿が露わになる。
例えるなら、大草原に放たれた炎。
緑と赤が入り混じった、腰まで伸びた髪を振り乱しながら堂々たる歩調で歩いてくる。
碌に手入れされていないのか、髪はかなりボサボサで、原野に生い茂る雑草のようである。
身の丈は私より若干大きい位か?声からして女性なのだろうが、女性としてはかなり大柄である。
大柄と言っても太っている訳ではない、いや寧ろかなり体型は良い。
出る所が出て、締まるべき所が締まった、ナイスバディである。
ナイスバディというならカーミラもそうなのだが、彼女は筋肉もしっかりと付いている為か、健康的な魅力を漂わせている。
その女性としての肉体を隠さない程度に、胴体には鱗を貼り付けたような鎧を着込んでおり、
上からファーを編み合わせて作られた、燃え盛る炎で染め上げたようなコートを纏っていた。
その腕には手の込んだ意匠が施された長槍を抱えており、遠目から見ただけで名のある槍なのだという風格を感じさせる。
人の姿をしているが、羽織ったコートの両脇から隠し切れていない巨大な翼が姿を覗かせており、
彼女もまた魔族なのだろうと推察させるには十分な代物であった。
「おーい、まおー? 何処だー? おーい!むぐっ」
「ドラグノフさん! また扉を壊して! それに何を言ってるんですか貴女は!?」
何処からか飛んで来たクレイスに目の前の女性は口元を押さえられる。
「おークレイスじゃんかー。久し振りだなー、元気してたかー?」
「全然元気じゃありませんよ……!」
白く輝く歯を剥き出しにするような笑顔に対し、不満たっぷりの表情で答えるクレイス。
一瞬クレイスがアーニャをチラ見した気がするが、多分気のせいだと思う事にする。というか気のせいであって欲しい。
「何かまおーが負ける位つえー奴がここに居るって手紙が来たから飛んで来たんだけど。誰だそいつ? 強いんだろ?」
ドラグノフと呼ばれたその女性は、遠目からでも分かる位に清々しい笑顔を浮かべ、目を輝かせてそう言った。
どうやら今までの言動からして、彼女は魔王を打ち負かしたという者を求めてここに来たようだ。
何だろう、嫌な予感しかしない。
「――――」
クレイスがドラグノフに対し何か耳打ちをしている。
やや距離があるのと回りに聞こえないように小さな声で話している為内容は聞き取れない。
「あぁ分かった分かった! まおーが負けたって言わなきゃ良いんだろ?」
「だから他言無用だと言ってるでしょうが!! それからイチイチ声が大きいんですよ貴女は!? 誰かに聞かれたらどうするんですか!?」
……内容は聞き取れないが、何を話していたのか大体分かった気がする。
「貴様は毎度騒がしいな。……思っていた以上に早いな、良く来てくれた」
城内に他者を威圧するような深い声が響き渡る。
その声の正体は魔王、サミュエルであった。
階段上、二階から見下ろす形でドラグノフという女性を出迎えている。
「おー、まおー! 久し振りだなー、何かお前が負けたとか書いた手紙が来たんだけど」
「だ、だからそれは他言無用だとさっきから何度も言っているでしょうに!」
「ぐっ……悔しいが、その通りだ……」
クレイスが諌めるのも御構い無しに魔王の敗北を公言するドラグノフ。
痛い所を突かれた為か苦々しい表情を浮かべるサミュエル。
それにしても……ドラグノフというこの女性、
魔族だと思われるが、クレイスや魔王に対してここまで堂々とした立ち振る舞いをする辺り、もしかして相当偉い立場の者なのだろうか?
……ん? そういえばドラグノフって名前、何処かで聞いたような……
「で! その相手って誰なんだよ!? 早くあたいとやらせろよ!」
まるで子供のするチャンバラごっこのように無邪気に手にした槍を振り回すドラグノフ。
彼女自身に悪意は無いのだろうが、振り回す勢いが強すぎるせいか一薙ぎする都度、城内にかなりの強風が吹き荒れる。
巻き起こされた風のせいで城内の照明が一部消えている始末だ。
「……そこの人間の子供だ」
魔王は私の隣に立っているアーニャを指差す。
アーニャの方を振り向くと、そこに居たはずのアーニャは既に居なかった。
「指差すとかナメてんの? お前自分の立場分かってる?」
「うごっ! おああぁぁぁぁ!!?」
魔王の立っていた足元の絨毯がアーニャの手で引き寄せられ、体勢を崩した魔王は勢い良く階段を転げ落ちる。
その様はまるで失敗したテーブルクロス引きのようだ。
アーニャの足元に転がってきた魔王は、まるでボールのように蹴り上げられ、壁へ頭を突き刺す事となった。
これで魔王が壁に刺さる光景を見るのは何度目だろうか。
「んー? こんなちっこい奴に負けたのかー?」
アーニャの元に近付き、不思議そうな表情でアーニャを見下ろすドラグノフ。
まるで何でこんな子供に、と言いたそうだ。気持ちは分かる。
が、すぐに考える事を放棄したように唐突に満面の笑みを浮かべる。
「ま! 強けりゃ誰でも良いや! なぁちびっこ! あたいとやろうぜ喧嘩!」
大好物を目の前に出された子供のように目を輝かせるドラグノフ。
随分と表情が豊かな方のようだが。
(あのドラグノフという女性も、アーニャに危害を加えに来たのか……)
アーニャには邪神の力が宿っている。
それは魔王や四天王すら易々とあしらう途轍もない力だ。
遥か昔から伝わる昔話、その中の伝説の英雄を束にしても勝てるかどうかすら怪しい、そんな理不尽な力。
だが、身体は私の娘アーニャなのだ。
邪神の力があっても、一切怪我をしない保障など何処にも無い。
私の娘に危害が加わる可能性のある事はやらせたくない。
そう思っても、自分自身にそれを止める術は無い。
結局アーニャの無事を側で願う事しか出来ないのだ、ただの村人である私には。




