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128.反逆の英雄 ルードヴィッツ

 大剣の一撃で大地が爆ぜ、衝撃を受けた土砂が舞い散り土柱と化す。

 ヒュレルを討ち損じたのを確信したその男は、再び大剣を振り、周囲に舞った土砂をその払った風圧で吹き飛ばす。

 ただの一閃で舞い上がった土砂は一帯から散らされ消え失せる。

 再び静寂が戻った空間に月明かりが注ぎ、その男の姿が闇の中から照らし出される。


 人の姿をしてはいるが、その背丈は魔王と並ぶ程の巨漢。

 しかしただデカいだけではなく、その全身に筋肉の鎧とでもいうべきか。

 力強さの中にもしなやかさを感じさせる肉体美を備えている。

 闇夜の空間にそのまま溶け込んでしまいそうな程に黒いトレンチコートを纏い、全身を黒で統一した黒装束。

 線の細い、細やかな銀髪を肩ほどで切り揃えており、顔立ちは若者と呼ぶには年季を帯びているが、壮年と呼ぶには早い。

 人間で言う30代程に見える。

 稀有な蒼と紅のオッドアイが、初撃を回避したヒュレルに向けて真っ直ぐに向けられる。


 男の名はルードヴィッツ。

 かつてクレイスを探し、魔王城へと単身乗り込んだ挙句、魔王や四天王を相手取り圧倒。

 その後逃亡し姿を眩ませた存在である。


「変えようと思えば変えられたはずなのに、あの時と同じ姿、同じ名で現界しているとはな。何の冗談だ?」


 他は眼中に無い、とばかりにヒュレルの攻撃により倒れた魔王達を無視し、

 開口早々にヒュレルを挑発する。

 その口調は非常に淡々としており、特に感情らしい感情を感じさせない。


「尤も。例えその名、姿形をいくら変えようとも。その醜悪な魔力は到底隠し果せる物では無いがな」


 両手で手にした大剣の柄をしかと握り、その切っ先をヒュレルに向ける。


「あれだけ初代勇者御一行を殺しておいて、まだ殺し足りないのか? また破壊神とやらにお使いでも頼まれたか?」


 表情こそ変わらないが、嘲笑の意を込めてヒュレルを鼻で笑うルードヴィッツ。

 そんなルードヴィッツの言葉を耳にし、未だとても立ち上がれる状態でこそ無いものの、

 頭に引っ掛かった疑問が溶け出すかのように次々と口から流れ出すクレイス。


「破壊神――勇者……!」


 その単語を呟き、頭に引っ掛かっていた疑問が鮮明に浮かび上がる。


「破壊神の使途が一人、ヒュレルか!?」

「破壊神の使途、だと……?」


 クレイスはまるで信じられないモノを見たかのように、目を見開く。

 しかし、もしそうであらばこの理不尽な実力差も納得出来る。

 かつてこの世界に存在し、初代勇者とその仲間達が命すら顧みず死力を尽くして討ち取ったはずの存在。

 そこまでクレイスに説明されれば、魔王であるサミュエルも目の前の男、ヒュレルの正体へと辿り付く。


「ええ、破壊神と呼ばれた者とそれに与する四名。今の魔王と四天王の原型ともなった存在とも言えます。そして、破壊神に仕えた者の名が――ヒュレル、そして……」


 未だままならぬ身体故に、視線だけを黒衣の男、ルードヴィッツへと向けるクレイス。

 そんな彼等を他所に、何とか立ち上がろうと腕を伸ばす者が一人。

 ルードヴィッツに向けて、苦々しい口調で問い掛ける。


「ルードヴィッツ、てめぇ……何しに来た……」

「――死者に語る口など無い」

「何だと……?」


 立ち上がろうとするも、ヒュレルの攻撃の影響は深く、とてもまともに動ける状態ではないアーニャ。

 そんなアーニャの内にいる者に対し、死者は死者らしく口を閉ざして寝ていろ。

 そう吐き捨てるルードヴィッツ。


「――横槍入れた挙句ネタバレですか? あの時と同じ名、同じ姿で現れて。こいつ等を消す間際に正体を告げて気付かないなんてとんだお馬鹿さぁーん! って、やってやろうと思ったんですがねぇ。貴方のお陰で台無しですよ、ルードヴィッツ」


 勘弁してくれ、とばかりに大きな溜息を付くヒュレル。

 ただその口調は怒りではなく、呆れ半分といった様子だ。


「それにしてもまさか、これだけ年月を経たというのにこの時代で遭うとは思いませんでしたよ! それ程の長命種だとは思えませんが、どんな理屈でしょうかねえ?」


 かつてまだ、このレオパルドの地が人の物であった頃。

 それは数百年もの年月を経た遥か昔の話であり、当然その頃に存在した人々は今の世に存在する訳が無い。

 だからこそ、ヒュレルの疑問は当然の物であるが、対しルードヴィッツはこう答える。 


「知らんな。それに知っていたとしても、答える義理はない」

「かつては私達と共に世界を滅ぼすべく行動したと言うのに、今更になって救世主の真似事ですか? おかしくって腹が痛くなりそうですよ」


 疑問に答える気はさらさら無く、真一文字に切って捨てる。

 釣れない返事を返すルードヴィッツに、ヒュレルは先程の意趣返しとばかりに挑発する。

 挑発を受けて、僅かに口角を上げるルードヴィッツ。

 その全身から僅かばかりだが魔力を滲ませ、ヒュレル目掛け再び大剣で襲い掛かる。

 それを大して焦りも見せず、寧ろ哀れむヒュレル。


「何ですか? その弱々しい有様は! 随分落ちぶれましたねぇ!」

「救世主の真似事? 落ちぶれた? 勘違いも甚だしいな」


 ヒュレルの哀れみを受け、ならばその勘違いした頭を覚まさせてやろう。

 防御するべく差し出したヒュレルの片手、その掌を小指から親指の根元に向けて袈裟切り、両断する!


「――!!?」


 声にならない短い悲鳴を上げるヒュレル。

 切り落とされた手は地面に落ちると同時に光の粒子となって消滅。

 その後、時を開けずに切断された断面から光が立ち昇り、再び指が再生しヒュレルの手は元通りになる。

 再び大剣をヒュレル目掛け振り抜くが、二撃目はヒュレルを捉えるには至らない。

 届かぬはずの刃が易々とヒュレルを切り裂いた事で、ルードヴィッツの持つ剣に対するヒュレルの警戒度が一気に跳ね上がった。

 その剣は、自らを傷付けるに足る得体の知れぬ存在。

 もうこれ以上受ける訳には行かない、それ故に正体を見極めるべく回避に徹するヒュレル。


「こいつ等がくたばろうが、世界が滅ぼうが。この俺の知った事ではない」

「なら尚の事理解出来ませんねぇ! ならば何故私に刃を向ける? 答えろルードヴィッツ!」


 用事が無いなら邪魔をするなとばかりに苛立ちが紛れる声で問うヒュレル。

 自らを傷付けられたが故に、先程まで哀れんでいた者とは思えぬ、怒りと焦りの表情が浮かぶ。

 ヒュレルの今回の問いには、どうやらルードヴィッツは答える気があるようで。

 その動機、思いの丈を打ち明ける。

 

「――この俺に唯一、片膝付かせた男の願いだからだ」

「ハッ! 遺志を継いで立ち上がるってヤツですか! いよいよ片腹大激痛ですよ!」

「あれだけの力を持ちながら何故、奴はこんな世界の為に命を散らしたのだ。俺はまだ、その答えに辿り着いていない」


 魔王や勇者、四天王の総力を挙げてもまるで勝ち目が見えない、

 そんなヒュレルを相手取り、単身で肉薄するルードヴィッツ。

 彼から感じられる魔力はとても微々たるものであり、一般的な魔法使いに毛が生えた程度でしかない。

 しかしどういう訳か、そんなここにいる面々の足元にも及ばぬ僅かな魔力しかないこの男が、ヒュレルに傷を負わせたのだ。


「奴には見えていて、俺には見えないモノ。それを見付けられねば、俺は奴を越えられない。この世で勇者と称えられるまでになった、あの男を!」


 ――だが、ヒュレルに傷を負わせたのはルードヴィッツだけではない。

 ここにもまだ一人、ヒュレルに届く一撃を放てる者がいる。

 またしてもヒュレルはその身体を吹き飛ばされ、乾いた炸裂音が響き駆け抜ける。

 唐突な横槍にルードヴィッツは目を見開くが、すぐにその謎の攻撃の正体に辿り付く。

 そして、先程よりも大きく口角を釣り上げ、愉快そうに喉を鳴らす。

 その表情は明らかに笑顔であり、ヒュレルだけでなく自らの考えの甘さも含めて静かに笑い飛ばす。


「成る程、俺とした事が固定概念に囚われていたという訳か。貴様等が手始めにレオパルドを襲撃したのもまさかそういう理由だったとはな」


 両手で構えていた大剣を右手に構え直し、開いた左手をトレンチコートの中へと滑り込ませるルードヴィッツ。

 素早く取り出した銀色の輝きを放つ「それ」は、真っ直ぐにヒュレルへと向けられる。


 直後、アルフの放つ物と同種の炸裂音が断続的に響く。

 短い閃光が走り、排出された薬莢が宙を舞う。


 ――自動拳銃(デザートイーグル)による、大口径マグナム弾の乱射。

 この世界で失われたはずの、ロストテクノロジー。

 とても片手で撃つ代物ではないそれを易々と取り回し、回避し損ねた銃弾数発がヒュレルの胸を直撃する。

 貫通こそしないが、ダメージにはなっているようで、ヒュレルの顔に苦痛が浮かぶ。


「どうした? 逃げてばかりとは随分落ちぶれたじゃないか」

「貴様……ッ!」


 ルードヴィッツは拳銃から空になった弾倉を排出し、勢い良く宙へと放り投げる。

 再び懐へと手を滑り込ませ、片手にありったけの予備弾倉を握る。

 まだまだいくらでもある、とばかりに見せ付けられたのが原因か、ヒュレルは身じろぐ。

 その弾倉を銃同様に宙へと更に放り出す。


限定(リミテッド)動作遅延(モーションディレイ)!」


 ルードヴィッツの放った魔法により、宙を舞った弾倉に異変が起きる。

 重力に引かれてそのまま落下するはずの弾倉の速度が、まるで空より降り注ぐ粉雪の如くゆったりとした速度へ減速した。

 その後、再び宙から舞い降りた拳銃がルードヴィッツの手へと滑り込む。


「一つ!」


 準備は出来たとばかりに、再びヒュレルへと切り込む。

 ルードヴィッツのカウントを受け、弾倉の一つが速度を取り戻す。

 その弾倉を見事なコントロールで拳銃の弾倉挿入口へと収めつつ、大剣の一閃が放たれる!

 横に大きく退き、回避するヒュレル。

 だがそんな事は分かっている、構えた拳銃の砲火が再びヒュレルへと向けられる!

 残弾を無視したその乱射故に、続けて回避は間に合わない、防御魔法も間に合わず、銃弾の雨を直撃してしまうヒュレル。


「二つ!」


 再び弾倉を排出しながら、命ずるように告げたその声を合図に、再び空から予備の弾倉が装填される。

 ――冗談ではない!

 これ以上好きにさせてたまるかとばかりに、弾薬補充の隙を突いてヒュレルは魔法を即座に展開する。


「神の名の下、目障りな魔を打ち払え! 『抹消』の魔消波イレイズアンチマジック!」


 ヒュレルを中心に、広域に渡って衝撃波のような空間の爆動が生じる。

 周囲一帯、対象問わず無差別に魔法効力を消失させるその波動が大気を走り抜ける!

 ルードヴィッツの放った弾倉はその魔法による支えを失い、一斉に地へと落下した。

 しかし、次弾装填自体は終わっている。

 再び砲火がヒュレルを襲うが、既に弾道を予測したヒュレルはそこにおらず、放たれた弾丸は虚しく大地を抉った。


「勝ち逃げなど許さん、俺は奴を超える! 超えて、この雪辱を雪ぐ! その為にはまだこの世界を消させる訳にはいかんのだ! ましてや貴様如きに負けるなどな!」

「あーあーそうですかァ! カッコいいですねえルードヴィッツ!! 反吐が出るよォ!! アゲインストスラスト!」


 再びヒュレルの手に、目に見えぬ刃が纏わり付く。

 自らの腕を魔力の刃と化し、その刃がルードヴィッツの持つ大剣と激突する!


「たった一人になっても、意思を貫き戦い通す! 痺れますねぇ! 踏み躙るのが楽しみですよ!」


 その体格の何処にそれだけの力があるのか。

 鍔迫り合う状況をヒュレルが力任せに腕を振り抜き、大剣の軌道を逸らす。

 それを好機と見て、ヒュレルは即座に空いた片手に無詠唱によるアゲインストスラストを展開、

 最短距離を走り抜けてルードヴィッツを刺し貫くべく腕を伸ばす!

 だが、大剣を弾かれた時点で既にルードヴィッツは後方へと飛んでおり、その刃がルードヴィッツを襲う事は無かった。

 それを確認し、不敵に笑うヒュレル。

 先程、ルードヴィッツは手にした拳銃の弾薬を全て撃ち尽くした、すぐにリロードは出来ない。

 魔法による遠距離攻撃程度であらば、そもそもヒュレルの動きを封じるには至らない。

 即ち、現時点でルードヴィッツはヒュレルに何も出来ない致命的な隙を晒したのだ。

 そして、それをヒュレルが逃す訳が無い。


「神の名の下、『抹消』の力! 今こそ我が元へ! 『抹消』の片鱗(リミテッドデリート)!」


 その光線状にして不可視の一撃、それが満を辞してヒュレルの指先から放たれる。

 それは、この世界で破壊神と呼ばれた者の力の片鱗。

 魔力も、物質も、命も。

 分け隔てなく、道中に立ち塞がるであろう何もかもひっくるめて。

 対象をただただ単純に、『抹消』する一撃。

 そもそも、防ぐという行動など不可能なのだ。

 ましてや不可視の代物を避けるなど、尚の事である。

 ヒュレルの切り出せる、最強最悪の切り札(ジョーカー)

 そんな一撃がルードヴィッツに迫る。

 回避は間に合わぬと判断したルードヴィッツ。


 手にした大剣を即座に構え、刃に当たり――弾かれた。

 その有り得ぬ事実に思考が追い付かず硬直するヒュレル。

 万象分け隔てなく葬り消し去る神の力、その力が――弾かれた?


「……たった一人ではない」


 そんなヒュレルの意識の空白を、更にルードヴィッツの放った衝撃の言葉が貫いた。


「おかしいと思わないのかヒュレル? いや――ナイアル」


 それはこの世界という舞台の上で、一度足りとも使われた事が無い。

 誰も知り得ないはずの情報であった。

どんどん提示される新情報

活用されるのは何時なのか?

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